犯人達の工作

髙橋朔也

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操人る~あやつる~

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 私は桂家ちゃんと手をつなぎながらショッピングモールに向かっていた。
「井草さん...」
「ど、どうしたんですか?」
「おにいちゃんと井草さんの出会いが知りたいな」
「出会いって...」
「お願い」
「断ってはないよ。話すけど、長くなるよ?」
「うん」 
「あれは四年くらい前だったかな。私は三笠村で民宿『井草屋』を営む父の手伝いをしていました」

 ──四年前。
 千葉県の三笠村。
「仁! お湯を沸かしとけ」
 これが父の井草仁史(いぐさひとし)だ。
「わかりました」
 私は奥の部屋に入って、栓を閉めてからお湯を沸かした。みるみるうちにお湯が沸き出した。
「人の技術ってすごいですね」
 そんな独り言をつぶやいていたと思う。
「こんにちは」
 お客さんが来た。すぐに玄関に行った。彼は長身でそこそこ良い顔をした人で、カバンには本が詰まっていた。
「ようこそ、井草屋へ。ご予約ですか?」
「いや、予約はしてない」
「名前を教えてください」
「錠家。小室錠家だ。職業は小説家」
「かしこまりました。五号室です。これが鍵で、お食事は外でしますか?」
「中でする。中に勝手に入って食事の用意をしてくれ。頼むよ」
「わかりました」
「じゃあ」
 小室は私から鍵を受け取ると、五号室に入った。すぐにカバンを開けて、本をテーブルに並べた。そして適当に一冊を抜き出すと、床に寝そべって読み始めた。
 二時間後、小室は本を閉じると立ち上がった。それから、新聞を広げた。その時の時刻は七時だ。そろそろ食事の用意をする時間だから、私は五号室の扉をノックした。
「どうぞ」
「失礼します」
 扉を開けて、テーブルに料理を並べた。そこで、私は小室が新聞のある部分を凝視しているのに気づいた。
「その記事、三笠村連続殺人事件のですよね?」
「ああ、そうだ」
「気になりますか?」
「もちろん。三笠村は代々、三笠家(みかさけ)が地主となって納めてきた土地だ。その三笠家の家令・三方家(みかたけ)の人々が死んでいった。この連続殺人事件が三笠村に語り継がれる呪いに関係していると新聞社は騒いでいる。ところで、その呪いとはどんなものなんだ?」
「あの呪いの伝承ですか...。この村では禁句なので、軽々しく話さないでくださいね」
「ああ、わかった」
「三笠家一代目当主の三笠宗一郎(みかさそういちろう)さんは家令・三方家から脅(おど)してお金を巻き上げていたんです。そして、そのお金は全部宝石を買うために使っていたんです。それに激怒した三方家の人達は夜に三笠宗一郎さんの寝込みを襲って刀で串刺しにしました。その時に言い残した宗一郎さんの言葉が

『時代が移り変わろうとも、我の恨(うら)みが消えることはない。いずれ、我が積年の恨みが貴様ら下郎を呪い殺す! 小作人は小作人らしく、税を納めていればいいんだぁ!』

 というものです。その二年後には、宗一郎さんを襲った三方家の人は全員病気で亡くなりました。この話しを呪いと言って、三笠村での禁句なんです」
 小室は腕を組みながら口を開いた。
「なぜ、当主を襲ったのに、実行犯は殺されずに二年も生きれたんだ?」
「襲撃したのは宗一郎さんの息子で二代目当主の宗太郎(そうたろう)さんが公認したからです」
「なるほど。宗一郎は全員に裏切られたのか」
「ええ」
「そして、その宗一郎とかいう奴の呪いで三方家の奴らが死んでいっていると思ってんのか? バカだな」
「村の風習ですから...」
「俺に任せな」
「?」
「だから、俺が呪いをどうにかしてやる」
 そう言うと、小室はご飯を食べ始めた。
「あの...」
「何だ?」
「もしかして、小説のネタになんかにはしませんよね?」
「ああ──安心しろ。僕は小説家じゃなくて、探偵だ。私立探偵」
「探偵?」
「と言っても、殺人事件を扱ったことは過去に十数回しかないけどな。だが、警視庁の捜査一課刑事と知り合いだ。そのことで、三笠家から事件解決を依頼された」
「えぇー!」
「誰にも言うなよ。それと、明日は三笠家の人達と会食する予定だけど、お前も来いよ」
「な、なんでですか?」
「んー? なんとなく、今回は助手がいた方がはかどるんだ」
「は、はぁ...なるほど」
「んじゃ、明日の午前八時に三笠家に行くから起こしてくれ」
「はい、かしこまりました」
「おう」
 こうして、私は小室の助手(仮)になった。

