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断罪、その後(ウィズフォード家)

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「国が傾きかねない事態だったが、よく堪えたな」
 ウィズフォード侯爵はエリックを褒めた。

「本当に反旗を翻したらレナンが悲しむと思って。まぁあの女との婚姻を進められていたならば話は変わりましたが」
 王家の失態は貴族の信頼を失くすものであった。

 まず第一に王太子の稚拙な罠をエリックが暴き、ステラの名誉を挽回して、ブランシェ公爵の溜飲を下げさせた。

 その事によりエリックは王にも認められ、レナンとの婚約も恙なく行なえたはずだった、なのに……恩人とも言えるエリックとの約束を王が裏切り、まさか婚約撤回という流れとなってしまうとは。

 大事な約束を簡単に反古してしまうなど、もっての外だ。更にそれを一国の王がしたというのは、大問題だ。

 大半の貴族が愛想をつかした、離反してもおかしくはない事態。

 それを止めたのはウィズフォード家とメイベルク家だ。

 王太子の失態は少なからず側近であった子息達にも責任はある。そしてエリックの婚約の件だが、今まで王太子妃として努力をしてきたステラの為にという思いが、間違えて出てしまったのだろうと。

 王族からもブランシェ家からも二家は相応の慰謝料も貰う。それで怒りが収まったわけではないが、これ以上余計な事をするなと釘を刺してこの話は終わらせた。

「それにしてもまさかメイベルク家にまで乗り込んでくるとは、ステラ嬢はなかなか行動派なのだな」

「その行動力がもっと早くに発揮されていれば、話は変わったかもしれませんね」
 ラスタとの婚約破棄の際は世間の目を気にして、抑えていたのだろう。

 だが、心が弱っていた時に支えてくれたエリックの婚約の話を聞いて、抑えていた箍が外れたのだろう。

 少しだけ自分の行動を反省する。

「メイベルク家とも話をしたのだが、これ以上の邪魔が入る前に婚姻の話を進めようと思うのだが……」

「本当ですか?」
 食い気味に詰めよるエリックの目は鬼気迫るものだった。

「これ以上余計な虫が寄ってこないうちにぜひお願いします。そうでなければ、死人を出してしまうかもしれないので」
 今回の件でブランシェ公爵家は力を失い、ウィズフォード侯爵家とメイベルク侯爵家は国に対する強い発言権を持つことが出来た。

 それにより繋がりを持ちたいというものが増えている。

 また他国へと移ったステラだが、アドガルムにて王太子妃教育を受けていたこと、そして王太子の婚約者時代に培われた人脈もあって、その国の王族より求婚を受けているそうだ。

 そんなステラと友人であるレナンに取り入ろうと、今まで見向きもしていなかった者達がパーティや夜会の誘いが頻繁に来るようになっていた。

 人が良く押しに弱いレナンを心配して、人脈の精査をしているのだが、独身者からの誘いは全て断っている。

「相変わらず嫉妬深いな」
 苦笑まじりに言われるが腑に落ちない。

「あなたの息子だからですよ」
 自分以上に嫉妬深い父だ、そんな父に言われるとは何だか納得がいかない。

「そうだな。確かにその性格は遺伝だろう。疑り深くて、人を信用出来ない。だから信頼した人が離れてしまうのが怖くて心配で、束縛したくなるんだろう」
 そうまで言われると何も言えない、全部合っている。

