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第14話 良からぬ話

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 父と海王神を見て、背中に冷たいものが流れた。

 リーヴ以上に厄介な者達だからだろうが、この場から即逃げ出した方がいいような予感までする。

(海王神様から向けられる視線に悪意を感じるからか)

 そもそもリーヴの父親である海王神から、今までもいい目を向けられたことはないのだが、今日はいつにも増して鋭いものだ。

 しかし皆も、そしてルナリアもいるこの場から、逃げるわけにはいかない。

「海王神様、お久しぶりですね」

 そう声を掛けると彼は胡散臭い笑みを更に濃くする。

 それを見てルナリアがまた俺の服を掴み、顔を青褪めさせた。

「また一段と逞しくなったな、ソレイユ。俺様の耳にもお前の活躍は届いている、随分と頑張っているようだな」

「ありがとうございます。海王神であるあなた様にそう言われると喜ばしいものですね。これからも三界の平和の為に尽力していきます」

 褒めているようにも思えるが、裏でどう思っているかわからないので、そのまま受け取るものではない。

 海王神は父以上に食えない存在だ。

「お前にはリーヴも世話になったし、色々と頑張っているな」

 リーヴは眉間に皺を寄せているが、特に何も言わない。

「いえ、俺は大したことはしていません」

「ふふ、謙遜するな」

 俺の目前まで海王神は来る。

「お前のその大した事ではない行いでリーヴは助けられた。ならばリーヴは大した者ではない、という意味になってしまうだろ」

「っ! そのようなつもりはございません」

 だからこの方と話すのは嫌なんだ。やたら面倒臭い。

「あと気になったのだが、そちらのルナリア嬢は随分とソレイユと仲が良いのだな。異母兄妹で最近引き合わせたと聞いていたのだが、それほどまでに近づく程親密な仲になったのか?」

 俺は身体を強張らせてしまう。

 妙な勘の鋭さだ、もしかして海王神は天空界に密偵でも送っているのか?

「ルナリアの神殿は以前襲撃を受けた事がありましてね。それ以来ソレイユは頻繁にルナリアのところに見回りに訪れているのですよ。今日も護衛をお願いしていますし、私もルナリアも信頼しているのです」

 兄上が助け舟を出してくれるが、海王神はくつくつと笑うばかりだ。

「守る為、か。はてさて本当にそうであればいいがな」

「本当ですとも。ソレイユはルナリアと、そしてこの天空界を守るために日夜努力をしてくれています」

 兄上は動じる事もなく言いきってくれる。

「さてさて話はそこまでにしよう。ティダル、あまり妙な事をいうではない」

 父が海王神を宥め、ルナリアを手招きする。

 ルナリアは一瞬困ったように俺を見た後、俺の服から手を離し父のもとへと行く。

「迎えに行けずすまなかったな」

「いえ、お兄様たちがずっと一緒に居てくれて案内してくれましたから大丈夫です」

 父はルナリアの肩に手を置く。

「いつも綺麗だが、今日は一段と綺麗だ。さすが儂の娘だ」

「……ありがとうございます」

 ルナリアの顔からどんどん感情が消えていく。
 今あるのは作り出した笑顔だ。

 心が痛い。

 俺はルナリアを本当の意味で幸せに出来ないどころか、この状況で助け出すことも出来ないのだ。

 顔に出してはいけないからと拳を握りしめ、耐える。

 ルナリアが耐えているのだから、俺が台無しにしてはいけない。

「なぁ、ジニアス。先程の話の続きなんだが」

「なんだティダル。さっきの話とは」

 父は何の事かピンとは来ていない。しかし嫌な予感がする。

「ルナリア嬢をリーヴの嫁としてもらいたい」

 唐突な物言いに俺は頭を殴られたような衝撃を感じ、周囲もざわめきに包まれる。

 ルナリアは青を通り越して白い顔をし、震えている。

「あの、わたくしはリーヴ様とは初対面で」

「ルナリア嬢、そのような事は関係ない」

 海王神はばさりとルナリアの言葉を遮る。

「最高神である我らの決定に逆らうのか? それは楯突くという事に等しいのだが」

 海王神の睨みに、俺が動くより早く父が前に出る。

「ルナリアを簡単に嫁に出すつもりはない、他をあたれ」

 さすがに父も了承はしないようで先程の親しい空気は一変して対立の雰囲気を醸し出している。

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」

 にらみ合うような形になった二人だが、ティダルが何かを父に耳打ちする。

 すると父の表情が目に見えて変わり、父はぶるぶると怒りなのか何なのか、震えている。

「どうだ? 了承しないというならば、今の話をここで披露しようか。俺はどちらでも構わない」

「ぐぐぐっ……」

 苦々し気な顔で呻く父に、俺は手足が冷えていく。

 父の返答次第では、ルナリアはあいつのものに。そんなのは許せない。

 動こうとした俺の肩を兄が掴んだ。

「早まるな」

 小さい声で忠告されるが、しかし落ち着いてなどいられない。

「お父様、わたくしは行きたくありません……」

 震える小さな声で抗議するが、父は困ったような顔をするばかりだ。

「ルナリア……儂とてお前と離れたくはない。だが」

「ジニアス、返事は決まったか?」

 父とは対照的な海王神の表情。

(一体何の話をしたんだ?)

 何か弱みを掴まれているのは明らかだが、一体何の話なんだ?

 父がこのような余裕のない様子を見せるのなんて、初めての事だ。


 そうしてしばし迷った後、父から絞り出したような声が漏れる。

「ルナリア。リーヴ殿のもとへと嫁いでくれ」

 その衝撃の言葉に、俺達のみならず周囲の者からも動揺とざわめきが生まれた。

「嫌です、嫌……」

 突如わいた自分の結婚話に、ルナリアは首を振る。

「わたくしはリーヴ様とは結婚致しません」

 ルナリアは俺にしがみつき、ただただ否定の言葉を述べるばかりだ。
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