僕と天使の終幕のはじまり、はじまり

緋島礼桜

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第四幕~青年は疑心を抱く8

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 暫くした後、アークレ特製アップルパイは完成した。
 焼きたてのアップルパイからは湯気が立ち、香ばしい匂いを放っている。
 甘いリンゴの香りもそれだけで胸を膨らませる。

「……さて、これで良かったかい?」
「はい、大満足です。ありがとうございます」
「ごめんね。久々に張り切っちゃって…荷物沢山にさせたわね」

 アップルパイの手早さは良かったのだが、問題はそれ以外、であった。
 アップルパイを焼いている最中、アークレは違う料理にも取り掛かったのだ。
 どうやら彼女の何かに火をつけてしまったらしい。
 ルイスの笑みが次第に苦笑になっていくことも気付かず、アークレは夢中で料理を作った。
 サラダから始まり、デザートやメインディッシュまで。
 すぐさま食卓に並んでも可笑しくない量の料理が出来上がっていったわけだ。

「いいえ、絶対エスタも大喜びですよ。何せ久々のマダムの手作り料理なんですから。全部一人でぺろり、ですよ」
「ははは、そうかい?」

 とはいえ、全ての料理をルイス一人で持って帰ることは不可能に近く。
 車で送ろうかとアークレの申し出もあったが、色々迷惑を掛けては申し訳ないとルイスは断った。
 結局、手ごろな量を取り分け、木製の大きな弁当箱に詰め込んでもらった。



 時計の時刻は既に夜を刻んでいた。
 元々ある暗雲は僅かながらに色濃くなって、大地を更に暗闇色に染めている。
 何段にも重なった木箱を手に、ルイスは定時にやって来たバスへと乗り込む。
 別れ際、アークレは笑顔で手を振って見送ってくれた。

「またいつでも来なよ。とっておきの料理を直ぐに作ってやるさね」
「はい、本当に今日はお世話になりました」

 その表情はまるで優しい母親のようで。
 ルイスは笑みを浮かべ、車窓から手を振り返す。
 バスは静かに発車し、工場を後にして行く。





 ドガルタに到着したルイスは、真っ先にエスタの店へ向かった。
 なるべく冷めないうちに、足早に。
 そうして辿り着いたエスタの店は、やはり既に閉店の掛札が見えた。
 裏口へと回ったルイスは、ドアも叩けなかったため声を張り上げた。

「エスタ、俺だ、ルイスだ! 開けてくれないか?」

 エスタの店は商店街の一角にある。
 周囲の店店もまた既に閉店となっており、しかも誰も住んではいなかった。
 多少の大声で迷惑になることはない。
 と、彼の声に気付いたらしく、勢いよく扉が開いた。
 開けたエスタはとても驚いた顔を浮かべていた。

「ルイス!?」

 エスタは急いでルイスを家の中へと入れる。
 色々と聞きたいことがあるのだろう、その表情はあんぐりと口を開いたままだった。

「ど、何処に行ってたのさ! それにその重そうな箱は…!?」
「まあまあ。一つずつ説明するから」

 そう言ってルイスはテーブルに弁当箱を置く。
 続けて、キッチンの椅子に腰を掛けた。
 エスタはとりあえず水をグラスに汲んで、それをルイスの前へと置いた。

「先ずはその箱を開けてみなよ」

 怪訝な顔を見せながらもエスタはルイスに促されるまま、何段にも重なった弁当箱の一番上の蓋を開ける。
 と、その中にあったものを見るなり、彼は破顔した。

「こ、このミートローフ…」
「気付いたみたいだな」

 満足げに笑みを浮かべるルイス。
 重箱の中はどれも色とりどり、様々な料理が詰め込まれていた。
 更にはアップルパイまで姿を見せる。

「アークレおばさんの料理だ…」
「ま、この間のお詫びだ」

 そんなことしなくても良いのに。
 そう言いながらエスタは、自分の醜態を思い出し、思わずはにかむ。

「もう夕食は食べたのか?」
「これから用意しようと思ってたところ」
「じゃあちょうど良かった。ほぼ出来立てだし、早速食べようぜ」

 調理工程こそ見学していたルイスであったが、試食というものは全くさせて貰えず。
 良い匂いを嗅ぐだけで何も食べていなかった。
 要は腹ペコだった。







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