犯人達の工作

髙橋朔也

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騙死す~だます~

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「社長は今、どうしてる?」
「社長は現在、別荘ですが、場所は伝えかねます」
「私でもか?」
「ええ。副社長でもです」
 私は中古車買い取り・販売大手の『ガレージ・柊(ひいらぎ)』副社長の高島泰蔵(たかじまたいぞう)だ。社長である高島泰治(たかじまたいじ)は私の父で、今は別荘で考え事をしているらしい。しかし、急いで伝えたい用件があるから別荘の場所を社長秘書の畠山桜(はたけやまさくら)から教えてもらわなくてはならない。
「そこを何とか...、畠山さん!」
「では、まずはその急用の内容をお話ください」
「会社関係ではないが、いいかい?」
「まあ、検討はついておりますからどうぞ」
「高岡さんとの結婚についてだ」
「やはり、そうでしたか」
 私は一年前に高岡優芽(たかおかゆめ)に一目惚れをし、半年求婚した。やっとの思いで高岡さんの親に認められたが、社長は私と高岡さんとの結婚を許可していない。高岡さんの父親はそろそろしびれを切らし始めている。なんとか今日中に結婚を承諾してもらわないといけなかった。
「そうですね...。では、私が社長の安全をこれから確認しに行くので、ついでについてくるくらいなら許しましょう」
「あ、ありがとうございます」
「ふ、副社長! 頭を上げてください」
 十分後。私は地下駐車場に停められた畠山の車の助手席に乗り込んだ。運転席にはもちろん、畠山が乗りこむ。
「大体、何分ほどかかるかな?」
「ここからだと、四十分ほどでしょうか?」
「なるほど」
 私は腕時計に目を向けた。

 別荘。その名にふさわしく、別荘は山の中に建っている。木造五階建てで絢爛豪華。こんな別荘が他にも数個ほどある。
「社長はこの別荘の二階書斎室にいるはずです」
「ああ」
 私はインターホンを鳴らした。二、三回押したが反応はなかった。畠山が扉をノックして「社長、社長」と繰り返していた。
 嫌な予感がして、近くの木に登り二階のベランダに降りた。
「畠山さん、書斎室はどの窓だい?」
「副社長の立っているところの二つ右です」
「わかった」
 私は窓から書斎室を覗いた。カーテンが邪魔だったが、よく覗いていると人影が床に倒れていることに気づいた。社長だ。
「社長!」
「副社長、どうしましたか?」
「社長が部屋で倒れている! すぐそっちに降りるから、君は救急車を呼んでくれ」
「承知いたしました」
 畠山が救急車を要請し終わってから、私は地上に降りれた。
「中に入るぞ」
「左の窓を破りましょう」
 私は近くから中くらいの大きさの石を手に持って、窓に投げつけた。ガラスはすぐに割れて、その穴を広げた。
「行こう」
「ええ」
 畠山が書斎室まで私を案内してくれた。ドアノブに手をかけたが、回らなかった。
「鍵をかけているな」
 私と畠山が協力して体当たりをし、扉を破った。中では、本棚の近くで社長が倒れていた。
「社長!」
 社長をすぐに抱きかかえた。そして、腕の上に手を置いた。
「脈がないぞ!」
「何ですって!」
 畠山も脈を確かめた。
「ないです!」
 社長のまぶたを指で上に上げた。
「瞳孔が...開いている...」
「!」
「畠山さん! 急いで警察にも電話してくれ!」
「わかりました!」
 畠山はスマートフォンをポケットから出して110番にかけて、耳にあてた。

