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5章. ゆい

machi.70

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悠馬が何時の航空機で、どこの国から帰ってくるのかわからない。
空港は人が大勢すぎて、どこを探せばいいのかもわからない。
もうとっくに到着して、空港を後にしているかもしれない。
そもそも、この空港じゃないかもしれない。

でも。どうしても。
会いたくて。伝えたくて。

どのくらい立っていたのかわからない。
翔も稜さんも巻き込んで、衝動的なことをした自分に落ち込む。
後悔の嵐に引き込まれそうになった、時。

どうしてだろう。
私の目と脳は、悠馬を感じる。

空港の雑踏の中、悠馬の姿だけ、すぐに分かった。
悠馬だけは、どんなに遠くからでも、人ごみに紛れていても、見つけられる。

ゆうま。

ありがとう。大好き。

声が出ない。胸が詰まる。
急に、周りの視線が気になって、悠馬がすごく遠い人のように感じて、ひるんだ。

その時。

「パパ―――…!」

到着ロビー内に、翔の声が響いた。


時が止まったみたいに、周りの喧騒が全てなくなり、スローモーションのように、悠馬がゆっくりと振り向いた。

目が合った、と思った時。
唇に、稜さんの唇がかすめて、

「ゆいっ…!」

悠馬の声が聞こえた。

稜さんの唇が離れた時には、翔と一緒に悠馬の腕に強く強く、抱きしめられていた。

「ち、ちゃんと待ってなくて、…ごめんなさい。リナ、さんが、これを届けてくれて、どうしても悠馬に、会い、たく…」

「ゆい」

気ばかり焦って、何を言っているのか分からなくなった私の耳に、悠馬が唇を寄せた。

一瞬で私をとらえて、どこまでも落とした、甘くて深い、魂をそっと包み込むような悠馬の声が、私の耳元で告げた。

「…愛してる」

いつも。いつでも。
私の中は悠馬だけで。
悠馬だけでいっぱいで。

私が生まれてきた意味は。
今日まであった全ての意味は。

ここにあったんだ。

言葉の代わりに涙が溢れそうになる私に、悠馬はちょっと困ったようなそぶりで、

「ごめん。ちょっと、我慢な」

翔を抱え直すと、いたずらな笑みを浮かべて、

「逃げるぞ」

私の手をつないで、走り出した。

今まで聞こえなかった歓声が一気に襲いかかる。
悠馬が道を開けてくれるけど、大勢に詰め寄られて揉みくちゃにされる。

だけど、悠馬は爽快に笑っていた。

悠馬が笑ってくれるなら。
私は何だってできる。
…大好き。

「離すなよ…!」

遠くから、稜さんの声が聞こえた気がした。
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