林間学校に待ち受ける異次元のワナ

Ryo

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8.そして、昨日

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 先生の顔色が一段と青ざめたのが、手に取るようにわかった。
 ぼくらは先生のことは好きだし、本当なら困らせたくないんだけれど……今回ばかりはケンの存在がかかっている。
 申し訳ない気持ちに目をそむけながら、サツキとユリの女優顔負けの演技を見守った。

 先生はスマートフォンを取り出して何かを確認している。
 ぼくらの計画どおりなら、地図を確認しているはずだ。まずは、あの山道に入らないようにしなければならない。
 ぼくらの願いが通じたのか、先生はバスの先頭まで戻ると運転手に声をかけた。

「本当に申し訳ないのですが、近くにサービスエリアかなんか、お手洗いのあるところはありませんでしょうか?」

 やった!
 ぼくらは声には出さず笑い合って、小さくハイタッチする。
 それから運転手さんはしばらく無線でだれかとやり取りを始めた。
 十分くらいがすぎたころ、ぼくらを乗せたバスはサービスエリアと呼ぶには小さすぎるような、ちょっと広めの駐車場にすべり込んだ。
 先生がガイドさんからマイクを借りてアナウンスする。

「予定にはありませんが、ここで少し休憩をとります。ちょっとでもお手洗いに行きたいかも、と思う人は、必ずこの機会にすませてください」

 必ず、のところにメチャクチャ力が入っているのがわかる。
 そうだよね、こんな緊急事態はこれっきりにしてほしいよね。

 そして先生は、お腹を抱えて苦しそうな演技をするユリをサツキと二人で抱きかかえるようにして公衆トイレへと向かった。
 ぼくはサツキとアイコンタクトしてうなずいた。
 ここからは、ぼくらの出番だ。
 ぼくはドクと二人、何食わぬ顔で運転席へと近づいた。

「運転手さん、これナビでしょ? ぼく、知ってる」

「そうだよ。でもこれね、ほとんど飾りみたいなものなんだよ」

「そうなの?」

 ぼくは演技ではなく驚いた。
 バスはナビにしたがって進んでいるだけだと思っていたのに、違ったのか。

「お客さんによって希望のルートが違うし、通れるはずの道が通行止めになっているなんてことはよくあるからね。必ず前日に自分で地図を見て、ルートの確認をするんだよ」

 ひっかかるな。
 煙の向こうから帰ってきたバスの運転手さんは、ナビにいつもと違う道に誘導されたというようなことをいっていた。

「つまり、煙の奥から戻ってきた運転手さんは、ニセ物にすり替わっていたと考えるべきだね」

 ドクが小声でささやいた。
 それなら、この本物の運転手には、なにがなんでも正しいルートを進んでもらわないと困る。

「運転手さん、この先も昨日確認したルートで行くの? それともナビのルートで行くの?」

 ぼくがたずねると、運転手さんはヒョイとナビをのぞきこんでから難しい顔をした。

「昨日調べたルートだと、この先で渋滞に巻き込まれるみたいだな。運行管理に問い合わせてみよう」

 運転手さんは無線機を取りだして、専門用語だらけの呪文のようなやり取りをはじめた。
 それが刑事ドラマみたいでカッコよく見えて、しばらく目的を忘れて聞き入ってしまった。
 大丈夫、ドクが脇腹をつついて注意してくれたから、ボンヤリはしていないよ。

「はい、了解。お願いします」

 無線機を元の場所に戻してから、運転手さんはニヤリと笑って見せた。

「君たちのおかげで助かったよ。どうもナビがおかしなことになっているようでね。この先で渋滞はないようだから、所定のルートで行くよ」

「やった!」

 その連絡は、ぼくらの学年が分乗する一号車から五号車まで、運行管理というところから伝えられたみたいだ。
 ちょうどそのとき、石原先生に付きそわれてユリたちが戻ってきた。
 サツキとユリの女優っぷりに拍手を送りたいところだけれど、それは今じゃない。
 ぼくらは席に戻り、バスの発車を待った。
 こんなにガチガチに緊張しながらバスの発車を待ったことなんて、今までにあったっけ?

 人数の確認が終わり、バスがサービスエリアから高速道路へと戻っていくのを、奥歯をグッとかみしめながら見守る。
 ほかのみんなと同じように座っているけれど、気分は棒っきれになったみたいだ。
 一本のまっすぐの棒みたいに、首から腰から足のつまさきまで、全身を緊張させたままバスに揺られる。
 ちらりと横目で見れば、隣に座っているドクもにたようなものだった。
 確認するまでもなく、後ろのサツキやユリも同じなんじゃないかな。
 気楽なのは、通路をはさんで隣に座っているケンだけだ。
 バスが走りだしてまだ何分も経っていないのに、もう眠そうな顔をしている。
 一応、今回の事件の中心人物なんだけれど、緊張感がないなあ。

 バスが高速を降り、曲がりくねった山道にさしかかると、ぼくは口のなかがカラカラに乾くのを感じた。
 水筒のフタを開けて、お茶をゴクリと飲むのではなく、口に含んだままじっとする。
 乾燥して干物みたいになった舌に、冷たいお茶がしみ渡っていくのを感じながら、ぼくは集中を解かなかった。

 今進んでいるこの山道が、昨日通ったあの山道と同じか、違うのか……ただそれだけが気がかりだ。
 なんといっても時間が巻き戻るなんて、ちょっと信じられないことが起きたんだ。
 こればかりは石原先生に質問しても、答えは絶対にわかりっこない。
 だから、自分の目で確かめるほかないんだ。

 お菓子を食べるのも忘れて、窓の外の景色に全神経を集中させた。
 昨日通った山道に、今見ているのとそっくりな木はあったか。
 ガードレールの色や形はどうだったか。
 進行方向に、あの煙は立ちこめていないか……。

 せっかくの林間学校だというのに、隣のドクと話すこともせず、ひたすら座席に背中を押しつけ続けること――何分くらいだろう?
  正確な時間はわからない。バスはいくつかの山を越えて普通の道に合流し、やがて湖のほとりの宿泊施設に到着した。

「やったー!」

「よかったー!」

 ぼくはドクやサツキ、ユリたちと歓声をあげながら何度もハイタッチした。
 ぼくらのあまりの興奮にぽかんとしているケンを巻き込み、肩を組んで背中をバシバシたたいて、とにかくはしゃぎまくった。
 ほかのクラスメイトたちもバスの到着を喜んでいるけれど、ぼくらのテンションの高さはそんなもんじゃなかった。

 ほんとうのところ、なにが起きて、どうしてもどれたのかはわからずじまい。
 あの黒い全身タイツみたいなやつらの正体はわからないし、やつらがケンをどうするつもりだったのかも不明なままだ。
 でもぼくらは、「あの昨日」から逃げきった。
 そして大事な友だちのケンを取り戻した。
 キャンプファイヤーも肝試しももう一回、今度こそ全力で楽しむぞ!

 到着した――本来行くはずだった宿泊施設は「ミドリ荘」。広さや建物のつくりは「コトリ荘」と同じくらいだけれど、ずっと新しくてきれいだった。
 玄関にクモの巣なんてなかったし!

「よし、みんなこれからが本番だよ。ハイキングのあとは肝試しもあるから、体力の配分間違えないようにね!」

「おー!」

 ぼくは『ドラゴン・オデッセイ』でこれからダンジョンに突入するときみたいに、班のメンバーに声をかけた。
 ぼくらのチームワークの良さは、今まさに証明されたところだからね。
 今回の冒険も、きっとステキに楽しいものになるに違いないよ!
 さあ、出発だ!

〈完〉
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