 相変わらずと言っていい。小室はインスタントコーヒーを飲みながら事務所で時代劇ものの本を読んでいた。
「小室さん。その本、面白いんですか?」
「ん? シナリオ的には面白くはあった。ただ、ちょっと現実味に欠けるね」
「どんなところですか?」
「まず、第一章で主人公が溺れているシーンだ。人は溺れたときには呼吸するのに精一杯で大声は出ないはずだ。だが、この本では大声で主人公が助けを求める描写があった。
 第三章では、違うもののようで同じものの例として『柿(かき)』と『柿(こけら)』をあげているが、この二つはまったくの別物だ。柿(こけら)の右側部分は縦棒が横棒を突き抜ける書き順で、柿(かき)の右側部分は『市(いち)』の書き順と同じで縦棒が横棒を突き抜けていない。
 第五章では、悪役を成敗するために主人公が刀を抜いて敵を倒すシーンだ。主人公が『峰打ちだ。安心しろ』と言って格好つけている部分だが、日本刀の反っている内側部分が峰というとこだけど、生身を打たないと折れてしまう。力がかかると折れやすいのが峰だからな」
「実際に生身を打ったんじゃないんですか?」
「五章の描写で生身に打ちつけると、推測だが死んでいる。日本刀は一キログラムもするからな。つまり、峰打ちをする意味がない」
「はあ...なるほど。ですが、それはフィクションですから」
「こだわるところはとことんこだわってもらいないね。僕は認めないよ」
 小室はすました顔で椅子を立ち上がると、冷蔵庫を開けた。
「もう昼だな。腹減った」
「そうですね...。料理をします」
「よろしく」
「はい」
 私はキッチンに立つと、皿に白いご飯を入れた。そして、冷蔵庫から生卵を出すと、殻を割ってご飯にかけた。箸でかき混ぜてハムを切り刻んだものと野菜をいれて、フライパンに出した。
 十分後、フライパンの上にチャーハンが出来ていた。
「仁はいつも特殊な料理をするな」
「普通ですよ。さあ、どうぞ」
「あんがと」
 小室はチャーハンを口の中にかっこんだ。そして、牛乳をコップに注いで飲み干した。
 ガラガラ、という音がしてその方向に私と小室は顔を向けた。音は事務所の扉を開けたもので、安田が入ってきた。
「やあ、小室君と井草君」
「安田警部。また、難事件か?」
「もちろんだ。密室殺人さ」
「そうか。まあ、そこの椅子に腰をかけろ」
「ああ」
 安田は小室の横にある椅子に座った。
「説明しろ」
「わかっている。大手の中古車買い取り・販売チェーン『ガレージ・柊』の社長である高島泰治が死亡した」
「まだ公表されてないな」
「そうなんだ。第一発見者は副社長で社長の息子の高島泰蔵と社長秘書の畠山桜の二人。遺書制作で別荘に篭もっていた社長に結婚を認めてもらえるために副社長は社長秘書と別荘に向かった。インターホンを押しても反応がないから副社長が木に登って中を覗いた。んで、倒れている社長を発見した。二人は別荘に侵入して社長が倒れている書斎室の扉を破った。その時にはすでに社長には脈はなく瞳孔も開いていたらしい。二人が確認している。それに窓ははめ殺しで、密室だったんだ」
「前回みたいに凶器をすり替えたりは出来なかったのか?」
「意味がない。今回は絞殺体だ。しかも、死体は床に倒れていた。つまり、自主的に殺させることはできない」
「凶器は?」
「死体のすぐ隣りに落ちていた。縄だったよ」
「なるほど。今回ばかりは難しいな。容疑者の説明をしろ」
「もちろん容疑者は第一発見者の二人だ」
「そういうことじゃない」
「ああ、そういうことか。畠山桜の趣味は野球観戦。高島泰蔵は社長同様にゴルフ。休日は二人ともその趣味に没頭していた。アリバイは両者とも皆無だ。現場に社長がいることを知っていたのは畠山桜ただ一人」
「なるほど、なるほど。今回は少し骨折りだ」
 小室は椅子から立ち上がると、机の引き出しから煙草を一本取りだして口にくわえた。ライターを探して、口にくわえた煙草に火を着けた。
 小室が煙草を吸っていると、安田が思い出したように話し始めた。
「前回の密室殺人で捕まった佐原信二、覚えてるだろ?」
「ああ、覚えている」
「佐原が畑田を殺した動機がわかった」
「ほお? 話してみろ」
「恋愛感情のもつれだった」
「なるほど」
「動機といえば...今回は動機まで推理してもらいたい」
「何だ? いつも密室殺人のトリックを解いているのは僕だぞ。僕がいなかったら安田警部は警部にすらなれていなかったぞ」
「まあ、そうだな。ただ、今回は大会社の社長が殺されたんだ。そして、容疑者は二人とも会社の中枢(ちゅうすう)を担っている。動機がないと逮捕を上が許可しないんだ」
「一理はあるか」
「頼むよ」
 小室は椅子に再度座ると、足を組んだ。
「だが、今回の密室は非常に難解だ。前回みたいに扉に外から鍵を掛けなくとも密室になるなら別だが、今回はそうはいかないと思う。もしそれができるなら、すでに数個のトリックは浮かんでいるんだがな」
「やはり、お前でも難しいか?」
「ああ、すこしばかりだがな」
 小室はため息をついた。
「俺はそろそろ警視庁に戻る」
「ああ」
「しゃあな、小室君、井草君」
「ええ、どうも」
 安田は事務所を出ると、下に停めてあった車に乗りこんだ。

