5 / 683
第一幕 転生歌姫のはじまり
第一幕 1 『目覚め』
しおりを挟む
優しい風が頬を撫でる。
かすかな花の匂いが、鳥のさえずりが、春の柔らかな日差しが、目をつぶっていても感じられる。
穏やかな自然の空気の感触を久しぶりに確かめながら、徐々に意識が浮上し【俺】は目覚めた。
「……うぅ、ん~」
少し伸びをしながら、まだ幾分ぼぅっとする頭を軽く振り意識をはっきりさせる。
辺りを見回すと、そこは踝程の丈の草花が一面を覆う平原だった。
「え……と?」
だんだんと、思い出す。
【俺】の魂の記憶と、この体にある【私】の記憶が呼び起こされ、しばしの間混乱が生じる。
そして……
「えっ!?ウソだろ……?」
【俺】はーーーー。
何らかの原因で死んでしまい、女神エメリールの願いに応じて転生を果たした。
転生先の世界は俺がどっぷりハマっていたVRMMOに酷似した世界で、転生先の体は俺が使っていたアバターにそっくりの人物で、それは男だった……はずだ。
しかし、この体の持つ記憶は……
「……カティア?ああっ!?そっちか!?」
【私】はカティア。
記憶によれば……私はある旅芸人一座の歌姫であり、一座の仲間とともに冒険者としても活動する15歳の少女。
そして、確かにーーーーのアバターでもあった。
メインで使用していたのは、ゲーム開始から使っていた男性アバターだ。
【俺】が転生先として思い浮かべていたのはこちらの方。
そして、カティアは元々NPCとして登場したキャラだが、とあるイベントのクリア特典でアバターとして入手した。
入手時点でメインのアバターが覚えていたスキルやクラスの一部を引き継いでいる上、このアバターでしか入手できないクラスやスキルを覚えられるので、カティアの方も合間に少しづつ育てていたのだ。
「はぁ~、マジか……女神さま教えて下さいよ……」
いや、俺も聞かなかったのが悪いんだけどさ……
ちょっと話しただけだけど、意地悪するような人……じゃなくて神様じゃないと思うし、多分うっかりなんだと思うけど……
「女神さま、初っ端から変化に戸惑う事態になってます……」
意識の主体はあくまでも【俺】だし、やはり違和感が。
う~ん……そのうち慣れるのだろうか?
まあ、どうにもならないことで悩んでもしょうがない。
そのうち慣れると信じるしかないだろう。
それにしても、記憶によれば今のカティアの立場はNPCの設定とは大分違ってるような?
全く同じわけでは無いと言っていたし、考えて分かるものでもないかな……
「そうだ、倒れる前の記憶は……?」
そもそも、【俺】が転生するきっかけとなった、【私】の魂が損傷してしまった原因は?
記憶を探ってみるが……
ダメだ。
その部分だけ何も覚えていない。
朝一番でギルドで依頼を受け、その足ですぐにこの平原に向かい……
そこからの記憶が途切れている。
依頼自体はなんの変哲もない採取依頼だ。
倒れていた周囲には特に変わった様子はない。
この辺りは特に危険な魔物がいるわけでもないし……何らかの痕跡もない。
やはり記憶が残っていないと原因はさっぱりわからない。
はぁ……少しは何か分かるかとも思ったが、そう上手くはいかないか。
太陽の高さを見ると、倒れていたのはそう長い時間ではなさそうだ。
長くともせいぜい一時間は経っていないくらいだろう。
「……取り敢えず、依頼を片付けておきますか」
今の街には数カ月滞在しており、何度か依頼を受けてるので、それなりに土地勘が出来ている。
この草原で依頼のものは採取できるはずだ。
さっさと終わらせてしまおう。
早く街に戻って、落ち着いて色々考えたいし。
「あ、そうだ。確かあっちの方に……」
ふと、思いつき記憶を頼りに向った先には小川があった。
澄んだ水は流れも穏やかで、日の光を反射し鏡のようになっていた。
自分の姿は【私】の記憶にあるが、実際にこの目で見てみようと思ったのだ。
小川を覗き込んでみると……
「……」
思わず絶句する。