「起きてください、小室さん!」
「ん? ふあぁー」
「今は七時です。早く支度しないと会食遅れますよ」
「マジか!」
「ええ。ここから三笠家までは徒歩で二十分ですから」
「そんな遠いのか?」
「はい。それに、道がいろいろとありますからすぐに迷子になります」
「大変だな」
「辺境の村ですから」
「支度するから、三笠家まで案内を頼むよ」
「わかりました」
 小室は急いでカバンにいろいろと詰め込んで、手に持った。
「井草、行くぞ」
「は、はい!」
 昨日、父には嘘をついて七時に出かけると話していた。
「そこを右です」
「わかった」
「そこを左です」
「おう」
 厄介な道を通り過ぎると、大きい五階建ての木造の家が出てくる。表札には『三笠』とある。
「ここが三笠家か?」
「はい。門は三回叩いてください」
「ああ」
 小室は右手の拳を握って、三回叩いた。すると、扉が開いた。
「お待ちしておりました。小室錠家様」
 出迎えたのは三方家の若頭・三方大志(みかたたいし)だった。
「おや、おや。井草様もいますね」
「どうも、お久しぶりでございます」
「こいつは今回の事件で僕の助手をしてもらう」
「かしこまりました。では、中へお入りください」
 小室と私は大志の案内で会食の行う広間に通された。
「やあ、待っていたよ」
 彼がこの三笠家現当主の三笠宗司(みかさそうし)だ。
「これ、宗司。小室さんに失礼じゃ」
 彼が三笠家前当主で宗司の実の父である三笠宗二(みかさそうじ)だ。
「兄さん、ちゃんと前を見ないと駄目ですよ...」
 彼が宗司の弟の三笠司(みかさつかさ)だ。三笠家では代々、長男にしか『宗』という漢字をつけないという風習があった。
「では、お前ら自己紹介しろ」
「かしこまりました。わたくしは三方大志でございます」
「わたくしは三方康成(みかたやすなり)です。大志の次男でございます」
「私は康成の弟の康治(やすじ)と申します」
「以上だ。では...! 井草さんじゃないか?」
「はい、そうです。井草仁です」
 宗司は私に目を向けてから、私達に椅子を勧(すす)めた。
「小室探偵を呼んだのは他でもない。連続殺人事件を解決してほしい。もちろん、報酬は...千万でどうだろう」
「報酬などどうでもいい。それより、僕は密室殺人を専門にしているとは知っているのかな?」
「もちろん。しかも、腕は確かなようだ」
「今回の事件に密室殺人の要素はどこにもない」
「良いのかな? 君の唯一の身内である妹もまだ高校二年生。養っているのは君と聞いている。お金が必要なんじゃないか?」
 宗司はワインを飲みながら、小室を見て笑っていた。小室も桂家ちゃんのことを思い出したようで、依頼を受けた。
「さて。これから会食といこう。おい、親父」
「宗司! 言葉遣いをちゃんとするんじゃ!」
「わあってるよ」
「ん!」
「チッ!」
 宗司と宗二は睨(にら)みあった。
「井草。とっとと食って、宿に戻るぞ」
「わ、わかりました」
 小室は不機嫌なようだ。テーブルマナーなど気にせずに急いで食べ物を口に運ぶと、すぐに食べ終えた。
「今日は失礼」
「あ、小室さん!」
 久方ぶりの豪勢な食事を口に一気に入れると、小室の後を追った。
「まったく...。井草、何なんだあの家は」
「そうですね。あそこは地代も相当上げるし、村民から嫌われています」
「だろうな。宗司は特に気に入らない」
「妹さんですか?」
「ああ、そうだ。だが、これで情報収集の機会が無くなってしまった。代わりに、宿に帰ったらお前がわかる限りのことを教えてくれ」
「わかりました」

