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電車が次の停車駅に着き、乗車口から大量の人と共に外に掃き出された。
カズマさんにほとんど抱え上げられながら、何とか動こうと試みるけれど全く力が入らなかった。

私、何飲まされた?

身体の中を良くないものが巡っている気がして怖い。
このままどうなってしまうのかわからなくて怖い。

プラットホームの中ほどまで行き着いた時、

「あおい!」

人波の中を一陣の風が駆け抜け、ホームの屋根に飛び上がった塊が上から降って来て、背後のカズマさんを蹴り倒した。

「…ハワイじゃ、…」

ホームに倒れ込んだカズマさんが何か言う隙もなく、

「あおいに手出したら殺すから」

柚くんの声が聞こえたような気がした。

「アンドラーシ、確保!」
「犯人確保です! 下がって!」
「すみません、下がってください」

数人の男性たちが物々しい勢いでやって来てカズマさんを取り囲み、

「何? 撮影?」
「事件?」

居合わせた人々の悲鳴や大声が飛び交ってホームが騒然とする。
身体に力が入らず横座りになっていた私は、

「あおい…っ!」

一瞬の後に、苦しいくらい強く柚くんの腕の中に閉じ込められた。

「ごめん、あおい。ごめん、…!」

柚くんの匂い。
柚くんの声。
柚くんの心臓の音。

壊れそうなくらい早く柚くんの心臓が動いている。
私を抱きしめる柚くんの腕が震えている。

何がどうなったのか、全然わからない。

でも、思ってたことがある。
柚くんに会えたら。今度会えたら。
伝えたい。

何か飲まされて、身体の自由が利かなくなって、
このまま柚くんに会えなくなるかもしれないと思ったら怖かった。
もう伝えられないかもしれないって。

今まで、ちゃんと伝えてなかった。
あの日も、黙って出てきてしまった。

本当は一番に伝えたかったのに。

「(柚くん)、…」

声は出ないけど、涙がこぼれた。
柚くんがすごく辛そうな顔をして、私の頬を長い指でたどった。
綺麗な瞳に影を落として、あんまり辛そうに私を見るから胸が痛くなる。
柚くんを抱きしめたいのに、腕が動かない。

「(柚くん、大好き)…」

声が出ない。涙しか出ない。
柚くんの綺麗な瞳が私を映して揺れている。

「(大好き)…」
「…うん」

柚くんが、キスしてくれた。
優しく柔らかく甘く愛おしむように。

すごく安心して、急速に意識が遠のいた。
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