箱入り娘とのキワドイ生活——生活力ゼロの家出お嬢様が転がり込んできた

雨巣

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12 常識VS非常識

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 横浜駅。
 慌ただしく人が行き来する地下構内を、夏海は純香を連れてスタスタと横切る。翔太はなんとか置いていかれまいと夏海の後ろについていた。

「あのー山本さん?」

 夏海の背中に呼びかける。

「なんかおれのことハブろうとしてません?」

「べつにそういうわけじゃない」

 否定してるけど、ほんとかな。
 今朝、夏海は翔太の家に来るや否や、翔太のことをキリッと睨みつけた。その後は純香を翔太から遠ざけるように間に立ち、片時も純香から離れることなく任務を遂行している。監視役どころか護衛だ。

「神川くんが立花さんに手出しできないようにしてるだけよ」

「完全におれのことは危険物扱いか」

「神川くんのこと信じてないわけじゃないけど、鈴菜ちゃんに頼まれてるから」

「あのバカ妹より信用がないなんて、おれ終わってるな……」

 鈴菜が変なやきもちを妬くから……。

「バカ妹とか言わないの、あそこでお店確認しましょ」

 地下連絡口を通り抜けてショッピングモールに入った。夏海が純香の手を引いて案内板を確認しにいく。

「立花さんはお気に入りのお店とかあるの?」

「お気に入り……」

「どこから見たい?」

「……よく分からない」

 純香は困った表情で翔太に助けを求めてきた。

「立花はただ服が欲しいってだけで、見るお店とかは決めてないんだ」

「そうなんだ。じゃあ立花さん、適当に見て回るんでいい?」

「うん」

「よし! じゃあこっちから行こ」

 夏海の案内でフロアを回る。
 休日ということもあり、モール内はなかなかに混雑している。ただ夏海の執拗な護衛のおかげで純香がはぐれる心配はなさそうだ。

「どう? 立花さん、気になるお店とかあった?」

「あれかわいい」

 フロアを1周したところで夏海が尋ねると、純香は近くの店頭を指差した。
 
「どれ?」

 夏海と翔太がその店を振り向く。
 純香が指し示す先にあったのは……クマのぬいぐるみ。キッズファッションのお店だ。

「あれ服じゃなくてぬいぐるみだけど……」

「欲しい」

 ぬいぐるみを見据えるお嬢様の目は本気だ。
 こんどは夏海が困った表情で翔太に助けを求めてきた。

「立花、なんであれが欲しいんだ?」

「鈴菜が同じようなの持ってる」

 たしかに鈴菜はシロクマのぬいぐるみを愛用している。

「高2にもなってクマのぬいぐるみね……」

「夜のお供にするの」

「その言い方だと変な意味にしか聞こえないんだけど! それは健全なぬいぐるみとしてだよね?」

「鈴菜みたいに、抱いて寝る」

 ぬいぐるみを抱いて寝る中2でも珍しいのに、それと張り合う高2。

「鈴菜を参考にするのはあまりお勧めできないぞ……」

「買っちゃダメ?」

「どうしても欲しいなら止めないけど、まず服選んでからお金と時間に余裕あったらでいいんじゃないか?」

「そうかも……」

 そう答えたものの、純香は名残惜しそうにクマを見つめた。

「ぬいぐるみか……でも、ぬいぐるみがあれば1人で寝れるってわけでもないだろ。どうせおれのベッドで寝ることに……あっ」

「ちょっと神川くん? どういうことかなぁ?」

 やばい。気づいた頃には時すでに遅し。余計なことまで言ってしまった。
 夏海の異様な笑顔が恐い。

「い、いや、これは違うんだ山本! 立花が1人じゃ寝られないって、勝手にベッドに忍び込んで来ちゃうんだ」

「そんな言い訳が通用するとでも? その動揺っぷりじゃ、やましいことがあるんじゃないの?」

「何もない。断じて何もない。」

 夏海は弁解など聞こえなかったかのように翔太に冷たい視線を注ぐと、純香の方を向いた。まったく信用されてない……。
 
「立花さん、ほんとに何もされてない?」

「うん」

「ほら……ほんとに立花が勝手にしてることで、おれは無罪——」

「翔太は夜のお供」

「うん、そうそう夜のお供……っておい! 立花、何を言ってるんだ? 誤解を招く発言はやめてくれ」

 ダメだこの子は、ぶっ飛んでる。たぶん翔太を陥れるために生まれてきたんだ。きっとそうに違いない。

「ちょっ、それって……神川くん! 許されないわよっ」

「誤解だってば……」

「こういうことが起きるから、私は神川くんちに立花さんが居候するのは反対だったのっ」

「いや、何も起きてないからね? 誤解だからね?」

「何がどう誤解なのよ! 立花さん、こんな人は放っておいて……」

 夏海は頬をやや紅潮させて翔太を睨みつけた後、純香の手を取ろうとした、がそこに純香の姿はない。
 
「立花……何してるんだ?」

 何故だろうか。純香は店頭でぬいぐるみに強烈な右フックを喰らわせている。

「えぇ、何してるの立花さん! それ売り物でしょ! サンドバッグにしないで!」

「耐久力が気になったの」

 ほとんど悲鳴で注意する夏海をサラッと受け流し、純香はクマの下顎にアッパーを打ち込んだ。

「売り物のぬいぐるみを殴るなんて小学生でもしません! 非常識です!」

「抱いた時に壊れないのか気になった」

「ならせめて抱いて確認して!」

 純香は夏海の完璧な正論に対して、ぬいぐるみを抱えたまま首を傾げている。手に負えない。

「翔太、殴っちゃダメなの?」

「ああ……売り物だからな、壊しちゃったらどうするんだ。 てかなんでいちいち俺に聞くんだ」

「だってわたしの責任者だか——」

「ほら立花さん、ぬいぐるみは置いて! この階は一通り見たし、他の階行きましょ」

 純香は、言い終わらないうちに夏海に腕をガッチリ掴まれた。夏海がぬいぐるみを純香の手から引き剥がす。

「あ……うん」

 純香は一瞬戸惑った表情をしたが、すぐに夏海にエスカレーターの方へ引っ張られていった。まるでやんちゃな幼児とお母さんだ。

「責任者って……今日に関してはおれじゃない気がするけどな……」
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