 宿に帰ると、私も一緒に五号室に入った。
「ては、教えてもらおう」
「容疑者から細かく話しますか? それとも事件概要だけですか?」
「両方頼む」
「わかりました。...三つの殺人事件の容疑者は三人います。一人は案内してくれた大志さん。もう一人は大志さんの長男、つまり康成さんのお兄さんの宗弥さんです。そして、最後が宗二さんです」
「なるほど。容疑者について話せ」
「三人とも三つの殺人事件の死亡推定時刻にアリバイがなく、被害者と会う口実などいくらでもつくれるからです。そして、大志さんには動機がありました。殺された三人の三方家の人達は大志さんからお金を借りているのに、一行に返しません。警察もそういうことがあるから大志さんを重要人物としてマークしています」
「三つの殺人事件の手口は?」
「長い鋭利な包丁で心臓を一刺しです」
「その包丁は全部同じものなのか?」
「はい。三笠家の厨房から持ち出されたものです」
「包丁を刺す向きから犯人の身長が割り出せるはずだが、わかるか?」
「いえ、警察からは何も...」
「わかった。じゃあ、こっちのツテで聞き出してみる」
 小室は携帯電話を出すと、電話をした。
「安田警部補?」
「どうした?」
「今、三笠村連続殺人事件を調査しているが遺体に刺さった包丁の向きから犯人の身長がわかるはずなんだ。千葉県警に聞いてみてくれ」
「俺、そんな権力ないよ?」
「僕だって、警察の知り合いは安田警部補くらいしかいない。だったら、こっち来い。あんたを六年で警視にまであげてみせる」
「ああ、わかった。千葉県警に聞いてみる。それから、そっち行くから」
「頼むよ」
 小室は電話を切った。
「あの、今のは?」
「警視庁捜査一課刑事の安田道史。僕の唯一の刑事の知り合いさ」
「なるほど......」
「それより、他に聞きたいことがある」
「言ってみてください」
「現場の写真は持ってるか? 血液の飛び散る具合が知りたい。大きさと飛び散り方からどの高さから刺されて血が飛んだかがわかるんだが...」
「そうですね、私は持ってません」
「なら、これも安田に聞いてみよう。あと、三笠家の家の見取り図とどこで三人が死んでいたかを知りたい」
「見取り図はありますし、現場はわかります」
「助かるよ」
 私は胸ポケットから三笠家の見取り図を取りだして、広げて床に置いた。
「この一階の応接室で一人目が死んでいました」
 私は見取り図に指を差した。小室は見取り図の縮小を確認して原寸大の長さを割り出し、現場の広さを知ってから侵入ルートから脱出ルートまで考えていた。
「大体わかった。この現状では犯人が誰かはわからないな」
「そうですか...」
「まあ、僕は腕が立つわけではないから、ゆっくり行こう」
「わかりました」
 小室もこの頃はあまり博識とは言えず、安楽椅子探偵としてはまだまだだった。
「では、私はこれで。仕事がありますから」
「ああ、わかった」
 私は五号室を出た。

 一方、三笠家ではまだ食事中だった。
「これから、地代を上げる」
 宗司の一言で、一同は凍りついた。
「兄さん、それはさすがに...」
「司は黙ってろ! 地代を上げると俺が言ったら、上げるんだ。小作人など所詮(しょせん)使い捨ての駒に過ぎない」
「これ、宗司! バカなことを言うでない!」
「親父は黙れ! 地代は必ず上げる! そのことは宗弥も認めている。大志も圭吾(けいご)もだ」
 圭吾とは、三方大志の兄だ。現在、三方家の実権を握っている人物である。
「圭吾! 大志! 宗弥! 貴様らわしに黙って、勝手に...!」
「親父、うるさい! 親父は占いでもしてろ」
 宗二は老人の趣味で占いやお悩み相談、はたまた怪談なども行っている。
「わしの趣味は関係ないじゃろ!」
「うっせえな。地代は上げるぞ」
「チッ!」
 宗二は地団駄を踏みながら、奥に消えていった。

