石川メアの異世界召喚術式作製法

所為堂篝火

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XLⅤ.曇りのち晴れ。そしてまた曇り

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 結局その日、魔術的触媒の最後の一つである〝飛竜の翼〟が完成することはなかった。

 久世たち一行とはまた店で落ち合う約束をし、一同は帰路につく。

 いい加減約束を反故にされるかと思いきや、久世という少年は変に負けず嫌いだったらしく、「明日こそはやってやる」と言う意気込みを残し、中指を立ててからバイクで走り去って行った。

 絵の制作時になると何故か冷徹に豹変するユウリの態度が一見すると理不尽極まりない辛辣さしか見えないながらも、負けず嫌いな久世と良い相性だったらしく、図らずも無駄に彼のやる気を引き出させる結果となっていた。

 寮の風呂から上がったメアとユウリは涼みがてら共に食堂で麦茶を飲んでいた。

 Tシャツ姿で湯飲みを手にするユウリの姿は、最早異世界の魔術師とは縁遠い見た目だった。

 周りには少なからず他の寮生もいたが、先日の学校探索の一件以来、メアは他人の目がほとんどと言って良い程気にならなくなっていた。それくらいにはもう既に、常に自身の傍らにユウリという少女が一緒にいることが当たり前になっている。

「あと一歩です」

 メアが朧げにテレビを見ていると、ユウリは独り言つように口を開く。

「そう。でも、ぜんぜんダメそうだったじゃない」

「ええ、思った以上に難航はしています。でも……」

 そう言いながらカラリと、氷の涼し気な音を立てながら麦茶を一口煽る。

「確実に前進はしています。あと少しです」

 その言葉に、メアはテレビ画面から視線を外さないまま「そう」とだけ返す。

 だが、この時のメアの頭には、テレビの内容は微塵も入っていなかった。

 短い返事とは裏腹に、ユウリの言葉が強く頭に残り、執念深く消えずにいた。

(そっか、本当にあと少しで……)

 〝あと少し〟。これまでもそんなことは幾度となく思ったことだ。

 異世界に行く方法の真偽がどうあれ、〝あと少し〟でこの馬鹿げた茶番が終わる。

〝あと少し〟でそう簡単に異世界になんて渡れないと判明する。あるいは、〝あと少し〟でこの少女とは…………、

「あんたさあ、泣いたことある?」

 メアにしては珍しく脈絡のない質問を挟む。それは今日燐華からされたのと同じ問い掛けだった。話題に特に意味はない。メアはただ気が紛れれば良かっただけなのかもしれない。

「魔術師は泣きません」

「ま、そーよね、年中ぼーっとしてそうだし」

「魔術師は基本ぼーっとしてます」

「本当でしょうね。嘘だったら他の魔術師たちにちょー失礼よ」

「魔術師、嘘吐かないです」

「いやそんなインディアン嘘吐かないみたいなノリで言われても」

 メアは呆れ顔で全身の力を抜いた。

「でもまあ、あんなことになっても平然としてたあんたのことだから、あながち〝泣かない〟ってのは嘘じゃないかもね、ネジが何本か飛んでるわよ」

 メアの言う「あんなこと」とは以前久世のグループに絡まれた時のことである。

「わたしの中にも一応〝怖い〟という感情は存在します」

 ユウリは表情を変えずに、けれどもやや声のトーンを落としたのがメアにはわかった。

「あの時、わたしには確かに〝怖い〟という感情がありました」

「あんな無茶見せられたら信用できないけど」

「確かに大勢の男の方々を前に、ごくありふれた恐怖を感じていました。でも……」

 ユウリは言葉を区切ると、その大きな両の瞳でメアを見つめる。

「でも、何よりも大きかったはメアさん、あなたに危険が及ぶかもしれない、傷付くかもしれない、そちらの方です」

「…………。何よ……、ホントバカみたい…………」

 メアは咄嗟に視線を逸らす。

 どうしてこの少女はそんなことを堂々と言えるのだろうか。あの時の躊躇いのない脱ぎっぷりといい、頭のネジと一緒に羞恥心まで異世界に置いてきてしまったのではなかろうか。メアは誤魔化し混じりに心の中で毒吐いた。

「あんたって、向こうの世界で友達はいた?」

「少なくとも、今のメアさんや時緒さん、燐華さんのように普段から接してくれる同年代はいませんでした。わたしの周りには大人ばかりでしたから」

 ユウリは寂しい過去を平然と打ち明ける。

「ですから……メアさんたちに出会えて良かったです。今は毎日が少し楽しく思えます」      
    
 普段あまり感情を表に出さないが、この少女はメアたちといて〝楽しい〟と感じるらしい。マンドラゴラ探しで畑仕事をした日も、そんなようなことを呟いていたことをメアは思い返していた。

(じゃあ何で……)

 すぐにそんな言葉が浮かんだが、それが音として口から出ることはなかった。

(じゃあ何で、そんなに元の世界に帰ろうと躍起になっている……)

「わたしが元の世界へ帰ろうと決心したのは、メアさん、他でもないあなたと出会ったことがキッカケです」

 メアは頭で幾度となく「何で」を繰り返した。

 だがそれを尋ねるわけにはいかない。

(何で……)

