1 / 3
復讐
しおりを挟む
その人は、美しかった。
ただ同時に、その美しさはある種の恐怖を感じさせた。
自分が向けている殺意も、それが具現化されたナイフも、その人の前ではなんの意味もなさなかった。
「…やっと、来たんだね。」
その人は薄く微笑んで言ってきた。
その意味はわからなかったが、そんなことはどうだっていい。
俺はやっと、やっとお前を殺せるんだ。
お前に奪われた家族の命、お前に奪われた優しい記憶。
お前のせいで俺は地獄をみてきた。
なぜ俺だけを生かしたんだと恨んだ。
いつもいつも、顔すら知らないお前を思い描いては、どう殺してやろうかと考えていた。
それだけが俺の生きがいだった。
今日やっと願いが叶うんだ。
ナイフの刃を上に向け、タオルを巻いた柄をきつく握りしめ、体を少し前傾にして走って突っ込むだけ。
…な、はずなのに。
なぜ俺は殺せないんだ。
いま持っているナイフを、あと数cm突き出すだけでいい。
それだけで俺の家族の4つの命は報われるはずなのに。
「どうした…殺さないの?もう刃先と僕の服は接してるじゃないか。そのまま力を入れて突き刺せばいい。」
そう言って、俺がナイフを握る手に自らの手を重ねてくる。
「な、んで…なんでそんなに冷静なんだよ…俺が刺したら!お前死ぬんだぞ!?」
「そうだねぇ…僕はね、蒼介くん。色んなことをしてきた。産まれて、話して、見て、聞いて、遊んで…殺しだってした。経験の数だけなら普通の人より多いよ。でもね、僕はまだ体験したことがないことがある。」
そいつは大きく手を広げて高らかに言う。
「なんで…俺の名前…。お前の体験なんていまどうでもいいだろ」
「どうでもよくないさ。僕が体験したことのないこと…それは、死ぬことだ。それを今から君が体験させてくれるんだろう?」
「怖くねぇのか?ああそうか、お前は怖くないから平然と人を殺せるんだな。そんな奴に生きてる価値なんてねぇよな。」
そうだ、だからはやく、はやく殺さなければ。
なのにペースは完全に持っていかれて、話に引き込まれていく。
次の言葉を待とうとしてしまう。
「怖い?どうして?死ぬってどんな感覚だろう、どんな気持ちだろう。走馬灯ってほんとにあるのかな。ほら、楽しみなことばかりじゃないか。…まぁ、せっかく君に会えたことだし、少し命乞いでもしてみようか。死ぬ前に命乞い、してみたかったんだよね。」
「ふざけるな!俺の両親と2人の妹は!お前の勝手で死んだんだ!理由もわからないまま…身体を何度も刺されて!自分の血が吹き上がるのを見て!次は自分だと怯えて!なにもできずに死んだんだ!」
何度も何度も夢にでてきたあの光景。
父さんが、母さんが、妹たちが、順を追って息を止めた。
最後は俺だと、もうどうにでもなれと思っていたのに、俺だけは殺さず走っていった。
残されたのは俺と血の海と魂を失った4つのオブジェ。
まだ少しあたたかかったのを憶えてる。
でも冷たくなっていくのが怖くて、それ以上触れることはなかった。
それから伯父の家に引き取られた俺は…
許せない。
こいつのせいで俺は、俺を失った。
こいつさえいなければ、俺は…
「落ち着きなよ。もう蒼介くんの家族はかえってこないんだからさ。…で、ほんとに僕を殺していいの?」
「その為にここまで来たんだ。命乞いなんて聞かねぇ。」
「まぁまぁ。うーん、そうだなぁ。…僕が君の家族を殺した理由…君だけを生かした理由を教えると言っても?」
唇に手を当てて困ったような顔で聞いてくる。
まるでピエロだ。
「…理由なんてあんのかよ」
「僕だって人の子だよ、理由なしに殺すわけないじゃないか。」
「じゃあなんで…なんで殺したんだよ!」
「言ったら僕を殺さない?」
「…さぁな」
「ギブアンドテイクだよ蒼介くん。別に僕はもう命乞いも体験できたから死んでもいいんだけど。君はいいの?」
どこまでもふざけているような声で、それでも目は据わってる。
どんな環境で育てばこうなるのかと思うほどに人間離れしている精神を目の当たりにして、復讐の気持ちはそのまま、出会った時に抱いていた殺意は消えていた。
「…わかった。」