 同日午後八時。私は温泉の支度が出来たことを小室に伝えに行った。
「失礼します」
「どうぞ」
 小室は床に寝そべりながら本を読んでいた。作者はエトガー・アラン・ポーでタイトルは『モルグ街の殺人・黄金虫』(新潮文庫)だ。エトガー・アラン・ポーなんて聞いたことないな。
「その本はどんなもの何ですか?」
「ああ、これか?」
「ええ」
「これはエトガー・アラン・ポーの作品で、世界で初めて執筆された推理小説『モルグ街(がい)の殺人(さつじん)』や世界で初めて執筆された暗号解読小説『黄金虫(おうごんちゅう)』などが収録されている。他には『盗(ぬす)まれた手紙(てがみ)』『群衆(ぐんしゅう)の人(ひと)』『おまえが犯人(はんにん)だ』『ホップフロッグ』なども入っている。これは全部がミステリーだが、推理小説としては『群衆の人』と『ホップフロッグ』は除外される。が、『群衆の人』は短いが面白い。語り手が挙動不審の老人を追いかけて正体を探るが、結局答えは出ないまま終わる。これは好きだ。『ホップフロッグ』は僕は嫌いだ。ホップフロッグという道化師が大臣を殺して逃げるが、殺し方が巧妙なだけなんだ。
 『モルグ街の殺人』と『盗まれた手紙』はオーギュスト・デュパンという安楽椅子探偵が解決する。『モルグ街の殺人』は密室殺人で犯人はオランウータン。窓に釘が打ちつけられていたが中で折れているから密室ではなかったというのが真実。だが、食い違う証言は少し面白い。犯人が何人(なにじん)かで論争が起きる。
 オーギュスト・デュパンが登場する作品は全三作品だが、二作品目の『マリー・ロジェの謎』は実際の事件を題材にしているがポーはことごとく推理を失敗している。だから、この短編集には掲載されていない。三作品目の『盗まれた手紙』は名作と言われている。これは完璧に安楽椅子探偵作品だ。面白いぞ。
 『おまえが犯人だ』は最終的に犯人自身に自白させて解決するんだが、その方法がまた巧妙、というか面白い。
 『黄金虫』は文字数とかで解読するんだが、説明が難しい。まあ、百聞は一見にしかずだ。読め」
 小室から本を渡された。青空文庫では『モルグ街の殺人』『マリー・ロジェの謎』(青空文庫では『マリー・ロジェエの怪事件』というタイトル)『盗まれた手紙』『群衆の人』『黄金虫』が無料公開されているから無料で読める。残念ながら『おまえが犯人だ』と『ホップフロッグ』は読めなさそうだ。ちなみに『まだらの紐』も読める。
 まあ、『モルグ街の殺人』は出来れば読んで欲しい。なぜなら、これから起こる密室殺人は『モルグ街の殺人』の状況と似ているからだ。と言っても、釘が打ちつけられていたが中で折れていた、なんていうトリックではないが...。
「それより、小室さん。温泉、入れますよ」
「ああ、わかった。では、入ろうか」
「では、その間に食事の準備をしておきます」
「頼むよ」
 小室は着替え一式を持って、五号室を出た。