【私】自身は自分の容姿に対して特別思うところはなかったが、【俺】の意識で改めて客観的に見てみると……
大きな瞳は菫色、すこし垂れ目で優しげな雰囲気。
すっと通った小さな鼻梁は高すぎず低すぎず。
唇は紅をささずとも艷やかな薄い桜色。
冒険者として外の活動が多いはずなのに日に焼けてはおらず、色白だが血色がよいため健康的に見える。
髪は腰までの長さを首の後ろでまとめており、その色は日の光のあたり方で金にも銀にも見える不思議な色合い。
一本一本が絹糸のように細く滑らかであり、無造作にまとめてる割に癖ひとつなく、まっすぐサラサラの極上の手触りだ。
それぞれのパーツが整ってる上に、それが理想的に配置され、幾分幼さを残すものの女性としての美をこれ以上ないくらいに体現している。
「……いや、NPCのわりに随分気合いの入ったデザインだと思ったけど、現実になると半端ないな……そう言えば、ちょっと女神さまに似ているような?もう少し大人になったら、もっと似てきそうだな。気にかけているってことだし、何か関係があるのかな?」
神殿に行ったときに聞いてみるか。
改めて、今度は全身を見てみる。
身長は150~160cmくらいだろうか。
記憶では同年代の女子と比べても大きな差は無かったはずだ。
全体的に細いが、冒険者として鍛えられているためか適度に筋肉が付き、それでいて女性的なしなやかさ、柔らかさは損なわれていない。
胸は……きっと、これから成長するのだろう……
服装は膝丈半袖の若草色のワンピース。
素材はよく分からないが、手触りは綿っぽい。
下には、膝丈で脚にフィットする伸縮性のある素材の黒スパッツ……のようなものを履いている。
靴は革製の焦茶のロングブーツ。
運動性を損なわないように可動部は柔らかく、脛や足の甲の部分は硬めの革で補強されている。
こちらも革製の白い胸当て。
防御力は微妙なところだが、軽く、動きを妨げないし、デザインも凝っているので気に入っている。
防寒と雨具を兼ねた膝まである紺色の外套。
右肩から斜めにかけた鞄。
実は魔道具で、見た目よりも大きな容量を持ち大体40リットルのリュックくらいの荷物が入る。
高価ではあるが、中堅以上の冒険者ならば大抵は所持している。
今回は日帰りの探索なのでそれ程荷物は入れておらず、水筒と携帯食、包帯や傷薬などの救命キット、その他細々とした道具類くらいだ。
そして、腰に下げられたショートソード。
使い込まれているが、よく手入れされている。
【私】が冒険者になる際に、養父から贈られたものだ。
特別高価な名剣という訳ではないが、腕の確かな鍛冶師によるものらしく品質はしっかりしている。
全体的には女の子っぽい可愛らしさがあるが、冒険者の活動をするのに十分機能的であり、なかなかよく似合っている。
センスの良いコーディネートではないだろうか。
……自画自賛になってしまうが。
しかし、物凄い美少女なんだけど、それが自分だと言うのが何とも言えず複雑なところだ。
さて、ちょっと寄り道してしまったが……依頼を済ませますか。
「確か、この辺に……あ!あった」
依頼にあった透魔草を見つけて必要な数だけ採取する。
これは魔素が浸透しやすい植物で、様々な魔法薬の素材となるものであるためそこそこ需要がある。
しかし、詳しい生育条件が分かっていないため栽培ができず、頻繁に依頼が出ている。
生育地は知られているので、採取はそれ程難しいものではない。
特に時間もかからずに採取完了。
「じゃあ、帰りますか」
ここから街までは休憩を入れて四~五時間くらいの道のりだ。
この場所は街から東に伸びる街道を進み、途中から街道より離れて北にしばらく進んだ位置にある。
今は多分、正午過ぎくらいだろう。
日が落ちる前に十分帰れるはず。
道すがらもう少し記憶の整理をしながら行こう。
そう考えながら、まずは街道に出るべく南に向かって歩き始めた。
三時間ほど歩き、もう少しで街道に出るという辺り、ふと不穏な気配を感じて立ち止まる。
