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妖精猫は少女と出会った
その6
しおりを挟むこうしてアサガオの誕生日プレゼントのために、『人魚の涙』を手に入れることとなった妖精猫。
彼は小さな荷物をまとめると、その日のうちに旅立つこととした。
絶対すぐに戻ってくる。そう思っていた妖精猫は、アサガオにも旅立つことを告げずに出かける。
「絶対ぜーったい、『人魚の涙』を持ってくるから! 期待して待っててね!」
「坊主の方こそ…絶対に、戻ってこいよ!」
酒場の前でそう言って見送るハリボテは、軽い足取りで旅立っていく妖精猫の姿が見えなくなるまで。いつまでもいつまでも見守ってくれていた。
長らくお世話になって、住まわせてもらっていた酒場が遠くに見えなくなっていくと、妖精猫はいつものようにのんびりと。しかし少しだけ急ぎ足で。4つの山を越えた先の大海へと向かう。
てくてく、てくてくと、その子供のような小さな足で。
1つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
2つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
3つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
4つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで……。
そうしてようやくと見えてきたのは、真っ青色が地平線のどこまでも広がっている大きな海だった。
「やっと大海に着いたよ。さてと、人魚さんはどこにいるのかな…」
大海に到着した妖精猫は早速、『人魚の涙』を作ってくれるという人魚を探し始める。
こっちの海岸を歩いて、あっちの砂浜を歩いて。
するとしばらくと歩き回った海の先で、妖精猫は海辺で遊んでいた人魚を発見した。
「にゃあにゃあ、こんにちは。人魚さん」
「こんにちは、茶トラっ毛の妖精猫さん」
そうくすくすと人魚に笑われて、思わずムッと頬を膨らます妖精猫。
しかし、それで怒っている暇はなく。彼はすぐに頭を下げて人魚に頼み込みました。
「やって来て早々ごめんなさい。けれどもし許してくれるなら、ぼくに『人魚の涙』をくれないかな…?」
そう言って妖精猫は『人魚の涙』が欲しい理由を説明した。
人間の少女の誕生日プレゼントのために、その笑顔を見たいために『人魚の涙』が欲しいということを。
最初は冗談かと思った人魚だったが、ずっと頭を下げたまま動かないでいる妖精猫の真剣な様子を見て、人魚は困った顔をする。
「…貴方の真っ直ぐな気持ちは伝わりました。ですが、『人魚の涙』はそんな簡単に作って渡せられるものではありませんのよ」
彼女の言葉に今度は妖精猫が困った顔をしてしまう。
「にゃにゃ? それはどうしてだい?」
「『人魚の涙』というのは…長い時間をかけて、人魚たちが祈りを捧げた貝に宿るという結晶なのです。2、3日で簡単に出来る…という代物ではありませんのよ」
「つまり…『人魚の涙』が出来るまで時間がかかるってこと?」
人魚は深く頷く。
何日も、何か月もかかることになってしまう。そうなってはアサガオの誕生日には間に合わなくなる。
「誰かが『人魚の涙』を持っているとか、この辺に落っこちてるとかも…ないのかい?」
人魚は頭を左右に振った。
妖精猫はとても迷った。これまでにないほど。これからもないだろうほどに。
誕生日に間に合わないかもしれないが、ここで長い時間を待って『人魚の涙』をプレゼントするか。
誕生日に間に合うためにも、諦めて帰ってしまうか。
妖精猫は、夜がきて朝がくるまでとてもとても迷った末に、決めた。
「待つよ。『人魚の涙』が出来るまでいつまでも待つよ。だって、どうしてもアサガオちゃんにプレゼントしたいんだ。アサガオちゃんの喜ぶ顔が見たいから!」
妖精猫の頭の中に浮かんだのは、『人魚の涙』のペンダントをかけて満面の笑顔を見せてくれているアサガオの姿だった。
彼はその顔が見たいがためにここまで来たのだ。その喜びが、笑顔が欲しいからここにいるのだ。そう思ったらもう、迷う必要なんてなかった。
「茶トラっ毛の妖精猫さんがそういうのならば…少々お待ちくださいな。わたくしがとびっきりの祝福をお祈りして、ステキなステキな『人魚の涙』を作ってみせましょう」
そう言うと人魚はドボンと、海の中へと消えていってしまった。
そこから妖精猫は人魚が再び姿を見せるまで。ずっとずっと待つこととなった。
砂浜にごろりと寝転がったり、釣り竿を作ってたまに魚を釣ってみたり。
寂しいときはアサガオの笑顔を思い浮かべて、悲しいときはアサガオの歌を歌って。
そんな毎日を何十回、何百回、何千回と繰り返して。
妖精猫はただただ、アサガオの笑顔のためにと待ち続けた。
「―――お待たせしました」
そしてあるとき、突如として人魚は海から姿を現した。
彼女が大切そうに両手で包んで持っていた白銀に輝く宝石―――その真珠こそまさしく、妖精猫が待ち望んでいた『人魚の涙』だった。
しかも人魚はプレゼント用にと、ちゃんと鎖を付けてペンダントに細工までしてくれていた。
「にゃあにゃあ! 思ったより早くて良かったよ、ありがとう人魚さん! これでアサガオちゃんも喜ぶよ!」
大喜びで尻尾を揺らしながら『人魚の涙』を受け取る妖精猫。
彼は爪を立てないよう優しく優しく『人魚の涙』を両手で持って、それから鞄の中へとしまい込んだ。
そんな大はしゃぎでいる妖精猫を見つめていた人魚は、何故か悲しそうな顔をしていた。
「…貴方は妖精だから、気付いていないのですね…本当に、ごめんなさい」
何故人魚が謝罪するのかがわからず、妖精猫は首を傾げる。
「どうして謝るのかな? ぼくはこんなに嬉しくて感謝しているのに…」
「…きっとすぐにわかることでしょう…」
そう言うと人魚は静かに海の中へと帰っていってしまった。
「あ、さようなら人魚さん。ありがとう」
去って行ってしまった人魚へそう感謝と別れを告げて。
それから、妖精猫は急ぎ足で酒場へと帰った。
てくてくてくてくと、その子供のような小さな足で。
1つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
2つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
3つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで。
4つ目の山を登って、休んで。越えて、休んで……。
そうして、ようやく見えてきた久しぶりの町の姿。酒場の姿。
「にゃにゃ…人魚さんが言った『ごめんなさい』っていうのは…もしかしてもう誕生日が過ぎちゃったってことかな…」
と、酒場を前にして妖精猫はやっと自分が誕生日に間に合わなかったことに気づく。
彼はしょぼんと尻尾を下げて、どう説明しようかと頭を抱えるものの。
「けどこのプレゼントを見たら絶対喜んでくれるはず! 許してくれるはず!」
そう思い直して陽気ににんまりと笑って、酒場の扉を開いた。
しかし、妖精猫は知らなかったのだ。
ハリボテの忠告した本当の意味を。
人魚の言った『ごめんなさい』の意味を。
妖精である自分が、どれほどの時間を過ごしていたのかを。
「アサガオちゃん! 待たせちゃってごめんなさい! でもこれ、誕生日プレゼントを持ってきたんだよ!」
扉を開けると同時にそう叫ぶ妖精猫。
だが、そのステージに上がっていたのはあどけない少女の歌姫ではなく。
銀色の髪がとても美しい女性の歌姫だった。
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