 次の日の朝。康成は宗弥と一緒に宗弥の部屋で寝ていたが、事件が起こった。部屋で変な音が聞こえた、と警備員が急いで知らせに来たのだ。宗二は急いで宗弥の部屋に向かった。宗司も気になって着いてきた。
「宗弥、康成! わしじゃ!」
 宗二は扉を叩いた。宗弥の部屋は頑丈な造りで、扉には鍵が二つ付いている。合い鍵はなく、宗弥自身が厳重に管理していた。宗二もやむなく扉を破壊して、中に侵入した。そこで、宗二と宗司が目にしたのは、無残な姿で宗弥と康成が刺されている光景だった。夜は扉の二つの鍵を掛けていて、かつ警備員が二人も近くで警戒していた。窓には釘が打ちつけられていて、完全な密室だった。そして、警備員が聞いた変な音とは、つまり声だ。一人がアジアの国の言語のようだと一人の警備員が証言した。もう一人の警備員は正確に『中国語』だったと証言。他にも声が聞こえたが、それは宗弥の叫ぶ声だったらしい。警備員二人の証言をまとめるとこうだ。中国人が密室に侵入して宗弥と康成を殺した、ということだ。いっておくが宗弥と康成は中国語などできない。また、音声を発する電子機器は密室内にはなかった。これが『モルグ街の殺人』と状況と類似した密室殺人ということだ。
 宗弥と康成が殺されたという事件は瞬く間に村中に広まった。もちろん、昼には私と小室の元にも広がってきていた。小室は直ちに私を五号室に招き入れた。
「とうする?」
「どうしましょう」
「安田は呼んである。今、事件を綿密(めんみつ)に調査して僕にそろそろ伝えに来るはずだ」
「なるほど」
 その時だった。扉が二回ノックされて、安田が入ってきた。
「やあ、小室君」
「安田警部補。何度言ったらわかるんだ。二回ノックだとトイレだ。三回ノックしろ」
「ああ、わかってるって。それより、わかったことがある」
「事件のことか?」
「もちろんだ」
「話せ」
「殺したのは康成だ。康成は宗弥を包丁で刺して、それから自分を刺した」
「なら、事件じゃないな。犯人は康成で決まりだ」
「それが、そうもいかない。三笠家の人達が騒ぎ立ている。康成は殺すはずがない、と。だから、君に解決してもらいたい」
「なるほどな。最悪、康成が犯行を行う動機さえ見つけたら良いってことか」
「そういうことだ」
「つまり、康成をどうやって操るか」
「催眠術で誰かに人を殺させる、というのはほぼ無理だ。警察側でも、それは考えていた」
「なあ、気になること聞いて良いか?」
「ああ、いってみろ」
「ここは千葉県だろ?」
「ああ」
「なんで警視庁のあんたがいるんだ?」
「いろいろ手引きした」
「なるほど...。で、何か他に不可解な点はあるのか?」
「ある。非常にある」
「いってみろ」
「前日、つまり昨日だ。昨日、宗二が怪談を行った」
「怪談?」
「ああ。宗二は老後の道楽で怪談をしたりしている。で、その怪談の内容と宗弥康成死亡事件の内容は酷似(こくじ)している」
「ほお?」
「面白くなっただろ?」
「ああ。怪談の内容通りに康成を操ったということだな?」
「そういうことだ。な? 興味深い事件だろ?」
「久しぶりに手応えがありそうな事件だ。マリオネットのように、どうやって康成を操ったか」
「もしくは、操ったように見せかけたか」
「だな」
 小室は立ち上がると、隅に向かった。
「安田。現場の状況と康成の部屋の状態、もしくは写真でもいい」
「わかった。まずは写真を渡す。これさ康成の部屋の写真だ」
「ああ」
 小室は安田から写真を受け取って、じっくりと見た。
「時計が壊れているな」
「ああ。康成はヒステリーの可能性が高い」
「なるほど。あと、何だ? この線香」
「ああ。何か、康成は最近眠れなくなったらしい。そのことを宗二に相談したら、宗二特製の線香を渡されたらしい。良い香りで眠りやすかったと康成が言っていたと証言がある」
「なるほど、なるほど」
 小室は写真を安田に返した。
「次は現場の写真。あと、細かい説明」
「ほら、写真」
「ああ」
「現場の状況はひどい。回りに血が飛び散っている。しかも、宗弥は胸のあたりを滅多刺しだ」
「ほお?」
「死亡推定時刻は警備員が変な声を聞いた時間と一致する。死体におかしな点はない」
「...。大体わかった」
「何が?」
「事件概要だ」
「なるほど。で、次はどうする?」
「もっとくわしく調べてから、また伝えに来い」
「わかった。では、また来るよ」
「ああ」
 安田は手帳を胸ポケットにしまって、五号室を出て行った。
「あの、今のが?」
「唯一の知り合いの刑事だ」
「ああ、わかりました」
「さて...」
 小室は本棚に向かうと、一冊の本を取りだした。
「僕は安田が来るまで本を読んでいるよ」
「わかりました。では、私はこれで」
「待て」
「どうしました?」
「面白いから、安田に着いていけ」
「わ、わかりました」
 私は小室に言われた通りに、安田を追って現場に着いていった。
「井草君は民間人だから、死体は見せられない。証言の聞き取りくらいだ」
「わかりました」
「うむ。では、着いてきたまえ」
「はい!」
 安田はまず、怪談を話した宗二に聞きに行った。
「宗二さん」
「刑事さん」
「どうも。まずは、怪談を聞かせてもらいませんかね」
「かまわんよ」
 宗二は咳払いをしてから、話を始めた。
 宗二が語った怪談は概ね事件と一致していた。
「なるほど」
 安田は腕を組んでうなずいた。
 その後も聞き込みをしたが、いい結果は得られなかった。一応、小室に聞き込みをした内容を話した。
「何だ。全然役に立つ情報がないな」
「そうですよね...」
「それと、気になるんだが現場で良い香りがしたんだろ?」
「はい。死体がなかったので、線香でも焚いたのかと思いました」
「多分、それが宗二の特製線香だろ?」
「あ、なるほど。線香を焚いて寝るって言ってましたね」
「ああ、そうだな」
 小室は三笠家の見取り図を開いた。
「犯人は康成をどうやって操ったか...」
「上から紐とかで操ったということはないんですか?」
「現場には一ミリのすき間もないらしい」
「ああー、なるほど」
「誰かが康成を脅して、やった可能性はあるか?」
「安田さんによると、ないらしいです」
「なるほど。で、包丁を康成が持ってたんだ?」
「あ、ええとですね...」
 私は記憶を辿(たど)った。すると、珍しく思い出した。
「三方家の人はすでに三人も殺されていますから、護身用で持っていたらしいですよ」
「なるほど。だが、護身用であんな鋭利な包丁を持つか? 普通...」
「どうなんでしょうね?」
「まあ、この事件を解決したらわかんだろ」
 小室は見取り図の現場と宗二の部屋を見た。
「宗二が一番怪しい」
「何でですか?」
「そりゃ、こいつは怪談を話している」
「まあ、そうですけど、宗二さんには動機がありません。それに、優しい方ですよ」
「そうらしいな。老後の道楽とはいえ、慈善事業も行っているらしいし」
「あと、警備員によると夜に現場に近づいたのは宗司さんです」
「あのバカ当主か」
「そうです」
「なら、的を絞ってみるか」
 小室は容疑者を一人ずつ潰していった。何か考えがあるらしい。
「何かわかりましたか?」
「怪しいのは宗司と宗二だな」
「!」
「だって、二人とも三笠家の人間だ。家の構造をよく理解しているはずだ」
「そうですけど、動機が...」
 その時、小室の携帯電話が鳴った。
「もしもし、安田警部補か?」
「もちろんだ」
「何かわかったのか?」
「ようくわかったんだ」
「ほお? 話してみろ」
「ああ、そのつもりだ。宗二らは地代の増額に反対していた。が、大志と圭吾、宗司が押し切った。つまり、宗司、康治、その他諸々には動機があった」
「以前の三件の殺人も地代の増額が原因か?」
「ああ、そうらしい」
「なるほど。これで宗二に動機があったことがわかった」
「これからも、調べてみる」
「刑事なんだから当たり前だ」
「わかってるって」
「それと、もう一つ調べてほしいことがある」
「何だ?」
「怪談が行われていた状況を知りたい。その時の画像動画証言その他いろいろと調べてくれ」
「怪談の状況、か。わかった。調べてみる」
「頼むよ」
 電話が切れた。小室は携帯電話を床に放り投げた。
「もし安田が調べてきて、それが僕の予想通りなら犯人はやはり宗二に違いない」
「そうなんですか?」
「ああ」
「どんなトリックを考えているんですか?」
「不完全なトリックを言うことは出来ない」
「そうですか」
「それと、僕は寝るから安田から連絡があったら起こしてくれ。その内容によっては少し行きたい場所がある」
「どこにですか?」
「知り合いの精神科医のいる場所だ」
「精神科医?」
「ああ」
「なんで精神科医なんですか?」
「トリックが精神科医の範疇(はんちゅう)だからだ」
「精神科医の範疇?」
「そうだ」
「それは、康成さんが最近眠れないのと関係があるんですか?」
「少なからずあるだろう」
「なるほど」
「まあ、寝るからな」
「わかりました」
 私は椅子に座ると、小室の蔵書から一冊の本を手に取った。そして、開いて読み始めた。十ページほと読み進めると、小室はいびきをかき始めた。