(右側の森……魔物かな。こんなに街道近くに出るのは珍しいな。それにしてもこういう感覚って【私】の経験によるものみたいなんだけど、変わらず使えるようだ。【俺】も剣術はやってたし、ゲームでの戦闘経験はあるけど、リアルな実戦経験があるわけじゃないからな。ありがたい)
そう思いながら、襲撃に備える。
すると……
『グルルルルッ……!』
「来た!あれは……グレートハウンドか!」
こちらが立ち止まったのを見計らったか……森から猛烈な勢いで飛び出してきたのは、体長2m程の大型の犬の魔物であるグレートハウンドだ。
私からすれば単体ではそれほど脅威を感じる相手ではないけど、戦う術を持たない人にとってはかなり危険な魔物だ。
こんな街道近くで放っておいて良い相手ではない。
ただ、本来は群れでの行動が多いはずだが、幸いにも今回は単独行動のようだ。
魔物は飛び出してきた勢いそのままに数十メートル程の距離を一気に駆け抜け、こちらまであとほんの2、3メートルのところまで来ると大きく跳躍し飛びかかって来た。
私は特に慌てることもなく、タイミングを合わせて左に避けながら剣を抜き放ち、交差する瞬間に相手の勢いを利用しつつ軽く首を撫でるように切断する。
魔物は断末魔をあげることもなく、切断面から大量に血を吹き出しながらあっさりと絶命する。
(……【俺】としては、初めての実戦で、生き物を殺すのも初めてなんだけど……特に動揺はないな。意識の主体は【俺】とは言え、【私】の経験も生きているという事か。先程の感覚もそうだけど、まあ助かった。)
(それにしても、【私】の剣技は養父に教わったものだけど、【俺】が教わった剣術にも随分似てるな?これも類似の一つってことだろうか……)
さて、討伐の報告も必要になるし魔核を取り出すか。
他の生物と魔物の違いはこの【魔核】にある。
正確には普通の生物にも同じ役割の器官は存在し【核】と呼ばれているが、その大きさや機能に歴然とした差があり分別している。
核の機能とは魔素の貯蔵と制御だ。
魔素と言うのは、簡単に言えば魔法を扱うために必要となるエネルギーのようなもの。
魔物は魔核によって身体能力を増大させたり、高等な魔物になると魔法を操ったりもする。
そして、人間にもこの核は存在するが……その機能については個人差が大きく、魔法の扱いに長けた人のそれは魔核に相当する。
ゲームにはこのような細かい設定は無かったので、これは【私】の知識だ。
「グレートハウンドの魔核は確か……心臓の近くだったっけ?」
他の臓器と異なり、核の場所は生物によって大きく異なる。
一番多いのはこいつのように心臓の近く。
人間の場合は脳の中だ。
「うーん……解体する方が早いけど、死体の焼却も必要だしな……せっかくだから魔法を試してみるか」
グレートハウンドは食肉には向かないし、死体を放っておくと別の魔物や肉食獣を呼び寄せてしまうかもしれないので、冒険者の心得としても処分が必要となる。
魔核は石のように硬く燃えにくいので、死体を燃やしても骨と一緒に残るため問題ない。
なので、魔法で焼却してから魔核を採取する事にした。
かすかな花の匂いが、鳥のさえずりが、春の柔らかな日差しが、目をつぶっていても感じられる。
穏やかな自然の空気の感触を久しぶりに確かめながら、徐々に意識が浮上し【俺】は目覚めた。
「……うぅ、ん~」
少し伸びをしながら、まだ幾分ぼぅっとする頭を軽く振り意識をはっきりさせる。
辺りを見回すと、そこは踝程の丈の草花が一面を覆う平原だった。
「え……と?」
だんだんと、思い出す。
【俺】の魂の記憶と、この体にある【私】の記憶が呼び起こされ、しばしの間混乱が生じる。
そして……
「えっ!?ウソだろ……?」
【俺】はーーーー。
何らかの原因で死んでしまい、女神エメリールの願いに応じて転生を果たした。
転生先の世界は俺がどっぷりハマっていたVRMMOに酷似した世界で、転生先の体は俺が使っていたアバターにそっくりの人物で、それは男だった……はずだ。
しかし、この体の持つ記憶は……
「……カティア?ああっ!?そっちか!?」
