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空と海の青《アズーロ》
秘密兵器
運のいいことにギルドに向かう途中で知り合いの冒険者ジュリオに出会った私たちは、彼に護衛をお願いすることになった。
そしてそのままギルドで正式に契約して、早速目的地に向かっているところだ。
「……そういや今さらだが、『青の洞窟』って確か、入口は海側から行かなきゃいけなかったよな?船とかどーすんだ?」
「本当に今さらね、それは。もちろん準備してるわよ」
「マスターに抜かりはないですニャ」
私も初めて行くところだから、下調べはしっかりしているつもり。
色々な資料を調べたところ、いまジュリオが言ったように『青の洞窟』の入口は海にあるから船が必要になる。
だけど私の荷物は小さな肩掛け鞄だけ。
それは魔法によって見た目よりも内容量はかなりあり、たぶんジュリオが背負っているリュックと同じくらいの荷物は入ると思うけど、三人が乗れるようなボートなんてもちろん入ってない。
じゃあどうするのかと言うと、それは……
「まあ、現地に行ってからのお楽しみ……ということで」
「ふぅん……まあアンタの事だから大丈夫なんだろうが、そう言うなら楽しみにしておくぜ」
もったいぶる私に、彼はあっさりそう言った。
私も彼も駆け出しの頃からの付き合いだからね。
それくらいの信頼関係はあるわ。
初めて会ったときは、それこそ生意気な子供っていう印象だったけど……今は頼れるお兄さんって感じかな。
そうそう、それで思い出したけど。
私が初めて採取に出たときに護衛をしてくれたのはルードさんって人で、ジュリオは彼の弟子として一緒についてきたんだっけ。
メイお母さんが紹介してくれた凄腕冒険者で、今はもう引退してギルドの職員になってるはずなんだけど……
「そう言えば、ルードさんはお元気かしら?今朝はギルドで見かけなかったわね」
「たぶん遅番なんだろ。元気だぜ。毎度会うたびに『退屈だ』なんて言ってやがる。だったら引退なんかしなきゃいいのに」
「危険な仕事だもの、引き際は肝心よ。それに、ルードさんの場合は後進に道を譲るというのもあるのかしらね」
確かもう五十過ぎだったと思うから、かなり長く現役をしてたと思う。
引退間際にはジュリオみたいに後進を育てることに力を入れてたらしいし、今はギルド職員やってるくらいだから、よほど冒険者の仕事が好きみたい。
そうやって彼の経験は若いジュリオたちに受け継がれていくってことね。
さて、そんな話もしながら私たちはヴィネンツェの街を出て街道を進む。
ヴィネンツェの衛生都市の一つに向かう道なんだけど、その途中に『太陽の海岸』という風光明媚な海岸がある。
街道はその海岸の途中で陸の方に向かうのだけど、私たちの目的地である『青の洞窟』はそのまま海岸沿いを進んだ先、山が海にまで迫って張り出した部分の岸壁にあるはず。
ヴィネンツェからは休憩も入れつつ徒歩でおよそ三時間前後といったところかしら。
昼前には到着して採取に数時間ほど、帰りも同じくらい時間がかかるので、日が落ちるくらいの時間には帰ってこれると思うわ。
何もトラブルがなければ日帰りだけど、一応は野営のための道具や非常食なんかも持ってきてる。
念のためにミャーコの『絵』もね。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
一時間ほど歩いてから休憩を取り、再び歩き始めてまた一時間ほど。
街道は『太陽の海岸』へと至る。
「マスター、海ですニャ!砂浜ですニャ!」
「ええ、とても綺麗な砂浜ね……」
ミャーコが子供のように興奮しながら言うのを微笑ましく思いながら、私もその光景に見入る。
私のアトリエも海が見える丘の上にあるから、それそのものは見慣れているのだけど、また違った趣きがあるわね。
太陽の陽射しに照らされた砂浜がキラキラと白く輝いている。
まだ夏の盛りには早い時期だけど気温は十分に高く、チラホラと水着姿の人たちの姿も見えた。
ここは夏のリゾート地で、街道沿いには海水浴客を当て込んだ宿が立ち並ぶ集落もある。
「いやぁ……流石に暑いな……アンタたちはよくそんな涼しそうな顔をしていられるな」
額に流れ落ちる汗を手で拭いながら彼はそう聞いてきた。
「ミャーコはぜんぜん暑くないですニャ」
まあ彼女は魔法絵から具現化した存在なので、暑さも寒さもよほどのことがなければ平気みたい。
この日差しの下でメイド服姿でも汗一つかいていないし、むしろ見ている方が暑さを感じるかも。
一方の私と言えば、今日は野外活動に適した格好をしている。
前世で言うところの、ちょっと地味めな登山ルックみたいな感じ。
日も高くなってきたから日焼け対策でつば広の帽子も被ってる。
確かに夏場に長袖長ズボンはいかにも暑そうに見えると思うけど、実際は快適そのものである。
その秘密は……
「はい、コレ。使ってみる?」
私はそう言いながら肩掛け鞄からあるものを取り出す。
それは一枚のカード。
前世のタロットカードみたいに絵が描かれている。
「それは?」