「プルルプルル!」
 そんな音に気づいて本を読むのを中止した。本をテーブルに置くと、音が聞こえる方を向いた。床に放り投げられた小室の携帯電話が鳴ってい。急いで寝ている小室のところへ行き、体を揺すった。すると、大きく伸びをしならが起き上がった。
「どうした?」
「携帯電話が鳴っています」
「そういうことか」
 小室は素早く携帯電話を右手で取った。そして、指を画面上でスライドさせて携帯電話を耳に当てた。
「安田、何かわかったか?」
「それなりにはわかったよ」
「話してみろ」
「当然だ」
 安田は咳払いをすると、話し始めた。
「宗二が怪談話しをしている時、ちょうど線香を焚いていたらしい。宗二が焚いたんだが、その香りのせいで怪談が怖くなかったそうだよ」
「なるほど」
「で、他には宗二は珍しく椅子に座って話しを始めたらしい。もう歳だからな」
「続けろ」
「宗司は嫌な顔で煙草を吸い始めたが、宗二が怒ったらしい。線香の香りが阻害されるって怒鳴ったんだとよ」
「ほお」
「画像と動画を入手したが、どうする?」
「今の証言は僕が考えるトリックと一致する」
「わかったのか?」
「もちろんだ」
「教えてくれ」
「いや、これから知り合いの精神科医のところへ行くんだ」
 小室は電話を切ると、ポケットに携帯電話をつっこんだ。
「じゃあ、仁。出かけるからな」
「わかりました」
 あれ、私のことを仁と呼ばなかったか? と思いながら小室を見送った。小室はやけに元気があった。
 小室は知り合いの精神科医の元へ昨日向かった。それから、安田は私のところに入り浸って捜査状況を逐一報告してくる。
「井草君」
「あ、安田さん」
「ああ。今日もあまり成果はなかったよ」
「なるほど」
「で、小室君はいつ戻ってくるのかな?」
「わかりません。知り合いの精神科医に会いに行ったんですが...」
「小室君がいないと、捜査が進まないな...」
「大丈夫です。精神科医に会いに行ったのは、考えたトリックを立証させるためですから」
「ほお?」
「私は何も聞いてないですけど」
「だが、小室君に精神科医の知り合いはいたかな?」
「小室さんは自分のことはあまり語りませんからね」
「だよな...。まあ小室君のお陰で、警部補に昇進出来たから何も言えないんだが...」
「安田さんは小室さんと何年前からの知り合いなんですか?」
「五年前だよ。会ってから、かれこれもう五年か」
 四年前の話だから、現在は九年というわけだ。
「どこで会ったんですか?」
「事件現場だよ。小室君は俺が初めて担当した殺人事件の第一容疑者だったんだよ」
「そうなんですか!」
「ああ。それから、小室君に事件概要を話すとすぐに解決してしまった。で、パートナーになった」
「そうなんですね」
 その時、扉が開いた。お客さんだと思って玄関に向かうと、それはまさに小室だった。
「安田! なぜ五年前の話しをペラペラ話しているんだ」
「やっ! 小室君じゃないか。トリックはわかったのか?」
「もちろんだ。今から華麗なる推理劇を披露してやるよ」
「推理劇?」
「容疑者の前で推理をぶつけるんだ」
「なるほど。いい考えだ」
「安田が準備しとけ。全員集めるんだぞ」
「わかってるって! 早速してくるぞ!」
「頼む」
 安田は急いで井草屋を飛び出した。小室はそれを横目に五号室に向かった。胸ポケットから煙草を一本取り出すと、口にくわえてライターで火を着けた。その後でカバンからインスタントコーヒーを出した。この時から小室はインスタントコーヒーが好きだったのだ。
「仁」
「なんですか?」
「推理劇には、君も出てもらう」
「!」
「驚いているね。君は僕の助手にむいている。どうだい? 仮じゃなくてちゃんとした助手になってくれるか?」
「父がどう言うかですけど、上京するのは良いですね」
「なら、推理劇が終わったら考えておいてくれ」
「わかりました」
「うん」
 小室は二回うなずくと、五号室に入っていった。ここは禁煙何だけどな...。