【私】はカティア。
記憶によれば……私はある旅芸人一座の歌姫であり、一座の仲間とともに冒険者としても活動する15歳の少女。
そして、確かにーーーーのアバターでもあった。
メインで使用していたのは、ゲーム開始から使っていた男性アバターだ。
【俺】が転生先として思い浮かべていたのはこちらの方。
そして、カティアは元々NPCとして登場したキャラだが、とあるイベントのクリア特典でアバターとして入手した。
入手時点でメインのアバターが覚えていたスキルやクラスの一部を引き継いでいる上、このアバターでしか入手できないクラスやスキルを覚えられるので、カティアの方も合間に少しづつ育てていたのだ。
「はぁ~、マジか……女神さま教えて下さいよ……」
いや、俺も聞かなかったのが悪いんだけどさ……
ちょっと話しただけだけど、意地悪するような人……じゃなくて神様じゃないと思うし、多分うっかりなんだと思うけど……
「女神さま、初っ端から変化に戸惑う事態になってます……」
意識の主体はあくまでも【俺】だし、やはり違和感が。
う~ん……そのうち慣れるのだろうか?
まあ、どうにもならないことで悩んでもしょうがない。
そのうち慣れると信じるしかないだろう。
それにしても、記憶によれば今のカティアの立場はNPCの設定とは大分違ってるような?
全く同じわけでは無いと言っていたし、考えて分かるものでもないかな……
「そうだ、倒れる前の記憶は……?」
そもそも、【俺】が転生するきっかけとなった、【私】の魂が損傷してしまった原因は?
記憶を探ってみるが……
ダメだ。
その部分だけ何も覚えていない。
朝一番でギルドで依頼を受け、その足ですぐにこの平原に向かい……
そこからの記憶が途切れている。
依頼自体はなんの変哲もない採取依頼だ。
倒れていた周囲には特に変わった様子はない。
この辺りは特に危険な魔物がいるわけでもないし……何らかの痕跡もない。
やはり記憶が残っていないと原因はさっぱりわからない。
はぁ……少しは何か分かるかとも思ったが、そう上手くはいかないか。
太陽の高さを見ると、倒れていたのはそう長い時間ではなさそうだ。
長くともせいぜい一時間は経っていないくらいだろう。
「……取り敢えず、依頼を片付けておきますか」
今の街には数カ月滞在しており、何度か依頼を受けてるので、それなりに土地勘が出来ている。
この草原で依頼のものは採取できるはずだ。
さっさと終わらせてしまおう。
早く街に戻って、落ち着いて色々考えたいし。
「あ、そうだ。確かあっちの方に……」
ふと、思いつき記憶を頼りに向った先には小川があった。
澄んだ水は流れも穏やかで、日の光を反射し鏡のようになっていた。
自分の姿は【私】の記憶にあるが、実際にこの目で見てみようと思ったのだ。
小川を覗き込んでみると……
「……」
思わず絶句する。
【私】自身は自分の容姿に対して特別思うところはなかったが、【俺】の意識で改めて客観的に見てみると……
大きな瞳は菫色、すこし垂れ目で優しげな雰囲気。
すっと通った小さな鼻梁は高すぎず低すぎず。
唇は紅をささずとも艷やかな薄い桜色。
冒険者として外の活動が多いはずなのに日に焼けてはおらず、色白だが血色がよいため健康的に見える。
髪は腰までの長さを首の後ろでまとめており、その色は日の光のあたり方で金にも銀にも見える不思議な色合い。
一本一本が絹糸のように細く滑らかであり、無造作にまとめてる割に癖ひとつなく、まっすぐサラサラの極上の手触りだ。
それぞれのパーツが整ってる上に、それが理想的に配置され、幾分幼さを残すものの女性としての美をこれ以上ないくらいに体現している。
「……いや、NPCのわりに随分気合いの入ったデザインだと思ったけど、現実になると半端ないな……そう言えば、ちょっと女神さまに似ているような?もう少し大人になったら、もっと似てきそうだな。気にかけているってことだし、何か関係があるのかな?」
神殿に行ったときに聞いてみるか。