 今度はその疑問の矛先が自分自身に向く。自分でも理解できないことを考えてしまっている自分に。

 メアはこのユウリという少女のことを引き止めたいわけではない。

 これまであんなにも疎んでいた存在だ、未だ異世界渡航の真偽は疑わしいが、これでこの奇怪な少女と晴れて別れることができるならば本望だ。

 声にならない矛盾の言葉。結局のところ、メアは認めたくないだけであった。

 声に出してしまえば、伝えてしまえば、何か、取り返しが付かなくなる。そしてそれを恐れている自分を。

 メアはその日、最後までユウリに「何で」とは問わなかった。ベッドに入り眠りに付くその瞬間まで、心の靄は纏わりついたままであった。




 翌日の放課後、今日も引き続き〝飛竜の翼〟の絵を製作するべく、メアとユウリは秘密基地を目指す。

 いつにも増してメアの口数は少なかった。

「メアさん、元気ないですか?」

 元よりユウリとの会話を嫌うメアであるが、それでも纏う空気からユウリは普段と違うものを感じ取っていた。メアが無表情のユウリに対して接するうちに僅かな感情の変化を感じ取れるようになったのと同様に、ユウリもまたメアという少女の機微というものを感じ取れるようになっていた。

 メアにとっては不本意ながら、登下校から食事、風呂まで、結果的に親元を離れた二人は家族以上に時間を共にすることが多い。むしろこうして面と向かって会っていない時の方が少ないのだから無理もない。

 案じるユウリの言葉にはこれといって返答はせず、索漠とした心情で歩を進めるメア。

 メアは想像する。もし仮にユウリの主張する異世界渡航の方法が真だったとして、ユウリ一人だけではなく複数人同時に渡れるならば、今いるこんな世界を捨てて共に向こうへ行ってしまうのはどうかと。

 メアは少なからずこの今いる世界に幻滅している。救いようがないと絶望さえ抱いている。

「いや、ありえないわ」

 メアは一瞬とはいえ馬鹿げた妄想に耽ってしまったことに自嘲し、気を取り直した。

 いかに下らない世界であろうとも、これからメア自身が変えていけば良いではないか。そう自身に言い聞かせて。それがメアの目標であり、使命なのだから。

 それにこの世界だって捨てたものばかりではない。

 まともな人間だってちゃんといる。

 例えばメアがひっそりと恋心を寄せる理科教師の西連寺。

 暗い感情を想い人のことを考えて塗り潰すと、ようやくメアに笑みが戻る。明日の昼休みは久々に理科準備室に赴こうか。そんなことを考えて。

 本当ならば毎日でも会いに行きたいのが本音のメアであったが、毎日はあからさま過ぎて、自身の好意が伝わってしまうかもしれない。メアは自分に自信がある。まさに知性と美貌を兼ね備えている。だからそれはそれで結果的に良いのかもしれないが、こういうことは男性からアプローチするべき事柄である。そう考えてのことであった。

 何はともあれ、身体の中にどんよりと渦巻いていた鬱然とした何かが徐々に薄まっていき、次第に足取りが軽くなっていくのをメアは自覚した。

 簡単なことだ。余計なことを考えるだけ無駄。精神の無駄。時間の無駄。何事も前向きに考えるべきだ。メアは人知れず自身に言い聞かせると俯きがちだった面を上げた。

「あ!」

 開けた景色の中に一人の人物。

 見覚えのあるシルエット。まだ距離はあるが、メアが見間違う筈ない。

 その人物は先程までメアの頭にあった理科教師、西連寺であった。

 やはり前向きな人間には相応の明るい未来が訪れる。

 運勢や流れといった目に見えない非科学的なことを決して信用しないメアであったが、この時ばかりはそんなことを考えてしまっていた。

 学校からはもうだいぶ離れた所の筈、こんな場所で遭遇することは珍しかった。だがメアの頭は既に全く別のことで一杯であった。

 さて、何と声を掛けよう。メアはアレコレと案を巡らせながらも逸る気持ちから右手を上げ、未だメアたちに気付かない西連寺に向かって声を発しようとする。

 だが、次に見えた別の何かの所為で出掛かった声は押し戻される。寸でのところで口を閉ざしたメアの視界には西連寺と、あともう一人、見知らぬ女性がメアと同じく右手を振りながら今まさに西連寺の元に駆け寄る。

 そして一言二言、互いに笑顔で何か会話を交わすと二人並んで歩き去って行った。
 途中横に逸れる時に垣間見えた二人の横顔。メアの知らない、まるで法悦に浸るような表情で女性に声を掛けている西連寺と、それを艶めかしく湿った視線で見上げながら受ける女性。

 それがどういうことか、中学生ながら大人の思考を持つメアには十分理解できた。

 メアが歩みを止めることはなかったが、その両足を能動的に動かしている意識はなく、まるで何か不可視の糸のようなもので吊られて無理矢理歩かされているかのような感覚であった。

 もう一度西連寺の見えなくなった景色に視界を向けると、先程まであんなにも澄み渡っていた空気が酷く陰って見えた。
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