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第八幕~青年は絶望を味わった8

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 全てを呑み込み、一瞬で消滅させる黒い光。
 全てを浄化するかの如き、神の一撃。
 呑み込まれたはずのルイスも、それは例外ではない。
 ―――はずだった。







 ルイスはゆっくりと、瞼を開けた。
 辺り一面は先ほどまで、それまであったはずの建物が、街並みが。
 ドガルタの町が、何もかも消失していた。
 草も、花も、木々も無い光景。
 いつまでも存在し続けていたあの空の曇天さえも。
 そこには無くなっていた。

「ここは…天の国か…?」

 そう、思わずにはいられなかった。
 何せルイスは痛みも感じずに呼吸が出来ていたのだ。
 先まで嫌と言うほど付きまとっていた全身の苦痛、足の激痛が無くなっていたのだから。
 だが、これが夢や死後の世界ではないと、ルイスは直ぐに実感する。
 此処がもしもそう言った世界であったならば、今抱きしめているミラ―スも、直ぐに動き出し、語り出してくれるはずなのだから。






「―――親友を…僕の手で消すなんて……そんなこと、あってたまるか…!」

 その叫びに、ルイスは正面を見上げた。
 彼の視線の先には、黒い光を帯びたエスタの姿。
 だが聞こえてきたその言葉は、涙を流す金色の双眸は、紛れもないルイスの良く知るエスタだった。




「やはり……まだ彼の人格は消えてなどいなかったのだな…」

 ルイスの傍らにいたトラストがおもむろに呟く。
 先刻、『終焉の光』に包まれていたはずのミラ―スが、何故か消えずにいた。
 エスタの傍らにいたとしても、不快に思うほどの存在であれば真っ先に消滅させたいだろう存在。
 しかし、彼は何故か直ぐにそうせず、ルイス共々蹴り飛ばすことしかしなかった。
 否、無意識に出来なかったのだ。

「つまり、『エスタ』はまだ…完全に消えてない…」
「その証拠に…彼が我らを守ってくれたようだのう……」

 町一つ、跡形もなく消滅させた光に呑み込まれたはずのルイスたち。
 だが、彼らを囲んだ僅かな周辺だけ―――その足場で咲いていた草花たちも、不思議なことにあの禍々しい光から免れていた。

「エスタ…エスタ…!」

 ミラ―スをトラストに託し、エスタへと駆け寄ろうとするルイス。
 その足取りの軽さも、全ての傷が癒えているのも、全て『エスタ』の力のお陰だろうとルイスは思う。
 と、近付こうとした彼を、エスタは止めた。

「来ちゃだめだ…!」

 その言葉にルイスは足を止める。

「僕の思念…人格は、きっと『あいつ』には勝てない、から…」
「何で…今、お前がこうして喋れているってことは…あの人格に勝ったからじゃ、ないのか…?」

 顔を顰め、叫ぶルイス。
 エスタは静かに頭を振り、苦笑した。
 その哀しい笑顔に、ルイスはより一層と顔を歪める。


「僕は弱いから駄目だよ……でも、親友たちだけはどうしても助けたくて……最後の抵抗してるところなんだ」
「負けるなよ! お前の強情さと頑固さは何処に行ったんだよ!」
「ごめん…」
「謝るなよ…」

 そう言って、ルイスは静かに俯く。
 熱くなる目頭を堪え、深く息を吐き出し、彼は顔を上げた。





「―――それなら、俺が…助ける」

 ルイスはそう言うと顔を上げ、エスタを見つめた。
 真っ直ぐに見つめたその先では、目を見開くエスタがいる。

「今度は俺が助けるから、お前を、親友を! 絶対に取り戻させてやる…約束する!」

 彼の言葉に、エスタの瞳から涙が零れ落ちる。
 親友の言葉に喜びを感じ、同時に悲しみを抱いた。


「     ……」


 微かに動くエスタの口元。
 その声はとても小さく、ルイスの耳には届かない。
 しかし彼の唇が何を訴えているか、ルイスは直ぐに悟る。
 おもむろに彼はエスタへと手を伸ばした。
 彼も答えるように、その指先を伸ばす。

「―――逃げて」

 だが、その直後。
 エスタの双眸が金色から紅色へと変貌していく。







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