改めて、今度は全身を見てみる。
身長は150~160cmくらいだろうか。
記憶では同年代の女子と比べても大きな差は無かったはずだ。
全体的に細いが、冒険者として鍛えられているためか適度に筋肉が付き、それでいて女性的なしなやかさ、柔らかさは損なわれていない。
胸は……きっと、これから成長するのだろう……
服装は膝丈半袖の若草色のワンピース。
素材はよく分からないが、手触りは綿っぽい。
下には、膝丈で脚にフィットする伸縮性のある素材の黒スパッツ……のようなものを履いている。
靴は革製の焦茶のロングブーツ。
運動性を損なわないように可動部は柔らかく、脛や足の甲の部分は硬めの革で補強されている。
こちらも革製の白い胸当て。
防御力は微妙なところだが、軽く、動きを妨げないし、デザインも凝っているので気に入っている。
防寒と雨具を兼ねた膝まである紺色の外套。
右肩から斜めにかけた鞄。
実は魔道具で、見た目よりも大きな容量を持ち大体40リットルのリュックくらいの荷物が入る。
高価ではあるが、中堅以上の冒険者ならば大抵は所持している。
今回は日帰りの探索なのでそれ程荷物は入れておらず、水筒と携帯食、包帯や傷薬などの救命キット、その他細々とした道具類くらいだ。
そして、腰に下げられたショートソード。
使い込まれているが、よく手入れされている。
【私】が冒険者になる際に、養父から贈られたものだ。
特別高価な名剣という訳ではないが、腕の確かな鍛冶師によるものらしく品質はしっかりしている。
全体的には女の子っぽい可愛らしさがあるが、冒険者の活動をするのに十分機能的であり、なかなかよく似合っている。
センスの良いコーディネートではないだろうか。
……自画自賛になってしまうが。
しかし、物凄い美少女なんだけど、それが自分だと言うのが何とも言えず複雑なところだ。
さて、ちょっと寄り道してしまったが……依頼を済ませますか。
「確か、この辺に……あ!あった」
依頼にあった透魔草を見つけて必要な数だけ採取する。
これは魔素が浸透しやすい植物で、様々な魔法薬の素材となるものであるためそこそこ需要がある。
しかし、詳しい生育条件が分かっていないため栽培ができず、頻繁に依頼が出ている。
生育地は知られているので、採取はそれ程難しいものではない。
特に時間もかからずに採取完了。
「じゃあ、帰りますか」
ここから街までは休憩を入れて四~五時間くらいの道のりだ。
この場所は街から東に伸びる街道を進み、途中から街道より離れて北にしばらく進んだ位置にある。
今は多分、正午過ぎくらいだろう。
日が落ちる前に十分帰れるはず。
道すがらもう少し記憶の整理をしながら行こう。
そう考えながら、まずは街道に出るべく南に向かって歩き始めた。
三時間ほど歩き、もう少しで街道に出るという辺り、ふと不穏な気配を感じて立ち止まる。
(右側の森……魔物かな。こんなに街道近くに出るのは珍しいな。それにしてもこういう感覚って【私】の経験によるものみたいなんだけど、変わらず使えるようだ。【俺】も剣術はやってたし、ゲームでの戦闘経験はあるけど、リアルな実戦経験があるわけじゃないからな。ありがたい)
そう思いながら、襲撃に備える。
すると……
『グルルルルッ……!』
「来た!あれは……グレートハウンドか!」
こちらが立ち止まったのを見計らったか……森から猛烈な勢いで飛び出してきたのは、体長2m程の大型の犬の魔物であるグレートハウンドだ。
私からすれば単体ではそれほど脅威を感じる相手ではないけど、戦う術を持たない人にとってはかなり危険な魔物だ。
こんな街道近くで放っておいて良い相手ではない。
ただ、本来は群れでの行動が多いはずだが、幸いにも今回は単独行動のようだ。
魔物は飛び出してきた勢いそのままに数十メートル程の距離を一気に駆け抜け、こちらまであとほんの2、3メートルのところまで来ると大きく跳躍し飛びかかって来た。
私は特に慌てることもなく、タイミングを合わせて左に避けながら剣を抜き放ち、交差する瞬間に相手の勢いを利用しつつ軽く首を撫でるように切断する。
