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第54話 提案

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「ここを移動する?」

 クラウンの言葉にわたくしは迷ってしまう。

 ここを離れて大丈夫なのか、慣れない土地でしかもリーヴの部下は自分を探している。

 うまく逃げ切れることが出来るのだろうか……

「そんな顔をせずとも大丈夫でさぁ、当てはあるし、お金ももらえたんです。ほら」

 価値はわからないのだけれど、クラウンは丸い銀色のものを十数枚見せてくれた。

「凄い、わね」

 細かいことはわからないけれど、これで色々と出来るというのはわかる。

「これだけあればもっと奇麗なところに泊まったりして、清潔な環境でその子を産めますよ。こんな汚いところで赤ん坊を産むなんて、お体に何かあったら大変でさぁ」

(……クラウンのいう通りかもしれないけれど)

 出産のついての知識はないけれど、少なくとも人間とは違うから、人間のいるところでそのような無防備さを晒していいのか、それすらも迷ってしまう。

 わたくしは人間ではないから、万が一そんなところを見られ、生まれた子供に危害を
 加えられたらと思うと、ゾッとする。

「クラウン、申し出はありがたいのだけれど、ここを離れるのは怖いの。人の多いところに行って万が一の事があったらと思うと、足がすくんでしまうわ」

「その気持ちもわかりますが……ここに居続ける事はおススメしやせんぜ」

 白塗りの顔ながらも、困った表情になるのが分かった。

「お嬢さんを探しに来ていた奴らですが、きっとまたここに来ると思いやす。だって唯一の手がかりをあっしが持っていましたからね。教えられた街でお嬢さんがいないとなれば、あっしにもっと詳しく聞こうと考えると思うんすよ。そうなれば金土こそ見つかってしまうかもしれやせん」

「……」

 確かにあの時は運よく見つからなかったけど、また成功するとは限らない。

 それならばこの場から移動し、新たな隠れ場所を探した方が安全よね。

「そんな泣きそうな顔をしないでください、あっしが必ず守りやすんで」

 胸を張り、任せろと言わんばかりに得意げな顔をしてくれる。

 クラウンが頼もしい反面、不安もある。

「どうしてクラウンはわたくしにそんなに親切にしてくれるの?」

 正直偶々ここで居合わせただけの関係なのに、どうしてわたくしを匿い、そして親切にしてくれるのか。

 不思議でたまらない。

「そりゃあ困っている別嬪さんを見捨てたら後味が悪いですし、それにお腹には赤ん坊がいるんでやんすよ。このままはいさよぅなら、ではお天道さんに顔向け出来やせんから」

 戯けるような口調なのだが、いつもと違い寂しそうな表情だ。

(昔、何かあったのかしら?)

 言っていることに嘘はなさそうだし、わたくしの事を真剣に思ってくれている雰囲気を感じる。

 これ以上聞くのは止めておこう。

「でもこんなに気を遣ってもらえて……一体何をお返しすればいいのかしら」

「そんな事今は考えなくていいんで、まずは安全なところに移りやしょう」

 そう言ってテキパキとクラウンは荷造りをしていく。

 とは言っても荷物と呼べるようなものはわたくしにはなく、すべてクラウンのものばかりだ。

 少しでも快適に過ごせるようにと綺麗な服や布を買ってきてくれたりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれた。

 不揃いになった髪の毛はクラウンが改めて綺麗に切りそろえてくれたので、とても軽い。

 おかげで髪を洗うのも楽になった。

「あっしが触れるわけにはいきやせんから」

 そんな風にしてクラウンが生活の色々なことを教えてくれたおかげで、最初は難しかったものの、少しずつ自分の事が出来るようになった。

(天空界に戻ったら神人達にお礼を言わないといけないわね)

 何かを覚える分、これらを全て神人達にしてもらっていたことを考えると、感謝の気持ちしか出てこない。

 今までどんなにお世話になっていたのか、このような状況になってとても身に染みる思いだ。

「お待たせしました、では行きやすか」

 荷物を背負ったクラウンの後ろをついていく。

「どこでお嬢さんを探している奴らが見ているかわかりやせんから、しっかり顔を隠していてくださいね。あまりあっしから離れてもいけやせんよ」

 わたくしは言われるまま、ケープについているフードを深く被る。

 新しい服もクラウンが用意してくれた。

 服装も薄いドレスではなく、動きやすいようにとズボンを渡されていたのだが、初めて履くのでいまだ慣れず、歩きづらい。

「それと疲れたらすぐに言ってくださいね、お腹も大きいし無理しちゃ駄目ですよ」

「……わかったわ」

 ドレスであればこっそりと浮いて移動もできたのだけれど、ズボンではソレが出来ない。実はこれが一番辛く、未だズボンには抵抗がある。

(土の上を歩くってこんなに難しい事なのね)

 地上界に来て一番印象に残ったのはその事であった。



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