 車はすぐに警視庁本庁に到着し到着し、安田はそそくさと一課まで上がっていった。
「安田! 遅いぞ」
「すみません、一課長」
「まったくだ」
 彼が安田の上司の捜査一課長である平平悟(ひらたいらさとる)だ。
「一課長...」
「なんだ?」
「これからまた出ます」
「どこにだ?」
「ガレージ・柊です」
「あそこか」
「ええ」
「行ってこい」
 安田は平平(ひらたいら)に頭を下げて、ガレージ・柊に向かった。
 ガレージ・柊は千葉県千葉市に位置していて、かなりの大会社だ。ビル二十階建て丸々ガレージ・柊のものだ。ビルの前に車を停めた安田は車を降りた。すると、職員が近寄ってきた。
「お客様...ここは当社の会社員専用の入り口ですよ...」
「何だよ...ほら」
 安田は胸ポケットから警察手帳を出して、身分を証した。
「警察の...副社長は上です」
「ああ、あんがと」
 ビルに入ると、すぐにエレベーターが見えた。ボタンを押して、乗りこんだ。
「あ、警部さん!」
 安田が振り返ると、エレベーターの中に高島泰蔵が乗っていた。どうやら、地下にいたようだ。
「どうも、社長さん」
「副社長ですよ」
「いえ。社長が亡くなった今は副社長が社長ですよ」
「父が亡くなってしまって...」
「高岡さんとの結婚はどうするんですか?」
「母は高岡さんとの結婚を認めているので、もちろん結婚しますよ」
「それは良かった」
「それより、何か用事ですか?」
「高島さんと畠山さんからもう一度お話を聞こうかと思いまして」
「なるほど。わかりました。畠山さんには今から伝えます。応接室で待っていてください」
「わかりました」
 安田は最上階でエレベーターを降りて、応接室に入った。
「ふぁー」
 安田はあくびをしてから、ソファに腰を下ろした。
 十分後、高島と畠山が応接室に入ってきた。
「警部さん。お話を」
「わかりました...。高島泰治さんを深く憎んでいた人物がいなかった聞きたいです」
 畠山は憔悴していた。五年ほど秘書をやっていたようで、死んでしまったからにはショックも大きいようだった。
「しゃ、社長は情が深く、優しい方でした。憎んでいた人はいないと思います...」
「そうですか...。それより、もう一つ尋ねたいことがあります」
「な、何でしょう?」
「社長が亡くなられた当日、畠山さんは誕生日だったんですよね?」
「え、ええ」
「なるほど」
 安田はそれから十分ほど質問をして、ガレージ・柊を出た。

