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iiyori.07

03.

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「それで、首尾はどうじゃ?」

何とか女中仕事をこなしている私を呼び出した達磨法師は、約束を忘れていたことを咎める風もなく、期待に満ちた目で私を見てくる。

「首尾、…」
「うむ」
「…とは??」
「うむ??」

達磨法師はパチパチと目を瞬かせながら、

「首尾とは、首と尾っぽ。始めと終わり。物事の成り行きや結果。という意味で、つまり、お前さんに課せられた使命はうまく果たせそうか、ということじゃ!」

このスカタン! と言外に聞こえた。
法師は、こいつアホじゃな、という目で露骨に見てきたけど、引っかかっているのはそこじゃない。これでも一応現役国語教師。首尾の意味くらい分かるわ。

「…私の使命って何ですか?」
「何って若君の暗殺であろう?」

は?

坊主と顔を見合わせる。

「あんさつうううんぐ、…―――っ」

あんまりにも驚いて、大声を上げかけた私の口を坊主が慌てて押さえた。

何、血迷ったこと言ってんじゃ、このぼんくらボーズっっ!!

と、蹴り飛ばしてやりたいところだったけど、

「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台、…っ」

法師がよく分からない呪文みたいなのを唱え始め、一斉に風が私に立ち向かってきて、見えない風圧みたいなのでがんじがらめに縛られて動けなくなった。

「…ふむ。この娘に入れた念は有効。式神としてはまだ使える。思うたより頭が悪かったようじゃが」

動けないのに、法師の弟子たちに左右を固められて、法師は値踏みするようにまじまじと私を眺めた。道に転がったセミの抜け殻を見るような目だった。

バカで悪かったね! と言ってやりたかったけどやめた。

本能が警鐘を鳴らしている。

雪だるまの見た目に騙されてたけど、この法師、ものすごく危険だ。見た目よりずっと怖いし、黒い。変な霊力みたいなの使えるし、しかも結構強力だし、何より穂月を狙っている。

どういうこと? 現代の雪だるまマモルは思い込みが激しいだけで無害だったのに。戦国の達磨坊主は力も強いうえに有害なの??

何がどうなっているのかさっぱりだけど、ひとまずここは法師に従っておいた方がいいような気がする。

「…なえ。若君の膳に蟲毒こどくを入れたな?」

はああ~~~?? こどくう~~~??
こどくって何じゃ? すごく怪しげな響きだけど。それ絶対ダメなやつじゃん。

と、思ったけど。正直すぐに『こどく』を変換できなかったけど。
そこはもう従順に頷いた。

「若君は朝餉から食べておられたか」

知らんがな。と思ったけど、それも頷いた。

「では徐々に効き目も表れよう。今宵はねやにお運びする酒にも入れ、お前が運ぶのじゃ」

誰が入れるか、絶対嫌だし、ボーズ最低っっ、と思ったけど、しっかりと頷いておいた。

「分かりましてござりまする」

声が震えないように気を付けた。
遅ればせながら、『蟲毒』の意味がつかめてきたから。

この人たち、穂月に毒を盛って暗殺しようとしてるんだ。
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