塔の姫は隣国の王子と恋をする

しろねこ。

文字の大きさ
35 / 38

守護神

しおりを挟む
ティタンを見送り、ミューズとマオは塔を登っていく。

「パッと見七、八階くらいですかね? 結構高そうです。疲れたら僕がおんぶします」
マオは危険なものがないか、確認しながらミューズの前を歩く。

居住区域にしていた部分を越え五階に差しかかった頃、ミューズが足を止めた。

「ここから先は私一人で行くわ。マオはエリック様達のお手伝いをしてきて」

「何を言ってるのです。僕はどこまでも一緒にいきます」
ティタンにも頼まれたのだ。おめおめと戻るわけにはいかない。

「上の階は王族しか入れないとの話だわ。私は大丈夫だから、皆の手伝いをしに戻って欲しいの」

「今は緊急事態です。僕も入ります」
そう言って進もうとしたマオの体を、目に見えない力が押し戻す。

強力な魔力を感じ、瞬時にマオは飛び退った。

「なん、ですか。凄まじい魔力です!」
近づくまで気づかなかったが、身震いした。

悪意はないようだが強い力だ。

「この上で王族が祈るのだそうよ。他のものは侵入出来ないみたい」
そっとマオの手を握り、にこりと微笑む。

「ここまで一緒に来てくれてありがとう、あとは大丈夫よ。皆を頼むわね」

「……知っていて僕をここまで連れてきたですか。下で教えなかったのはわざとなのですね」
悔しそうに顔を歪めるマオ。

ティタンがいたならばきっと許さなかっただろう。

ここでマオと別れると知っていたら、塔に来るのを許可しなかったはずだ。

「必ず帰るつもりだけど、もしも私に何かあったら、私が勝手にしたことだと伝えておいて。リオンにも不出来な姉だと謝ってもらいたいわ。お願いばかりで申し訳ないけれど」
すっと両手を離し、マオの進めない先まで進んでしまう。

「ミューズ様!」

「マオも気をつけてね」
塔の窓から見えたものだが、魔物の数が増えている。

一刻も早く守護神に会わなければ。

「あなたに何かあれば僕はティタン様に叱られます!リオン様も、悲しまれます!レナン様だって、僕だってイヤです!」
どれだけ押し戻されようと、マオは魔力障壁を拳から血が出る程叩くのを止めない。

「マオやめて! 血が出てる!」
「これくらいどうってことないです!ミューズ様が勝手にいくなら、僕も勝手にします!」

「マオ…」
いつも飄々としているマオの真剣な様子はとても珍しい。

それだけミューズを想ってくれているのだ。

「もうやめて、あなたに何かあったら私もリオンに怒られてしまうわ。リオンはあなたが好きなのよ、女の子として」
唐突な言葉に、マオの手が止まる。

「何を言ってるのです。僕は男です」

「リオンも気づいているわ、だって手紙にあなたの事をよく書いてるのよ。かわいいって」
初めて聞く言葉にマオは目を白黒させる。

「こんな時にそんな嘘、良くないです」

「そうね、リオンにばれたら私も怒られてしまうから、内緒にしててね」
しーっと口元に指をあてた。

「リオンとマオの結婚式を見るまでは絶対に死ねないもの。信じて待っていてね」

「僕とリオン様はそんな関係じゃないですが……ミューズ様を信じてここで待つです」
マオはその場に座り、手を振る。

「気をつけるです。僕はミューズ様の方が可愛いと思ってるです」

「ありがとう、うれしいわ」








「もうどれくらい歩いたかしら…」
マオと別れだいぶ登ったが、守護神にはまだ会えていない。

道も狭くなり、暗くなっていた。

魔力で明かりを作り登っていくが、まだまだ先があるように見える。

「こんなにあるように見えなかったけど、これも魔法かしら」
試されているのかもしれない。

「もう、足が…」
あれから更に進んたが、姿どころか声もしない。

「そうだ、祈り」
祈りの力が守護神の力だ。

心込めて祈り、語りかける。

(お願いします守護神さま。力を貸して!あなたの愛した国が大変な事になっています。どうかお力をお貸しください)