 次の日。私は朝の八時に事務所に来た。いつもより三時間早い。なぜかと言うと、小室から朝ご飯をつくるようにお願いされていたからだ。
「小室さん、来ましたよ!」
 三階の事務所に入ると、すごく静かだった。寝てるのかと思って、寝室を覗くと、案の定眠っていた。
「まあ、いいですか」
 キッチンに向って歩き始めた。その時、扉が開いて、そとから誰かが入ってきた。
「おにいちゃーん!」
「あ、ちょっと! まだ事務所は開店前ですよ」
「ええ、知ってるわよ。それより、あなたがおにいちゃんの助手さん?」
「おにいちゃん?」
「そう、おにいちゃん」
「おにいちゃんって、もしかして...」
「おにいちゃんは錠家だよー」
「はあ!」
「んだよ...」
 すると、あくびをしながら小室が寝室から出てきた。
「桂家...来てんのか」
「うん」
「小室さん、この人は?」
「僕の妹の小室桂家(こむろけいか)だよ」
「い、妹!」
「なんだ、話してなかったっけ? 一階の賃貸に住んでんのがこいつ」
「どうも、小室錠家の妹の小室桂家です」
 小室桂家は私より少し身長が低く、小室と似つかず美人だった。
「んで? 今日はどうして事務所に来てんだ?」
「おにいちゃん、聞いて。明日から、私は社会人です!」
「なんだ、会社の面接うかったんだ」
「うん!」
「えっ? 社会人ってことは小室さんと結構歳が離れてるんじゃ」
「私は新卒の二十一歳です」
「僕は二十八歳だ」
「!」
「会社に合格したから、おにいちゃんに伝えに来たの」
「それより、何で実家に帰らないんだ?」
「だって、お母さんうるさいんだもん」
「確かにな」
 まさか、小室にこんな美人の妹がいるとは思わなかった。ため息をついていると、また扉が開いた。
「おっ! 桂家ちゃん、久しぶり」
「安田さん!」
「どうした、安田」
「一応、状況報告に来た」
「なるほど。桂家はあっち行ってろ」
「私も聞きたい」
「殺人事件だぞ」
「うっ...」
 桂家は奥の寝室に入った。
「安田警部。説明してみろ」
「わかった。容疑者二人ともで動機はなかった」
「いや、あるだろ?」
「なんだって?」
「高島泰蔵は高岡優芽と結婚したかったんだろ?」
「ああ。ただ、それだけで肉親を殺すか?」
「何年刑事やってんだよ」
「ああ。...それにしても気の毒だ」
「誰が?」
「畠山さんだ」
「何で?」
「誕生日に高島泰治は死んだんだよ」
「おい、安田。今なんて言った?」
「誕生日に高島泰治が死んだと言った」
「誕生日...」
 小室は顎に手を当てて、腕を組んだ。
「なんで、重要なことを先に言わないんだ」
「ってことは、解けたのか?」
「もちろんだ」
「教えてくれ」
「わかった。まず、犯人だが、高島泰蔵だ」
「あいつはどの別荘に社長がいるか知らなかったんだぞ」
「いや、知る方法はある。それが、畠山の誕生日に隠されている。高島泰蔵は高島泰治にこう言ったんだろう。
『明日は畠山さんの誕生日だから、サプライズをしよう』
 とね。サプライズというのは、高島泰治が死んだふりをして畠山を驚かせようというものだ。そして、高島泰蔵は準備のために別荘にも入れた」
「だからって、自ら自分の首を絞めたのか?」
「違う。脈がなく、瞳孔が開いていたんだろ? それが死んだふりだ」
「いや、脈を消すのは無理だ」
「できる。ジョン・ディクスン・カーのある短編で使われたトリックを使用したんだ。脇にゴルフボールをはさんで圧迫すると、腕の脈は消える。高島泰治は両脇にゴルフボールを挟んでいたんだ。瞳孔が開いていたのはアトロピンでも点眼したんだろ。それを高島泰蔵が発見して、脈がなくて瞳孔が開いているのを畠山に確認させた。畠山が警察に電話をするために部屋を出たときに高島泰治を縄で絞殺したんだ。心理的密室だ。つまり、あのときは生きていたんだ」
「なるほど...動機は結婚か?」
「だろうな」
「現場にはゴルフボールもあったし、間違いないな。高島泰蔵を逮捕しに行く!」
 安田は事務所を飛び出していった。
「桂家! もういいぞ」
「うん」
 桂家が寝室から出てきた。
「それにしても、おにいちゃんと同じくらい格好いい男の人を見たのは井草さんが初めてよ。それに、長身ね」
「へっ?」
「仁。可愛がってやってくれ。僕は寝るから」
「小室さん、朝ご飯!」
「あら。なら、私が食べるわよ」
 桂家は椅子に座って、ご飯を食べ始めた。
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