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第一部
第九話
しおりを挟む破滅的な力の奔流が終息し、それは悠々と地面に降り立った。
圧倒的な存在感を放つその巨体。
それを覆うのはあらゆる刀剣、魔法を弾き返す金属光沢を持った硬い鱗。
鉄の鎧など紙切れの如く切り裂く鋭い爪。
先程のブレスの余韻なのか、バチバチと音を立てて光が弾け、人など丸呑みに出来そうな大きな顎。
その巨体を飛翔させるには些か小さく感じる蝙蝠のような翼。
あらゆる生物の頂点に立つ伝説の存在。
それは……
「ドラゴン……」
誰かが呆然と呟く。
あまりにも非現実的な光景に、歴戦の猛者であるはずのフェルマンやルードでさえも敵を目前にして硬直している。
だがそれを責めるのは酷だろう。
およそ普通の人間ではまともに相手する事などできないのだから。
「ただのドラゴンじゃない。あれは暴君竜だよ」
「暴君竜だと!?馬鹿な!!」
フィオナの言葉に我に返ったフェルマンが声を上げた。
竜種は、例外はあるが基本的には知能が高く理性もあるので、滅多なことでは自ら人間と敵対することはない。
しかし年老いてくると理性を失って獣としての本能だけが残ってしまう事がある。
……要するにボケるのだ。
そうなると、人間にとっては脅威以外のなにものでもない存在となってしまう。
しかし、竜種にとってそれは恥ずべきことであり、通常であればそうなる前に自ら命を絶つか、仲間の竜種に殺してもらうか……何れにしても早々あることではない。
少なくとも、記録に残る限りでは片手で数えられる程度だ。
そして、そのように理性を失った竜種を『暴竜』と言うのだが、特に最強と言われる『古龍』がそうなってしまった場合を『暴君竜』と呼ぶ。
それはもはや天災と同じだ。
ただ過ぎ去るのを震えて待つか、同族の古龍が始末を付けに来るのを待つか。
たかが人間如きに出来ることなど何もない。
ごく一部の、人の身を超越した英雄的な力を持つ者以外には。
「に、逃げ……」
「無駄だよ。もうロックオンされてる。誰一人逃がす気はないね、あれは。下手に逃げようとすればその人が最優先で狙われるよ」
フェルマンらと一緒にやって来た教員の一人が言いかけるのを遮って、フィオナが警告する。
「ならば戦うしか無いが…」
「馬鹿なっ!!我々でどうにかなる相手ではないっ!!」
「じゃあどうしろと!!?」
「逃げるしかないだろう!!」
絶望的な状況に我を失った者たちが内輪もめを始める。
その間も暴君竜は品定めするかのように人間たちの動きを観察している。
必殺のブレスを防がれたことで警戒してるのかもしれない。
「落ち着いて!!あれとは私が戦うから……神光城壁」
フィオナが魔法を行使すると、彼女以外の全員を閉じ込めるように光の結界が展開された。
「その結界はさっきのやつより強力なやつだから……あ、輻射熱までは防げないのはさっきと同じだから、冷気魔法は自力でかけてね」
「フィオナさん!!ひとりで戦うなんて無茶ですわ!!!」
「そうだ!!せめて全員で戦って少しでも……」
悲痛な叫びを上げるレフィーナたちだが、光の結界は内側からも強固な防御力を発揮して外に出ることがでかない。
「大丈夫……竜狩りの経験はあるよ」
皆を安心させるように、余裕の態度でフィオナは言う。
(とは言っても……前回勝てたのは奇跡みたいなものなんだよね。でも、今回は身体のスペックも上がってるし、何とかなるかな?)
何とかしなければ、ここに居る全員が死ぬばかりでなく、王国にも壊滅的な被害が出てしまうだろう。
それを思えば負ける訳にはいかない……と、フィオナは気合を入れ直す。
(とにかくブレスは絶対回避。直撃はもちろん擦るのもダメ。幸い連発は出来ないから、暫くは撃てないはず。次のブレスが来る前に倒すか、兆候を見逃さないようにしないと。攻撃は生半可なものは通らない。ダメージを与えるには大きな魔法が必要。少なくとも上級以上、出来れば特級を叩き込みたいけど、それは戦闘経過次第)
ほんの数瞬のうちに頭の中で戦闘プランを組み立ててながら、フィオナは暴君竜の前へと進み出る。
結界を張ったとは言え、なるべく巻き込まないような位置取りを意識しながら。
そしてフィオナの行動に反応して遂に暴君竜も動き始める。
ここに、壮絶な戦いの幕が上がった……!!