 レナンがいなくなる事がエリックにとって一番怖い事だ。

「……彼女を誰にも渡したくありません。早めに婚姻の承諾をお願いします」
 それだけ頼むとエリックは父の部屋を後にした。

 自室に戻ろうとした時、侍女に声を掛けられる。

「エリック様、そのレナン様がいらっしゃっています。応接室にてお待ちでして」

「レナンが?」
 珍しいものだ。彼女からこちらに来てくれるとは。

「もちろんすぐに行く」
 踵を返し、応接室へと向かう。

 一体何の用できたのだろうか。




「エリック様、急な訪問で申し訳ございません」

「レナンであればいつ来ても歓迎だ」
 にこやかな表情で座るように促すと、レナンはエリックの対面に座る。

 だが、エリックは自然な動作でレナンの隣に座った。

 少々照れながらもレナンはそれを嫌がることなく受け入れる。

「実は相談がありまして」
 そっとレナンから手紙を渡された。差出人はステラからだ。

「ステラ嬢に関する事か」
 エリックは手紙を読み、少しだけ嫌そうな顔をする。

「新たな婚約を結ぶかもしれないというのは良いニュースだが、その婚約者となる人がレナンに会いたいとは……」

「ステラ様の友人として話を聞きたいとありまして、駄目でしょうか?」
 わざわざ国に招待をしたいというのは、余程関心を向けられているからだろう。
 しかし。

「ステラ嬢の新たな婚約者は隣国の第二王子か」
 度々エリックも顔は会わせた事がある。何を考えているかわからない、掴みどころのない男ではあった。

(ステラ嬢の知識を欲しての婚姻とは考えられるが、レナンを招く意味は分からない)
 ステラが呼ぶのではなく、男からの名指しでの招待だ

 無論面白くはない。

(これをただ断るのはレナンも気が引けるだろうし、何よりステラに会いたいという思いを押し殺させるのは可哀そうだ。ならば)
 とことん恩を売ってやろう。

「第二王子が良からぬことを考えているかもしれない。俺も一緒に行く」
 レナンの髪に口づけながら、言葉を続ける。

「男のいるところにレナンだけを行かせるわけには行くまい。折角なら二コラも呼んで皆で行こう」
 何を企んでいるのか、探る意味もある。

「あとステラ嬢に招待状を直接届けに行こうではないか」

「招待状?」

「あぁ俺達の婚姻のな」
 髪に触れていた手はいつの間にか頬に移り、唇にまで到達する。

「もう間もなく俺の妻になる。その時が楽しみだ」
 熱い視線に自然と顔が赤くなった。目線を逸らしたいが逸らせない。

「ずっと一緒に……何ならもう共に暮らそうか。今すぐでも構わない」

「そ、そのような事はいけません」
 逃がさないようにレナンの強張った体に手を回す。

「そうか残念だ」
 寂しそうにそう言えば、罪悪感に苛まされたレナンが困ったように目を泳がせている。

(真面目だな)
 エリックの一挙一動に反応してくれて、可愛らしい。

「その、今すぐは無理ですが、いつかは絶対に」
 そんな風に誠実に答えてくれるレナンに満足感を感じる。

 ようやっと幸福を手中に収めたエリックは幸せを噛み締めていた。

「レナンは俺にないものを持っているな。優しさも慈しみも、そして素直な心も」

「褒め過ぎですよエリック様、本当に話がお上手なのですから」
 隣で照れくさそうな笑顔を見せるレナンに自然と笑みがこぼれる。

 地位も立場も権力も、使えるものを全て使ってレナンの為に振るおうと誓うエリックは、今日も彼女の望みを叶えていく。

 ほんの少しの愚痴も望みもあくまで自然を装ってだ。

 執着か溺愛か。

 この想いは落ち着くどころか、日増しに膨れ上がっていた。

 周囲の理不尽なもので抑圧されていたのもあるだろう、手に入れたはずなのに更に渇望してしまう。

 もう離れたくないし、離さない。今度は誰にも奪われたくはない。

 奪われるくらいならいっそ、と考え込んでしまう程に固執してしまっている。

 国の大事、人の人生を左右するあの日の演説でも緊張などしなかったのに、レナンを失う事を考えると、体が震えてしまう。

 いっそずっと閉じ込めていたいものだ。

「ずっと側にいてくれ」
 不安からなる言葉の震えに気づいたかはわからないが、レナンがそっと寄り添って応えてくれる。

「わたくしでよければ、ぜひこれからもエリック様のお側においてください」
 重ねられた手から温もりが伝わってくる。

 心地よい温かさと柔らかさに、つい願ってしまう。

 この安寧がずっと続きますように。





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