喉から絞り出した言葉は相手に届いたのかどうか、それさえもわからないが、その人はぱっと笑った。
美しい。
俺の廃れきった心でもそう素直に思えるほどに、全てが計算されたような笑顔であった。
「よし、こんな倉庫じゃアレだし、僕の家に行こう。そこならゆっくり話せるし、蒼介くんが僕を殺したくなったら誰にもバレずに僕を殺せる。」
「無理」
「はやいね」
「…門限厳しいから。ほんとはあんたと話す予定なんてなかった。明日、午後4時にここで。」
冷たい家を思い浮かべて、それでも帰らなくてはとその人に背を向けて大股で歩き出した。
しかし、その人の言葉で立ち止まる。
「知ってるよ。僕、蒼介くんのことぜんぶぜーんぶ知ってる。今の家なんて出て、僕の家に住めばいい。蒼介くん大学行ってないんだし、ほんとの親もいないんだから問題ないよね?」
俺のほんとの親を殺したお前には言われたくない。
あとストーカーまがいのことをさらっと告白するのはやめて欲しい。
ストーカー以前にこいつはもう殺人鬼なんだけどな。
「今の蒼介くんの義理の両親、厳しいってか虐待でしょ。隠してるつもりかもしれないけどさ、ちらちらえげつない痣見えてるからね?そんなの見なくても僕はわかってたけど。」
だから、えげつない殺し方したお前には言われたくはない。
「あっもうこの際だから言うけど蒼介くんの住んでるとこにカメラ設置してあるからプライバシーもなにも筒抜けだよかわいそうにね」
「なっ…!」
ふざけんな、その言葉は、その人の手によって塞がれた。
ハンカチから吸い込んだ薬の匂いで、しまったと思った時にはもう遅い。
薄れる意識の中で必死にもがいた。
「…許してね、蒼介くん。」
微かにそう、聞こえた気がした…
ただ同時に、その美しさはある種の恐怖を感じさせた。
自分が向けている殺意も、それが具現化されたナイフも、その人の前ではなんの意味もなさなかった。
「…やっと、来たんだね。」
その人は薄く微笑んで言ってきた。
その意味はわからなかったが、そんなことはどうだっていい。
俺はやっと、やっとお前を殺せるんだ。
お前に奪われた家族の命、お前に奪われた優しい記憶。
お前のせいで俺は地獄をみてきた。
なぜ俺だけを生かしたんだと恨んだ。
いつもいつも、顔すら知らないお前を思い描いては、どう殺してやろうかと考えていた。
それだけが俺の生きがいだった。
今日やっと願いが叶うんだ。
ナイフの刃を上に向け、タオルを巻いた柄をきつく握りしめ、体を少し前傾にして走って突っ込むだけ。
…な、はずなのに。
なぜ俺は殺せないんだ。
いま持っているナイフを、あと数cm突き出すだけでいい。
それだけで俺の家族の4つの命は報われるはずなのに。
「どうした…殺さないの?もう刃先と僕の服は接してるじゃないか。そのまま力を入れて突き刺せばいい。」
そう言って、俺がナイフを握る手に自らの手を重ねてくる。
「な、んで…なんでそんなに冷静なんだよ…俺が刺したら!お前死ぬんだぞ!?」
「そうだねぇ…僕はね、蒼介くん。色んなことをしてきた。産まれて、話して、見て、聞いて、遊んで…殺しだってした。経験の数だけなら普通の人より多いよ。でもね、僕はまだ体験したことがないことがある。」
そいつは大きく手を広げて高らかに言う。
「なんで…俺の名前…。お前の体験なんていまどうでもいいだろ」
「どうでもよくないさ。僕が体験したことのないこと…それは、死ぬことだ。それを今から君が体験させてくれるんだろう?」
「怖くねぇのか?ああそうか、お前は怖くないから平然と人を殺せるんだな。そんな奴に生きてる価値なんてねぇよな。」
そうだ、だからはやく、はやく殺さなければ。
なのにペースは完全に持っていかれて、話に引き込まれていく。
次の言葉を待とうとしてしまう。
「怖い?どうして?死ぬってどんな感覚だろう、どんな気持ちだろう。走馬灯ってほんとにあるのかな。ほら、楽しみなことばかりじゃないか。…まぁ、せっかく君に会えたことだし、少し命乞いでもしてみようか。死ぬ前に命乞い、してみたかったんだよね。」
「ふざけるな!俺の両親と2人の妹は!お前の勝手で死んだんだ!理由もわからないまま…身体を何度も刺されて!自分の血が吹き上がるのを見て!次は自分だと怯えて!なにもできずに死んだんだ!」