『GRyRfRoUkUU……!!』
初手は暴君竜……人間には発することの出来ない音の『詠唱』により、自身の目の前に巨大な火球を生み出しフィオナに向かって高速で撃ち出す!
それは下位竜種のブレスにも匹敵し、人間相手には十分にオーバーキルとなる威力。
竜語魔法と言われる竜種のみが使うことのできる魔法だ。
例え理性を失っていても、種族固有の能力とも言えるそれは扱うことが出来るらしい。
あるいは、長い時を生きて身体に染み付いた経験のなせる業か。
対するフィオナは超高速で飛来する火球を、ギリギリまで引き付けてから躱す。
十分に距離をとって避けても高熱がジリジリと肌を焼く痛みを無視して、フィオナは一気に暴君竜に向かって飛びかかって行く。
「接近戦!?無茶な!!!」
手出しのできない観客となった面々から悲鳴に近い叫び声が上がる。
見た目は華奢な少女が巨大な竜に近付いていく光景は、それが自分自身でなくても背筋が凍る様な恐怖を感じるだろう。
しかしフィオナはお構いなしに暴君竜の懐まで飛び込んだ。
当然、そこまで近づけば鉄すら切り裂く爪が襲いかかってくる。
フィオナはそれを掻い潜って更に前進、竜の腹の下に潜り込んだ。
そこは絶大な防御力を誇る竜種でも、逆鱗を除けば唯一とも言える弱点。
いや、普通は到底弱点などと呼べるものでは無いのだが……
「はあーーーっっっ!!!!」
裂帛の気合!
地面が割れる程の震脚から伝わる衝撃を乗せて振り上げた拳が、天を砕かんとばかりに暴君竜の腹に突き刺さった!!
『グギャアーーーーッッッッ!!!!』
堪らずに悲鳴を上げる暴君竜。
竜から見れば蟻のように小さな少女の小さな拳が、まるで弩砲の一撃にも匹敵するかのような威力。
最大レベルで強化を施した時のフィオナの身体スペックは、もはや人間の枠組みに収まるものではなかった。
「す……ごい……」
「竜を素手で……?」
「……と言うか、アイツ魔導士だよな?」
人外レベルの攻撃の凄まじさに呆然とする面々。
そしてフェルマンの突っ込みは尤もだが、中途半端な攻撃魔法より有効だとフィオナが判断した結果である。
しかし、ダメージは与えたものの致命打にはまだ程遠い。
最強生物たる竜がこの程度の攻撃で倒せるならフィオナも苦労しない。
(さて、初撃は上々……だけど、次からは簡単に潜らせてくれないだろうね。上に飛ばれると厄介だから、次は翼をもいでおきたいかな)
冷静に次の一手を考えるフィオナ。
攻撃後直ぐにその場から離脱……しようとしたところに、暴君竜の太く長い尻尾が猛スピードで襲いかかる!!
まともに喰らえば、小さなフィオナの身体など遥か遠くへと吹き飛ばされてしまうだろう。
極限まで身体強化を施していたとしても大ダメージは必至だ。
しかしフィオナはあくまでも冷静に、タイミングを合わせて飛び上がりそれを回避。
間髪入れずに繰り出された竜爪の斬撃を、空中で身を捩って躱しながら竜の腕を土台にして更に跳躍。
(よし、翼はもらうよ!!)
「風打刀!!」
真空と超高圧が入り交じる猛烈な風が、竜の背中に向かって吹き下ろす!!
『グオォーーーッッッ!!!』
それは鱗に覆われた竜本体にはさしたるダメージは与えないが、翼の皮膜をズタズタに引き裂いた!
竜が空を飛ぶのは竜語魔法によるもので、翼は補助に過ぎないのだが、これで自由に飛翔するのは困難になったのは間違いない。
(さあ、ここまでは順調だ。だけどここからは根気がいるね)
フィオナは優勢に戦いを進めているように見えるが、彼女自身はそれほど余裕があるわけではない。
超火力、鉄壁の防御、無尽蔵とも言える体力。
そんな敵を相手に、こちらはただ一度の被弾も許されず地道にダメージを与え続けるしかないのだ。
まだ戦いは始まったばかりである。
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