そうやって幾ばくかの時間が流れた。 

祈る内に今まで気づかなかった小さい光が見えて来る。

小さな蛍のような僅かな光。

「もしや、守護神さま?」
恐る恐る手を伸ばす。

ゆっくりと、手のひらにのせ目を凝らすと泣いているようだ。

「守護神さま、なぜ泣いているのですか?」

『ごめんね、ミューズ。あたしに力がないばかりに国を守れなくて。
祈りの力がなくなって、あたしが作る結界も弱くなって、こんなことになってしまった』
嫌わないで、見捨てないで。

わんわんと子どものように泣く守護神をなだめる。

「守護神さまは頑張っておられましたわ。私が塔を出てったばかりに、あなたの力を弱めてしまい申しわけありません。今後はあなたと共におります。なので今一度お力をお貸し下さい。私はこの国を守りたいのです」
鼻をすすり、守護神がぎゅっとミューズの指に抱きついた。

『あたしのことを信じてくれる?愛してくれる?』

「ええ、私はあなたの事が大好きです。お母様からもいっぱいお話を聞いていて、会えるのを楽しみにしていました」
にっこりと微笑み、優しく頭をなでる。


子どものようにかわいい守護神がいる塔。

人見知りで臆病な守護神はこの塔に王族以外立ち入らせなかった。

決められた人以外には隠れてしまうため、最後に決められたリリュシーヌ以外は見たことがなかったのだ。

「お母様の代わりになる事は出来ませんが、今度は私と友達になりましょう。お母様も喜ぶと思いますわ」

『でもミューズは怒ってるんじゃないの?あたし守護神なのにリリュシーヌを助けられなくて。あの頃は街全体の祈りの力もなくなり、誰も塔に来てくれなくなった。王宮からはラドンっていう嫌な気配の人がいるから近づけなかったの。あたしも結界を張る以外の力が残ってなかった』
結界を解いてリリュシーヌを治そうとしたが、リリュシーヌはそれを拒否していた。

『自分は助からない、だからミューズとリオンを守ってほしいって言われたの……あたし守護神なのに何も出来なかった』
再びうるうるとしだす守護神をふわりと包む。

「そのお気持ちだけで結構です、母は寿命だったのでしょう。もう守護神さまが泣かなくていいのですよ」
怒ってなんかいません、とにこやかだ。

母の死は悲しかったが神様でも助けられなかったのなら、それは寿命だ。

それに今は未来のことをしなければならない。

「祈りの力、私のだけでは足りないですか?」
ミューズと話しているうちに少しずつ守護神の体が大きくなっている。

しかし、まだ人間の赤ちゃんくらいだ。

『まだ足りない、もっとあたしを信じてくれる人がいるといいんだけど。あれ?』
キュアが首を傾げる。

『塔の中で祈りの力を感じる。この子はだれ?』
丸い光が守護神の手の中で生まれた。

そこにはマオが映っている。

「マオだわ」
どういう仕組みなのか、遠く離れた人が映るようだ。

マオは別れた場所から動かず、じっと祈りを捧げている。

『マオというのだね』
その声がマオにも届いたようで、ハッと顔を上げ、短剣に手を掛ける。

「この声は?」

「マオ、私よ。今のは守護神さまの声なの」
ミューズも光に話しかけると声が届いたようだ。

「ミューズ様ご無事なのですね、よかったです。もう結界を張れたのですか?」

「それが祈りの力が弱く、まだ守護神さまの力が足りないの。王宮に戻って、皆に声をかけてきてほしいの、お願い」

「そう言われると、ここを離れなくてはいけないのですね……」
しぶしぶと言った様子で、マオはとりあえず階段の方に向かって叫ぶ。

「守護神! この戦いが終わったらミューズ様を無事に返すです、そうじゃなきゃ許さないですよ!」
威勢よくそう言うと、滑るように階段を降りていく。

まるで風のようだ。

『おもしろい子だね、こういう子は初めて見た』
威勢の良い啖呵を切られ、ビックリして目を丸くしてしまった。

「悪い子ではないんですよ、とても優しくてかわいい子なんです」
よしよしと頭を撫でてあげた。

「今の光は色々なところが見られるのですか?」

『見れるけど、遠いと声が届かなくなっちゃう。力もまだ弱いし…』
手を握ったり、閉じたりしている。力が入らないということか。

「そうなのですね、より多くの人が祈ってくれればいいのですが」
何とか伝える方法があればいいのだが。

『何だか、力が少しずつ湧いてきた気がする』
そう言われると少し成長したような。

「王宮からですか?」

『街の方だね』
また光を出し、様子を見てみる。

噴水周りのところでちらほらと祈っている人が見える。

だが、その数はまばらで決して多くはない。

「せめて声が届けばいいのだけど…」

『遠すぎて難しいな。もう少し力が増えれば出来るかもしれない』
むーっと力を出してるようだが、ダメみたいだ。

その時皆が一斉に注目をしだした。

『この人、誰かな?』

「ティタン!」
声は聞こえないが、皆に一生懸命語りかける様子が映っている。

ティタンが話す内容はわからないが、それを受けて祈る人が一人、また一人と増えている。

『王宮からも感じる……力が増すよ』
体の成長もすごい。

今ではミューズくらいの身長だ。

皆が守護神を信じ、祈り、国を守ろうとしているのだ。

「すごい…」
赤子のように小さかった守護神が今や一人の女性だ。







『ありがとう、ミューズ。おかげでこんなに大きくなれたよ』
守護神がぎゅっとミューズに抱きついた。

緑の髪も床につくくらいに長く伸びている。

『見ててね』
守護神の手から金色の粉がキラキラと溢れる。

それらはスーッと上の方に行き、やがて見えなくなった。

丸い光が外界の様子を映し出す。金色の粉は王宮を中心に降り注ぎ、魔物が退却、あるいは消滅していく。

「守護神さま、凄い…」

『その、守護神さまってそろそろくすぐったいな。キュアって呼んで』
スリスリとミューズに頬ずりをする。

『ミューズのおかげでだいぶ調子が出てきたよ。少しずつ街を良くしていこう』
丸い光をミューズに渡して、キュアは両手を天にかざした。

真っ暗な中、金色の粉がキラキラと昇っていくのが幻想的だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

記憶喪失の婚約者は私を侍女だと思ってる

きまま
恋愛
王家に仕える名門ラングフォード家の令嬢セレナは王太子サフィルと婚約を結んだばかりだった。 穏やかで優しい彼との未来を疑いもしなかった。 ——あの日までは。 突如として王都を揺るがした 「王太子サフィル、重傷」の報せ。 駆けつけた医務室でセレナを待っていたのは、彼女を“知らない”婚約者の姿だった。

沈黙の指輪 ―公爵令嬢の恋慕―

柴田はつみ
恋愛
公爵家の令嬢シャルロッテは、政略結婚で財閥御曹司カリウスと結ばれた。 最初は形式だけの結婚だったが、優しく包み込むような夫の愛情に、彼女の心は次第に解けていく。 しかし、蜜月のあと訪れたのは小さな誤解の連鎖だった。 カリウスの秘書との噂、消えた指輪、隠された手紙――そして「君を幸せにできない」という冷たい言葉。 離婚届の上に、涙が落ちる。 それでもシャルロッテは信じたい。 あの日、薔薇の庭で誓った“永遠”を。 すれ違いと沈黙の夜を越えて、二人の愛はもう一度咲くのだろうか。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...