何度も何度も夢にでてきたあの光景。
父さんが、母さんが、妹たちが、順を追って息を止めた。
最後は俺だと、もうどうにでもなれと思っていたのに、俺だけは殺さず走っていった。
残されたのは俺と血の海と魂を失った4つのオブジェ。
まだ少しあたたかかったのを憶えてる。
でも冷たくなっていくのが怖くて、それ以上触れることはなかった。
それから伯父の家に引き取られた俺は…
許せない。
こいつのせいで俺は、俺を失った。
こいつさえいなければ、俺は…
「落ち着きなよ。もう蒼介くんの家族はかえってこないんだからさ。…で、ほんとに僕を殺していいの?」
「その為にここまで来たんだ。命乞いなんて聞かねぇ。」
「まぁまぁ。うーん、そうだなぁ。…僕が君の家族を殺した理由…君だけを生かした理由を教えると言っても?」
唇に手を当てて困ったような顔で聞いてくる。
まるでピエロだ。
「…理由なんてあんのかよ」
「僕だって人の子だよ、理由なしに殺すわけないじゃないか。」
「じゃあなんで…なんで殺したんだよ!」
「言ったら僕を殺さない?」
「…さぁな」
「ギブアンドテイクだよ蒼介くん。別に僕はもう命乞いも体験できたから死んでもいいんだけど。君はいいの?」
どこまでもふざけているような声で、それでも目は据わってる。
どんな環境で育てばこうなるのかと思うほどに人間離れしている精神を目の当たりにして、復讐の気持ちはそのまま、出会った時に抱いていた殺意は消えていた。
「…わかった。」
喉から絞り出した言葉は相手に届いたのかどうか、それさえもわからないが、その人はぱっと笑った。
美しい。
俺の廃れきった心でもそう素直に思えるほどに、全てが計算されたような笑顔であった。
「よし、こんな倉庫じゃアレだし、僕の家に行こう。そこならゆっくり話せるし、蒼介くんが僕を殺したくなったら誰にもバレずに僕を殺せる。」
「無理」
「はやいね」
「…門限厳しいから。ほんとはあんたと話す予定なんてなかった。明日、午後4時にここで。」
冷たい家を思い浮かべて、それでも帰らなくてはとその人に背を向けて大股で歩き出した。
しかし、その人の言葉で立ち止まる。
「知ってるよ。僕、蒼介くんのことぜんぶぜーんぶ知ってる。今の家なんて出て、僕の家に住めばいい。蒼介くん大学行ってないんだし、ほんとの親もいないんだから問題ないよね?」
俺のほんとの親を殺したお前には言われたくない。
あとストーカーまがいのことをさらっと告白するのはやめて欲しい。
ストーカー以前にこいつはもう殺人鬼なんだけどな。
「今の蒼介くんの義理の両親、厳しいってか虐待でしょ。隠してるつもりかもしれないけどさ、ちらちらえげつない痣見えてるからね?そんなの見なくても僕はわかってたけど。」
だから、えげつない殺し方したお前には言われたくはない。
「あっもうこの際だから言うけど蒼介くんの住んでるとこにカメラ設置してあるからプライバシーもなにも筒抜けだよかわいそうにね」
「なっ…!」
ふざけんな、その言葉は、その人の手によって塞がれた。
ハンカチから吸い込んだ薬の匂いで、しまったと思った時にはもう遅い。
薄れる意識の中で必死にもがいた。
「…許してね、蒼介くん。」
微かにそう、聞こえた気がした…
0
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】狡い人
ジュレヌク
恋愛
双子のライラは、言う。
レイラは、狡い。
レイラの功績を盗み、賞を受賞し、母の愛も全て自分のものにしたくせに、事あるごとに、レイラを責める。
双子のライラに狡いと責められ、レイラは、黙る。
口に出して言いたいことは山ほどあるのに、おし黙る。
そこには、人それぞれの『狡さ』があった。
そんな二人の関係が、ある一つの出来事で大きく変わっていく。
恋を知り、大きく羽ばたくレイラと、地に落ちていくライラ。
2人の違いは、一体なんだったのか?
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる