61 / 104
第五幕~青年は事実を知る11
しおりを挟む「エスタ、しっかりしてエスタ…!」
ミラースの呼びかけも届かず、エスタは力無くその場に座り込んでしまった。
立つ気力さえも、もがれたようだった。
そんな彼へ、ルイスは口を開こうとする。
が、それよりも早く、記者だったはずの男が口を開いた。
「それじゃあ約束通り、君にとっておきの情報を教えてあげよう……まず一つ。俺の正体から」
男はそう言いながらおもむろに胸ポケットから煙草を取り出した。
店内であるというのも気にせず、それを加えつつ、ライターの火を灯す。
彼の言葉はそうして、煙と共に吐き出された。
「俺はイグバーン・ベルフュング。軍では大将をやってる。でもって今の担当は天使対策特別部隊という秘密部隊の総指揮官ってところだ」
―――天使対策特別部隊。
秘密部隊と名乗るだけはあり、エスタも聞いたことがない部隊の名だった。
が、今のエスタはそもそも、男の言葉もまともに入っていない状況に陥っている。
すると兵士の一人がイグバーンと名乗った男へ物申す。
「ベルフュング将軍…早く連行した方が宜しいのでは…?」
しかし、彼は兵士の言葉に耳を貸す様子はなく。
むしろ『邪魔をするな』と言うような顔を見せていた。
「……出たよ、ベルフュング将軍の悪い癖」
彼の後方にいた一人の部下が、おもむろに隣の同期へとこっそり耳打ちする。
後方、とは言っても上官である彼の耳にはそうそう届きはしない距離。
同期の兵士も相づちを返すよう、ため息交じりに囁く。
「先の大戦で尋問官だった将軍の十八番だとか…相手の弱点をわざわざ調べ尽くし、無ければ無理やり作り出す。そしてそれを盾にじわじわと精神をいたぶるっていう最悪の言葉責めってな」
「ダーワンローゼ少尉が今回の任に宛がわれたのも、そのための駒でしかないって話だぜ?」
全てはこの瞬間のため。
相手の敵意と抵抗という翼を捥ぐため。
策略と言う名の戯れだった。
イグバーンはこの方法でこれまで何人もの敵やスパイを調査し、同時に陥れ、投獄してきた。
そして今回もそれらと同じ。
「天使対策特別部隊ってのは…ま、簡単に言うとだな。天使についての調査、研究をする部隊だ。昨日も話したろ? 軍は養製天使を作り、研究していた…ありゃ真実ってことだ」
だが、今となってはその天使たちを隠密に抹殺する部隊となっている。
ため息交じりにイグバーンの口から煙が漏れ出る。
「『天使は破壊と殺りくを好む暴力的な者たちだ』…なんて書いてあるお伽噺もあったが、実際は無邪気なふりしてずる賢い奴らがほとんどだ。そのせいで馬鹿な部下が以前騙されて大脱走喰らってな…俺らはその尻拭いがてら奴らを始末して回ってるってわけだ」
しかし、狡猾である故に未だ全て捕え切れず、今もひっそりと隠れ潜む養製天使がいるのだという。
そう話すイグバーンはおもむろにミラ―スを一瞥する。
視線の合った彼女は思わず羽根を出来る限り畳ませるが、それはもう既に手遅れだということにも気付いていた。
間もなく、ミラ―スの翼は力無く元の大きさへと戻っていく。
「―――でもって、次のとっておき情報はコイツのことだ」
話しが切り替わると同時に、イグバーンはルイスの肩を組んだ。
親しげに。
いとも容易く。
昨日、親友だった二人がやっていたのと同じように。
「君の親友ルイス君―――ルイス・ダーワンローゼは俺の部下で、俺と同じく天使対策特別部隊の一員…頼れる期待の星ってやつだな」
『この灰の町に天使が潜んでいる』
その確率が高いことから、調査のために部隊の一人が派遣された。
それがルイスであり、彼の本来の任務であったのだ。
「つまりは君たちを監視するのがコイツの役目だったって―――」
「隊長」
高揚と語るイグバーンの言葉を遮り、ルイスが突如口を開いた。
ルイスは親友たちに向けていた剣を下ろし、イグバーンを睨むように見つめている。
巻き上がる煙草の煙。
イグバーンは彼の肩から腕を放すと「失敬」と笑ってみせた。
「裏切ってた…やっぱり裏切ってたの!?」
と、声を張り上げたのはミラースだった。
彼女の憤りはイグバーンと、ルイスに向けられた。
震える声で、ミラ―スは叫ぶ。
「親友だって言ってたのに…一緒にお喋りして、笑ってたのに……ずっと裏切ってたんだ、ずっと騙してたんだ…ひどい、最低だよ!!」
込み上げるミラ―スの涙は止まることなく零れ落ちていく。
だがルイスは表情一つ変えず、眉一つ動かすことなく。
彼女と、蹲る親友を見つめ続けていた。
「ルイスは任務に準じていただけだ。お前らはお情けで着てたコイツの軍服を見るなり逃げ出すべきだったんだよ。まあ…逃げたとて、直ぐにとっ捕まえてたがな」
そう言うとイグバーンは傍らにいた別の部下へ合図を送る。
指示を受けた部下たちは改めてエスタとミラースの二人を拘束していく。
その両手を鉄錠で拘束し、まるで罪人を連行するかのように。
「…将軍。今回は街中…それも一名は町民にも知られている人物ですが、どう説明するつもりですか?」
部下の一人が僅かに顔を顰めながら尋ねる。
補佐官の地位に立つ彼としては、早朝とは言え人目に付くような捕縛の仕方は賛成ではなかった。
世間一般に天使の存在を目撃されては色々と問題になるからだ。
するとイグバーンは顎下の無精ひげを擦った後、肩を竦める。
「だったら、最近ここいらで賑わせていた連続無差別襲撃事件…その犯人がコイツらだったってことで良いだろ。まあどうせそうなんだろうしな……」
そう話すイグバーンは突如、ルイスの前で足を止めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる