25階。このふざけたゲームを終わらせて

緋島礼桜

文字の大きさ
21 / 40

残り18時間35分20秒

しおりを挟む

 トビトとイチゴの恋バナが美しく幕を閉じ、食事も終えたところでタカさんたちが戻ってきた。
 そのあと俺たちは、他の人たちにも食事を分けようと手分けして配り歩いたのだが――。
 喜んで受け取る人もいれば、断る人、そしてどう探しても見つからない人までいた。

「アマツキとかニコたちは受け取ってたけど……まさかセイランが断るとはね」

 皿に盛ったパスタを眺めながら、俺はぼやく。
 するとエリカちゃんが優しく言った。

「また吐いちゃったら悪いからって。そう言うなら仕方ないよ」

 だが、受け取らなかったのはセイランだけじゃない。イコシやムラタにも断られた。
 さらには、見つからなかった人たちは、未だ聞き取りも出来ていない。

「話せてないのは、あと四人……一人はずっと寝たままのスーツの人だけど、残り三人はどこに隠れてるんだか……」

 結局、タカさんの騒動もあってセイランから“25関連”の話も聞きそびれてしまっている。
 順調かと思っていたが、ここに来て壁にぶつかったような感覚に、俺はため息をつく。
 と、エリカちゃんが微笑みながら言った。

「ため息、出ちゃったね」
「ああ、ごめん。幸せ逃げちゃうよな」

 苦笑する俺に、彼女は静かに首を振る。

「それは迷信なんだよ。それに、ため息って深呼吸と同じだから、した方がストレス発散になるんだって」
「物知りだな、エリカちゃん……それに比べて俺は……」

 無意識にもう一度ため息が漏れる。

「何の知識もない、特技もない。話術もなくて、いざというときにどう言葉を掛ければいいかわからなくなる……」

 本当は子どもに吐くような愚痴じゃない。
 だが、ここまで来て心が擦り切れていた俺は、誰かに言わずにいられなかった。

「おまけに行動力もあるわけじゃないし……探偵役なんて務まってるのか、不安で仕方ない……」

 するとエリカちゃんが、ぴしっと指を俺に向けた。


「――犯人は、お前だ!」


 突然の一言に思わず硬直する。

「……って、ツムギくんも言ってみたいの?」
「え……あ、いや。そういうのが言いたいわけじゃなくて……」

 慌てて否定する俺を見て、彼女はクスクスと笑った。

「じゃあ、無理してカッコいい言葉なんていらないんだよ」

 エリカちゃんが俺の手を優しく握る。

「ツムギくんの優しさと誠実さはちゃんと皆にも伝わってる。だからツムギくんは、ツムギくんの言葉で思ったことを言えばいい」

 ――間違えたって、何も言えなくたって、それは全然カッコ悪くないんだよ。
 そう言い切るエリカちゃん。幼いはずなのに大人びたその眼差しに、俺は思わず息を呑む。

「……でもね、選択を間違えることだけは絶対ダメ。だから、何かあったら私を頼ってね?」

 小さな指先がきゅっと力を込める。
 俺よりもはるかに小さいのに、まるで俺以上に大人だ。その不思議な感覚に、つい安心さえしてしまう。

「わかったよ。ありがとう、エリカちゃん」

 俺は静かに手を握り返して言った。

「どういたしまして」

 そう言って無邪気に笑う顔は、年相応の女の子の顔だった。



 展望フロアの皆に食事を配り終える頃には、もう夜九時を回っていた。
 心身の疲労のせいもあってか、俺たちはこのまま休むことにした。

「聞き取りは大丈夫なんですか?」

 俺の質問にタカさんが答える。

「心配いらん。それに、残りの連中が答えてくれる状況じゃない以上、聞き取りも何もないからな」

 壁際に腰を下ろすタカさんの横顔は、心なしか疲れているように見えた。
 よほどこの非現実的な状況に堪えているのか。それとも先ほどの腹痛がまだ尾を引いているのか。

「俺、部屋明るいと寝られない性質タチなんだよなあ……」

 片やシガは、ため息まじりにぼやいていた。
 確かに、時が止まったかのような空は未だ明るく、ガラス越しに降り注ぐ日光は一月とは思えないほど温かい。

「エリカちゃんはエマたちと寝なくてよかったの?」

 女性陣は少し離れた場所で寝ると言っていた。
 カフェから衝立を持ち出して行ったあたり、しっかりしている。
 正直、エリカちゃんもおじさん連中に囲まれるよりは、そっちの方が安心できそうなのだが。

「うん、ここで大丈夫」

 そう言って、彼女は俺の傍から離れようとしない。
 俺たちの様子を見て、シガがニヤニヤしながら茶化す。

「あらら、ずいぶんと好かれちゃったな。こりゃあ彼女さんと天秤にかけなきゃだな」
「そんなことしませんよ」

 俺はしかめっ面を返した。
 ……何度だって言うが、慕われるのは嬉しいけど、幼女に手を出すなんて絶対しない。

「何かあったらすぐ起こして言うんだよ?」
「うん」

 素直に頷いたエリカちゃんは、並べた椅子にごろんと横になる。
 寝心地は良くないだろうが、床で寝るよりはマシだ。

「……ツムギくん」

 聞こえてくる、エリカちゃんの声。

「どうしたの?」

 俺が尋ねると彼女は囁くように言った。

「……おやすみなさい」
「うん、おやすみ」

 間もなく、彼女の寝息が聞こえてきた。
 やっぱり子どもだ。達観しているとはいえ、気を使って疲れていたんだろう。
 俺も心身ともに疲れ切っている。
 明るい空の下で眠れる気はしなかったが、目を閉じたらいつの間にか眠っていた。


 明日にはまた聞き取りを再開しなくちゃならない。
 タイムリミットまでまだ十七時間はあるが、何が起こるかわからない。油断は禁物だ。


 ――そんな俺の心配は、四時間後に現実となる。


 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇 ☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

ねえ、テレジア。君も愛人を囲って構わない。

夏目
恋愛
愛している王子が愛人を連れてきた。私も愛人をつくっていいと言われた。私は、あなたが好きなのに。 (小説家になろう様にも投稿しています)

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

処理中です...