林間学校に待ち受ける異次元のワナ

Ryo

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7.ぼくら以外だれも知らない

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 ドスンドスンと大きな音がする。
 音といっしょに振動が伝わってきて頭が揺れるようだ。
 ざわざわした話し声、笑いあう声、どっちもうるさい。
 まだ寝ていたいから、そういうのは遠慮してほしいのに――。

「ケンっ!」

 ぼくは叫びながら飛び起きた。
 明るい。
 朝だ。

 ぼくは間違いなく林間学校の宿泊施設「コトリ荘」の男子部屋で目が覚めた。
 すでに起きていた何人かの男子たちは、それぞれにふとんをたたんだり、荷物を片づけたりしている。
 ケンがいた左側のふとんはすでに片づけられていた。
 右側でドクがムクリと起き上がる。
 そのまま寝ぼけまなこで周りを見回してから枕元のメガネをかけ、ボクの顔をじっと見つめていった。

「ケンは?」

「わからない」

 ぼくは、そうとしか答えられなかった。
 心の奥底では、あのケンがぼくらより先に目を覚まして、ふとんをたたんで身支度をすませているなんてことがあり得ない、と思いながら。

「とりあえず、支度をしよう。もしかしたら洗面所で歯をみがいているかもしれない」

「そうだねぇ、そうしよう」

 本当なら今すぐに大騒ぎしてケンを探し回りたい気持ちを押さえつけ、ぼくらは不自然なくらい落ち着いて洗顔の用意を始めた。
 きっとドクも同じ気持ちだったのだと思う。

 洗面所に行くまで、すれ違う全員の顔をのぞきこむようにしながら歩いた。
 歯をみがいている間も、鏡なんて見ている場合じゃない。
 広い洗面所のあちこちで歯をみがくほかの生徒を全員チェックしないといけないから。
 あいつも違う、あれもケンじゃない……ケンがどこにもいない。

 横目でチラリと見ると、ドクは首を横に振った。
 やっぱりだ。
 昨日の出来事が夢だったにしろ現実にしろ、今このコトリ荘にケンがいないというのは、疑いのようのない事実なんだ。
 とにかく、先生に話さなければならない。
 ぼくは八班の班長なんだから。

「石原先生、あの、すみません」

「あら高橋君、おはよう。もう支度はすんだの?」

 どの先生に相談するか迷ったけれど、担任の石原先生にした。
 昨日、ぼくらが気絶するように眠る直前、ドクがいっていたことが気になって怖かったから、本当は別の先生がよかったんだけれどね。
 ふすま越しにスマホの光が見えたなら、もしかすると先生の正体は化物かもしれないだろ?
  悪いまほう使いとか、宇宙人ってことも考えられる。

「だいじょうぶです。でもあの、落ち着いて聞いてください。ケンが、いなくなりました?」

「ケンが?」

 先生はぼくの言葉をオウム返ししてから、少しおどけたような首をかしげて見せた。
 それからこういったんだ。

「ケンって、誰のこと?」

「えっ……」

 まさかそんなふうに返されるとは思いもしなかったから、ぼくの頭は完全に真っ白になった。
 先生のほうこそ、いったい何をいっているんだろう?
 一組の先生は二か月くらい自分のクラスの生徒の名前を覚えられなかったってウワサだけれど、石原先生は違う。
 春休み中に暗記でもしたのか、始業式当日から全員の顔と名前を覚えていたスゴい先生なんだ。
 それに、間違ってもこんな……人を傷つけるかもしれない冗談をいう人じゃない。

「倉田健人くんです。今朝目が覚めたらいなくなっていました」

 パニクって言葉を失ってしまったぼくにかわって、ドクがもう一度石原先生にたずねる。
 でも先生は困ったような顔をしてドクの顔をのぞきこむだけだった。

「出席番号八番の、倉田健人くんですよ。毎日忘れ物する、忘れ物王のケン」

 ドクはさらにいいつのった。
 先生がど忘れしてしまったと思い込みたいみたいだった。
 でも先生は――。

「出席番号八番は、小林直子さんでしょう? 柳沼くん、どうしちゃったの?」

「小林さんは……九番じゃ……」

 ドクが力なくいうと、石原先生はぼくらが寝ぼけていると勘違いしたみたい。
 小脇に抱えていた黒い出席簿を開いて見せてくれた。

「出席番号七番、加藤康介くん。出席番号八番、小林直子さん。出席番号九番、佐藤剛くん……ね、間違いないでしょう?」

 間違っています、とはいえなかった。
 絶対に間違っているのに!
 出席簿から名前が消えることなんてある?
 ぼくとドクは、ただ無言のままいることで「違う」とうったえるしかなかった。
 石原先生は、ぼくらの用はもうすんだと思ったらしい。
 男子部屋と女子部屋の交互に向かって、大きな声で指示をだしている。

「荷物整理は後でもだいじょうぶよ。顔を洗ったら食堂で先に朝ごはんをいただきましょう」

 待ってよ、先生。
 違うんだ。
 なんでケンなんか知らないみたいにいうの?
 その場から動けなかったけれど、それ以上先生になにかいうこともできなかった。
 どうしたらいいのかわからなかったし、すごく怖かった。
 昨日の肝試しのときみたいに、わかりやすく「怖っ!」て思う恐怖じゃなくて……もっとこう、足元から一センチずつジワジワはい上がってくるような、そんな怖さだ。

 肩に手を置かれた。
 緊張した表情のドクだった。

「食堂に行こう、カズキ。サツキとユリにも確認しないと」

 ぼくは「そうだね」と力なく答えて、ドクのあとに続いた。
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