「ふっふ~ん……これはね、最近編み出した秘密兵器なのよ」
そう得意げに言いながら私はジュリオに説明する。
一口に魔法と言っても、その実行手順には様々なものがある。
最も一般的なのは、自分自身の魔力を使って詠唱によって起動するもの。
魔法陣や魔道具なんかもポピュラーね。
マニアックなところでは、踊りを踊ったり歌声を媒介にするなんてものもあるわ。
私の魔法絵なんかはマニアックどころの話ではないけど。
そんな様々な魔法の形態の中に『符術』というものがあるんだけど、それは『符』と呼ばれる魔法陣が書かれた特別な紙を使って発動させるもの。
この魔法のメリットの一つは、予め『符』を準備しておけば、あとはキーワード一つで即座に発動ができる点。
一般的な詠唱魔法よりも発動速度の点で優れるということ。
そしてもう一つのメリットが、作成者じゃなくても『符』を使って術を発動することができると言うこと。
詠唱魔法が得意ではない人でも、起動させるために必要な最低限の魔力さえあれば誰でも使う事ができるってわけ。
使い捨ての魔道具とも言えるわね。
デメリットはまさにその『使い捨て』という点かしら。
一枚一枚のコストはそこまで高くはないけど、数多く準備するとなるとそれなりの手間と時間がかかる。
もう一つのデメリットとしては、それほど高度な魔法は発動できないということ。
製作上の色々な制約を考えると、せいぜい中級までが限界ね。
「符術なら知ってるぜ。冒険者向けの店とか魔道具店で売ってるから。俺は使ったことはないけど、仲間の魔道士が魔力切れの保険として持ってたりするな」
「ええ、『符』そのものは割とポピュラーね」
「だけど、そいつは違うんだろ?あんたが自慢げに『秘密兵器』なんて言うくらいだからな」
「もちろん。これはね……」
私は続けて更に説明する。
『符』のメリット、デメリットについては先に説明した通りだけど、私は魔法絵の技法を応用してそのデメリットを無くしたのよ。
魔力を充填し直せば再利用できるし、威力も上級並みまで対応可能。
コストと製作の手間はこっちの方が断然上だけど、一枚仕上げるのに週単位の時間がかかる魔法絵ほどでもない。
コストと使い勝手に優れた小さな魔法絵と言ってもいいかしら。
名付けて……魔法絵札。
試行錯誤しながら苦労の末に生み出したした逸品よ。
「なるほど……んで、それはどんな魔法が使えるんだ?」
今私が手にしたカードには、雪の結晶をモチーフにした抽象的な図柄が描かれている。
その効果は……
「冷却系魔法よ。上級の『絶対冷凍波』と同程度ね」
「……そんなもん使ったら凍え死んじまうだろ」
「だいじょ~ぶよ。発動持続時間を長くすれば、ちょうど良いくらいの涼しさになるから。いま私も使ってるし」
威力と持続時間は反比例するから瞬時に全魔法力を解放すれば苛烈な攻撃魔法になるけど。
そのへんの融通が結構効くのもポイントよ。
「それなら大丈夫か。んで、どうすりゃいいんだ?」
私からカードを受け取ったジュリオは、それを裏返したり角度を変えてみたりして、しげしげと観察しながら聞いてきた。
「軽く魔力を流せばいいんだけど、加減するにはちょっとコツがいるのよね。冷房として使うなら……こう、指先でちょん、ってつついてやる感じ。あ、失敗すると危ないから、絵が描いてある面を向こうに向けてからやってね」
「ずいぶんアバウトだな……こうか?」
私の説明を聞いてさっそく彼は試してみる。
すると上手く発動できたらしく、カードの絵が描いてある面から冷気が吹き出し始めた。
「うん、上手くいったみたいね。力加減もバッチリ。それでだいたい半日くらいもつわ」
「おぉ~、凄え!!コイツは便利だな!!こんなものまで作っちまうとは……やっぱ、アンタ凄えんだな」
「マスターは天才ですニャ!」
ふふふ……そうでしょうそうでしょう。
「今度ウチの画廊で売り出そうと思ってるの。色んなバリエーションがあるわよ」
普通の魔法絵は高額でなかなか売れないからね。
別にそこまで商売っ気があるわけじゃないんだけど、あまりにも閑古鳥が鳴いてるのもアレなんで、少しはラインナップを増やそうと思って。
「へぇ……因みに幾らだ?」
「金貨一枚」
「……たっか」
そうは言うけど、コストと手間を考えたらむしろ安いくらいよ。
使い捨てじゃないのだし、宣伝したら結構売れるんじゃないかと思うのだけど。
……そうだ、これは宣伝の良い機会じゃないかしら?
そう考えた私は彼に提案する。
「ねぇ、ソレはあなたにあげるから……仲間の冒険者さんたちに宣伝しておいてくれない?」
「おっ、マジか?んじゃ、ありがたく貰っておくから宣伝は任せてくれ。欲しかったら『美術工房・天地』で……ってな」
「ええ、よろしく頼むわ」
交渉成立ね。
広告費と考えれば安いものよ。
さて、そんな話をしながらも結構歩いてきたけど……目的の青の洞窟はまだ先。
砂浜のはるか向こうに、山が海までせり出した半島が霞んで見えるけど、目的地はその先端のところにあるはず。
もう少し頑張りましょうか。
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