僕と天使の終幕のはじまり、はじまり

緋島礼桜

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第四幕~青年は疑心を抱く1

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―――マーディル暦2033年、08、20。



 灰の町ドガルタ。その商業区の一角。
 今日もそのパン屋からはいい匂いが零れ出てきている。
 後何時間かすれば、掛け札が準備中から営業中へと変わるはずだ。
 が、しかし。
 今日はいつもと一つ違うことがあった。
 それは、若い店主が未だ頭を抱えながら作業中であるということだ。




「う…うぅ…」

 右手で口元を押さえるのはこれで何度目のことか。
 その度にミラースは慌てて薬草を煮出したお茶を持ってくる。

「も、もう飲めないから…」

 この苦い味も今日、この朝だけで何度口にしたことだろうか。
 そう思うエスタであったが、今にも泣き出しそうな顔であるミラ―スを見ては断ることも出来ず。
 お茶を受け取ったエスタは、それを一気に飲み干した。
 最早この胸具合の悪さは何から来ているのか、判ったものではない。
 と、突然勢い良く裏戸が開いた。

「ちはーっす! ごきげんうるわしゅー!」

 やって来た、見慣れた客人にため息さえ出ない。
 むしろ陽気に笑っているその顔が羨ましいと、エスタは思う。
 一方で、青ざめた顔を見せているエスタにルイスは眼を丸くした。

「おいおい、まさか二日酔いか? たったグラス一杯だったろ…?」
「だから僕はお酒弱いって、言ったのに…うっ…!」

 突然口元に手を当てるエスタ。
 おそらくこの様子では今日の営業どころか、パン作りさえも出来そうにない。
 ルイスは溜め息をもらした。

「わかったわーった。俺が責任持ってやってやる」

 意外な宣言に今度はエスタとミラースが目を丸くした。

「責任持ってやるって…」
「俺が作って俺が売る。店の影響は出ないし、お前も回復できるだろ? 一石二鳥ってことだ」
「で、でもパンなんて…ルイス大丈夫なの?」
 
 心配するミラ―スを後目に、ルイスは力強く自分の胸を叩いた。
 まさに自信の表れともとれる態度。

「心配すんなって! お前のパン作りの師匠は誰だ? ……俺のおふくろ、だろ?」

 エスタとミラースの二人は再び瞳を大きくさせた。
 片やルイスは自信満々の笑み。
 返ってそれが不安を募らせているとも知らず、彼はすっかりやる気でキッチンにて手を洗い始めた。
 と、彼はミラースを一瞥し、人差し指をエスタに向けた。

「ミラースちゃんはエスタを寝室に連れてってやってくれ」
「う、うん」

 『ルイスが作るパン』というのには些か不安ではあるミラースだったが、それ以上にエスタの身が心配であった。
 そのため、ルイスの言うとおりにミラースはエスタを二階へ連れて行くことにした。

「ちょっと! 僕がいないと作り方が…!」
「あのな…この何日間か、お前の作ってるとこ見てたし手伝ってたと思ってんだ? それに生地が出来てるなら、後は捏ねて発酵させて…とかだろ?」

 その「とか」という言い方が気になるところではあるが。
 それ以上考えると余計に具合が悪くなりそうだったため、エスタは言葉に甘えて休むことにした。
 製作者がルイスだと客もわかってくれれば、多少不出来でも納得してくれるだろう。
 そんな考えも少しばかり浮かんだ。
 階段を上がる途中、「後で粥でも持ってってやるよ!」というルイスの声が聞こえてくる。
 いつぞやは自分が言われていたくせにと、思いながらエスタはミラースと共に二階へと上がった。
 






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