 一時間ほどして、安田が戻ってきた。
「推理劇の準備が出来たぞ」
「わかった」
「すぐ来るか?」
「ああ。仁も来るんだ」
「わ、わかりました」
 私達三人で、三笠家に向かった。三笠家の広間では、容疑者全員が集まって、椅子に座っていた。
「来たか」
 宗司が椅子にふんぞり返って、偉そうな口調でこちらに言った。
「いや、すんませんね。これから犯人をすぐに炙り出すので...」
「炙り出すまでもない。トリックさえわかれば犯人もわかる。犯人はずさんなトリックを使ったんだ。だが、少し面白いトリックだよ。と言っても、康成を操ったに過ぎないが」
 小室は厚いコートを脱ぐと、携帯電話のように床に放り投げた。
「犯人は、ずさんだが実に巧妙なトリックを思いついた。康成の病(やまい)を利用していた。
 宗二が怪談を話すときに彼特製の線香を焚いたようだが、それで怪談の話しと線香の香りが康成の中でセットになった」
 小室は頭を掻(か)きむしった。
「例えば。例えばだ。勤めている会社でパワハラにあっていたとしよう。ストレス軽減のためアロマを焚く。それと同じアロマを寝るときにも焚くと、パワハラの夢を見るんだ。それだけ、匂いというものは影響力を持つ。
 康成では怪談話しと線香の香りがセットになったと言ったが、康成は寝るときにも宗二の勧めで線香を焚いていた。眠りやすくなると騙して、だ。つまり、康成は殺人の夜に怪談話しの夢を見たんだ」
 宗二が横から口をはさんだ。
「夢を見たからって、何になる! 夢で殺人を犯す程度だ」
「違う。康成の部屋では時計などが壊れていた。もしかすると、レム睡眠行動障害の可能性がある。レム睡眠行動障害とは、夢で行った行動をいちいち現実でも寝ている間に行ってしまう病だ。
 話しをまとめるとこうだ。康成は以前からレム睡眠行動障害で悩まされていた。そのことを宗二に相談していた。宗二は逆に利用しようと考えて線香を焚いて寝ることを勧めた。その後に怪談話しをする最中に線香を焚いて関連づけた。で、殺人の夜に康成に宗弥と一緒に寝るように言った。その時にも欠かさず線香を焚くように念を押したはずだ。それに、包丁は護身用で康成は持っているからこれも利用した。結果、線香のせいで怪談話しの夢を見て、同じ行動をしたんだ。これでわかったと思うが、こんなトリックを使えるのは宗二だけだ。
 宗二は他の三件の殺人にも関わっているはずだ。そして、最終的に康成に全てをなすりつけた」
 皆の目が一斉に宗二の方に向いた。精神科医に会いに行ったのは、レム睡眠行動障害を確認するためだろう。
 宗二は椅子から立ち上がると、ゆっくりと小室に歩み寄った。
「そうじゃ。わしが犯人。わしが殺した」
「夜に警備員が聞いた中国語は寝ている康成が発した寝言か何かだろう。まあ、あんたは終わりだよ」
「いや、終わらない」
 宗二は懐(ふところ)から包丁を出して私に向けた。
「わしは生きる。動いたら仁を殺す」
 すかさず小室は宗二の手首をひねった。それから、包丁を落とすと縛り上げた。
「僕には武道の心得があるをだ。...動機は地代増額だろ? 他三人も地代増額に賛成していた。宗弥も賛成していたが、たが康成は反対していたはずだ。なぜ、殺した?」
「ただ利用しただけじゃ」
「あんたはただのクズだ」
「その通り」
 宗二は笑いながら、安田に捕縛された上で連行された。その後、命を救ってくれた小室の後を追って上京。めでたく助手となった。