魔物は断末魔をあげることもなく、切断面から大量に血を吹き出しながらあっさりと絶命する。
(……【俺】としては、初めての実戦で、生き物を殺すのも初めてなんだけど……特に動揺はないな。意識の主体は【俺】とは言え、【私】の経験も生きているという事か。先程の感覚もそうだけど、まあ助かった。)
(それにしても、【私】の剣技は養父に教わったものだけど、【俺】が教わった剣術にも随分似てるな?これも類似の一つってことだろうか……)
さて、討伐の報告も必要になるし魔核を取り出すか。
他の生物と魔物の違いはこの【魔核】にある。
正確には普通の生物にも同じ役割の器官は存在し【核】と呼ばれているが、その大きさや機能に歴然とした差があり分別している。
核の機能とは魔素の貯蔵と制御だ。
魔素と言うのは、簡単に言えば魔法を扱うために必要となるエネルギーのようなもの。
魔物は魔核によって身体能力を増大させたり、高等な魔物になると魔法を操ったりもする。
そして、人間にもこの核は存在するが……その機能については個人差が大きく、魔法の扱いに長けた人のそれは魔核に相当する。
ゲームにはこのような細かい設定は無かったので、これは【私】の知識だ。
「グレートハウンドの魔核は確か……心臓の近くだったっけ?」
他の臓器と異なり、核の場所は生物によって大きく異なる。
一番多いのはこいつのように心臓の近く。
人間の場合は脳の中だ。
「うーん……解体する方が早いけど、死体の焼却も必要だしな……せっかくだから魔法を試してみるか」
グレートハウンドは食肉には向かないし、死体を放っておくと別の魔物や肉食獣を呼び寄せてしまうかもしれないので、冒険者の心得としても処分が必要となる。
魔核は石のように硬く燃えにくいので、死体を燃やしても骨と一緒に残るため問題ない。
なので、魔法で焼却してから魔核を採取する事にした。
13
あなたにおすすめの小説
異世界で一番の紳士たれ!
だんぞう
ファンタジー
十五歳の誕生日をぼっちで過ごしていた利照はその夜、熱を出して布団にくるまり、目覚めると見知らぬ世界でリテルとして生きていた。
リテルの記憶を参照はできるものの、主観も思考も利照の側にあることに混乱しているさなか、幼馴染のケティが彼のベッドのすぐ隣へと座る。
リテルの記憶の中から彼女との約束を思いだし、戸惑いながらもケティと触れ合った直後、自身の身に降り掛かった災難のため、村人を助けるため、単身、魔女に会いに行くことにした彼は、魔女の館で興奮するほどの学びを体験する。
異世界で優しくされながらも感じる疎外感。命を脅かされる危険な出会い。どこかで元の世界とのつながりを感じながら、時には理不尽な禍に耐えながらも、自分の運命を切り拓いてゆく物語。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者
哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。
何も成し遂げることなく35年……
ついに前世の年齢を超えた。
※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。
※この小説は他サイトにも投稿しています。
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
地上最強ヤンキーの転生先は底辺魔力の下級貴族だった件
フランジュ
ファンタジー
地区最強のヤンキー・北条慎吾は死後、不思議な力で転生する。
だが転生先は底辺魔力の下級貴族だった!?
体も弱く、魔力も低いアルフィス・ハートルとして生まれ変わった北条慎吾は気合と根性で魔力差をひっくり返し、この世界で最強と言われる"火の王"に挑むため成長を遂げていく。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる