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会社近くの交差点で、

「じゃあ、俺ここから直行するから」

今日もクライアント先へと向かう桐生さんと別れた。

と、いうことは柚くんと朝から2人でラブラブ出勤―――!?

そっと隣を伺い見ると、スーツ姿も映えるオフィス街の柚くん。 
新緑の間から朝の光が柚くんの柔らかい髪に降り注ぎ、長い脚を一層際立たせて、無防備に揺れるきれいな指を浮かび上がらせる。

あのっ、あのっ、きれいな指にっ
ちょっと触ってみたりとか、…繋いでみたりとかっ、

気が付けばがっつり鼻息が荒くなる。

え、そうしたら。
ここにいる皆さんに知られてしまうかしら。
この隣の超絶カッコいい男の人は今朝私をキスで起こしてくれたんです―――!!

「…ひかれるよ」

とっくに信号が変わっていて、横断歩道の途中で立ち止まっていた私の手を柚くんが引いてくれた。

んだけど。

…違う。何か違う。

これじゃ保護者に手を引かれる園児じゃ―――ん!

会社ビルに着いた時にはとっくに手は離れていて、誰にも何にも言われることはなかった。…当たり前か。

フロアに着くと課長が神妙な顔をして待ち構えていた。
あ、今日は来てる。

「藤倉くん、早速だけど今日からしばらく広報課に行ってもらいたい」

は?
柚くんに用があったらしい。

「実は今期から我が社の広報モデルに、…」

「紘弥―――っ」

課長が話し終わるより早く、後ろから小柄な塊が私と柚くんの間に割り込み、スーツに皺が寄るくらい強く柚くんに抱きついた。

…美雨さん。

その姿はほんの一瞬で、朝からの浮かれ気分を吹き飛ばした。

「モデルのmiuさん。藤倉くんの奥さんなんだってね。うちの広報モデルを務めてもらうことになったからよろしく頼むよ」

「あ、いや。それは、…」

「紘弥、ミウ頑張るね! 皆さん、いつも紘弥がお世話になっています。よろしくお願いします!」

スタイル抜群の美雨さんは淡い水色のワンピース姿で、大胆に肩を出し、細く長い脚をフリルのスカートからのぞかせている。
フロアの社員から称賛の眼差しと拍手が起こった。

「結婚を公言した以上、すぐに打ち消すのは藤倉グループにとって得策ではありません」

後ろから、冷静な声が聞こえた。
振り向くと、美雨さんのマネージャーの氷室さんが立っていた。

「どうあがいても紘弥くんの気持ちが手に入らないと分かった美雨は外堀を埋めることにしたようです」

この、淡々とした声。細面で知性をうかがわせる容姿。

「真相はどうあれ、世間的に紘弥くんと美雨は夫婦です」

最近どこかで聞いたような声。優男風イケメンと言われて思い浮かぶ顔。

「浮気の代償は重いと言えるでしょう」

はっとして氷室さんを見ると、その理知的な瞳を冷たく光らせた。

「個人的な感情よりも社会的な責任を重んじるのが大人というものではありませんか」

病院で電話をしていたのは。

『次はしくじるなよ、カズマ』

…この人だ。
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