「だから、命の恩人なんだ」
 話しを聞き終えた桂家ちゃんが、納得したように話した。
「ちょっと長かったでしょ?」
「まあね。ただ、面白かったよ」
「なら、よかったです」
 桂家ちゃんとインスタントコーヒーを買うと、事務所に直行した。
「小室さん、買ってきました」
「ああ、ありがとう」
「いえ、大丈夫です」
「へへー。井草さんに四年前の出会いを聞いちゃった」
「なんだ、仁。話したのか」
「聞かれたので答えただけです」
「まあ、いい」
 小室は椅子から立ち上がって、ポストを確認した。
「おや、何か入っているよ。珍しい」
 小室はポストに入っていた封筒を開けて、手紙を読み上げた。
「『あなたは離島宿泊特別旅行参加者に選ばれました! 封筒に入っているチケットを持って二十三日に八坂港(やさかこう)に来てね』だと。チケットは三枚。ああ、これか。先々月に駄目元で応募したが、当選しちまった」
 これが、地獄への片道切符だとはまだ知るよしもなかった。
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みんなの感想(1件)

横山けんじ
2020.10.16 横山けんじ

『 使蛇う』も良かったです。まだらの紐をうまく再現出来ていました。ですが、個人的には『騙死す』の方が面白いトリックでした。それに、『刺毒す』のトリックは発想の転換で現実味がありました。次の作品も期待しています。

髙橋朔也
2020.10.16 髙橋朔也

 感想ありがとうございます。「小説家になろう」に投稿している「犯人達の工作」は二千字程度に分割して掲載していてます。それに、一つのストーリーが完結してから「アルファポリス」に掲載するので、「小説家になろう」を見た方が先に話しがわかります。続きが気になるならそちらを見ることをおすすめします。今後とも、よろしくお願いします。期待に添えるように頑張りたいと思います。

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