上 下
47 / 104

第四幕~青年は疑心を抱く10

しおりを挟む









「―――ホントに、天使なのかな…?」

 おもむろにエスタはそんなことを呟く。
 彼は俯き、その表情に陰を落としている。
 ルイスは笑みを浮かべたままエスタの肩を軽く叩いた。

「あくまで噂だろ、うわさ」
「―――あのさ、ルイス」

 エスタは顰めた顔でルイスを見つめた。
 生暖かい風が、二人の頬や身体に当たる。

「羽根って…ホントに羽根なの?」
「それは間違いない」

 ルイスは即答した。
 直ぐに、エスタの表情が歪む。
 それはルイスも同じだった。



 エスタの言いたいことはルイスも判っていた。
 二人の脳裏に過ぎるのは、天使のような羽を持つ少女の姿。
 果たして彼女は今、本当にこの家の二階で寝ているのか。
 確かめたくとも勇気が出ず、エスタもルイスも確かめることさえ出来ていない。
 そして少女自身にも、この事件のことは伏せたままでいる。



 じわりと、ぬるい風が額に汗を滲ませる。
 今日はやけに暑い夜だ。
 気がつけば二人は互いに閉口し、静かで不気味な空気が漂っていた。

「―――そ、そういえばさ…ルイスのおばさんの、アップルパイも美味しかったよね? あの世界一の味は忘れもしないよ」

 気まずくなった空気を変えようと、突然エスタはそんなことを言った。
 するとルイスは口角を上げ、静かに「そうだな」とだけ答える。
 それに返すようにエスタもまた笑みを作ってみせる。
 が、しかし。
 ふと脳裏ミラースの言葉が、過ってしまう。



『―――も、もしも友達が…何かこっそり、探ろうとしていたら…どうする…?』



 もしも。
 もしも、ルイスがアークレに会いに行った目的が、『何か』を探るためだとしたら。
 ルイスが『何か』を知りたがっているのだとしたら。
 そして、その『何か』のせいでこの幸せな時間が壊れることになってしまったら。
 そう考えてしまったエスタは、ルイスの顔もまともに見られなくなった。

「じゃ、じゃあ…また明日ね……」
「ああ…」

 急に素っ気無く、エスタはそそくさと家の中へと戻った。
 扉を閉めたエスタは、様々な感情に押しつぶされながら、彼の足音が消えるまでずっと。
 そこに立ち尽くしていた。



 一方で、ルイスはエスタの心情には気付かず、そのまま踵を返し帰路に立った。
 重い漆黒の雲が広がる灰の町の夜。
 この町の夜は、この世界のどの場所よりも、暗い夜と言えた。
 
「―――天使…か……」
 
 街灯のみが通路を僅かに照らす、町の道。
 その帰路の途中、青年は誰に言うわけでもなくそう呟いた。







しおりを挟む

処理中です...