魔王の霊魂を背負う少女

アベルンルンバ

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第六章 最強の少女、罪に問われる

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「し、シトラ様。ご気分が優れないのでしょうか」
「いえ、ごめんなさい。少し、ある頃を追懐していまして……」
 妙に力の入った体を震わせてシトラはツルカの手を取り、そっと自分の額に当てる。
「え、ええ?」
 シトラはツルカの手を額に添えたまま跪いた。
「あ、あの、魔王様────」
「ありがとう……」
「は、はい?」
「私の大切な人を守ってくださり……ありがとうございます」
 突然、シトラは耐え忍んでいた真情が発露したかのように咽び泣き始めてしまった。
「ま、魔王様……?」
「私は昔、大切な方を失ってしまいました。あの方はいつも威厳に満ちていて、強く、優しく、逞しいお方でした。私は、憧れていました。いつかあのような人になれるように」
「………」
「私は不肖者です。まだ何もかもが半人前の、出来損ない。ですが、私をずっと夜魔将官が支えてくれました。今もまだ……私は夜魔将官の皆様に助けられてばかりです……」
 憮然と語るシトラはツルカの手を放して、地面に崩れる。
「私はいつしか夜魔将官の手を借りずとも生きていける魔王を目指しています……。そして、今まで支えてくださった夜魔将官のみなさまに、恩返しができるような……」
「シトラ様……」
「なんとも喜ばしいお言葉でしょうか……」
 主様の心からの想いに、夜魔将官が揃えて深く首を垂れる。
「そんな夜魔将官を失ってしまっては恩返しができません。私はもう、何も失いたくない……そう誓ったのに、もしあなた方がいなかったら私は────」
 やるせなさそうなシトラに何を思ったのか、ツルカはシトラの前髪をはらうと、その無垢な額を勢いよく指でほじいた。それは、全員の顔面を真っ青に染め上げてしまうほど非礼な行為だ。しかし、ツルカはまるで恐怖していない。
「魔王たる者が弱音を吐くな。辛い時もある。泣き叫んでもいいさ。けど、弱音を人前では見せてはいけない。魔王は秩序を正す高貴なる存在なのだから───ってね」
 未だにシトラは額を手で覆って、ツルカを上目に硬直していた。
「きっと、失った大切な人は、今の魔王様を見たらこんな事を言うんじゃないですかね」
「ッ……私ったらいつも……」
 自分自身の何かを取り戻したようにシトラは急いで立ち上がると、ドレスをはたいて身だしなみを整える。
「また……私は弱みを他人に見せるような行為をしてしまいました。直せと言われていたのに。ふふっ、どうしてでしょう。あなたの言葉は、とても私にとって身近に感じます」
「……何か感じるならば、心を読んでみてはいいのではないですか? てっきり私はもう、何もかも分かっているのかと……」
「恩人の心を読むなどとんでもない。私の身体支配能力は悪戯に使わないと決めているのです。なんです、そのようなことをおっしゃるなんて、何か隠し事でも?」
「いーやなにも!」
 危うくツルカは、自ら馬脚を露わすところだった。
《今のところ、マスターの身体に魔力による力が干渉していません。シトラ様のおっしゃっている事は事実でしょう》
 ありていに言うと、かの有名な魔王と同じ形態をしているツルカに、魔族達は深く言及してこなかったのだ。元は魔族の覇者であったマリアネだ。妹君はおろか、夜魔将官すらツルカに食指が動かぬわけがない。ここまで恩人に対して非礼がないということは、元より魔族は礼節を重んじる存在なのか、もしくはシトラの政権が完全無欠な理念のもと成り立っているのか。どちらにせよ、これほど謙遜されるとツルカも困る一方だった。
「さて、こうしてはいられません。早く話を進めましょう」
 観衆に目を向けてシトラは手を組むと、一斉が体を強張らせる。
「皆の者。お聞きなさい」
 何故かシトラの一言一句は、心のゆとりがなくなるように息苦しくなる。
「先程は見苦しいところをお見せして申し訳ありません。話を戻しましょう」
 誰も彼もが神経を尖らせている中、シトラは空中に魔法陣を描き始めた。一つずつ丁寧に描き出し、完成した魔法陣から浮かび上がったのは黒竜アザンドラの姿だ。
「こちらはツルカさんが討伐された黒竜アザンドラ。知っての通り危険種ですが、その詳しい情報を知っておられる方はいますか?」
 誰も答える者がいない。そもそも言っている意味が分からないのだ。
 詳しい情報? ただ単に危険種のドラゴンでは?
「ならば、こちらのドラゴンは?」
 シトラは次に、前者と差異が然程ないドラゴンを魔法陣で映し出した。
 無論、これに関しても答えられる者は誰一人いない。
「そうでしょうね。ご存じない前提でお聞きしています。こちらは両者とも、約二百年前、我が姉君である魔王マリアネが殺めた大地神竜です」
「な、なんじゃと⁉」
 グランディール国王が慌ただしそうに声を荒げる。
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