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secret.Ⅳ

03.

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「…足りない」

泣きながらキスしてたら、ウルフに舌をねじ込まれた。

「ウ、…??」

瀕死のくせに。
俺を探る舌先はいつも以上に奔放で容赦ない。
蕩けそうに熱くて甘い舌が、俺を絡め取って混ぜ合わせて、奥深くまで交わって、吸われて食まれる。お互いを求める強さが強すぎて、息が出来ない。それでもまだ。もっと。ずっと深くで繋がりたい。

ウルフにしっかり押さえこまれて、離れたくなくてしがみついて、ウルフの体温に包まれた。最後まで、ウルフしか見えない。ウルフしか聞こえない。ウルフしか感じない。

「…皇帝陛下、あ、…あれは、…っ!?」

溶けるくらいウルフに密着していた俺が、周りの騒がしさに気づいたのは少し経ってからだった。塔の天井に残る橙龍国軍隊がざわめいている。

薄っすらと目を開けると、夢みたいに綺麗なウルフの顔が虹色に包まれて見えた。

…え、虹色??

しっかり目を開けると、ウルフの底まで見通すような澄んだ青い瞳と目が合った。

「ウ、…っ」

長いまつ毛に縁どられた目は強い光に煌めいている。苦しそうでもないし、顔には生気が戻っている。何より俺を捕えて離さない美しい青い瞳が不敵に微笑んでいる。

「…余裕だな、ライ?」

いや、それはこっちの台詞だろっ!?

ウルフの深いキスにいっぱいいっぱいなのはいつものことだけど、ウルフは瀕死の重傷だし、万が一のことがあったらどうしたらいいか分からないし、状況的に今ほど余裕がないこともないって感じなのに、なんでか虹色の光に包まれているから呆然としてしまった。そんな俺の唇を食みながら、ウルフの強い視線が射抜く。いつの間にか、ウルフの状態が良くなってる!?

「ウルフ!?」

服の裾から背中に手を突っ込んでみると、滑らかな肌触りが続くばかりでどこにも銃創が見つからない。

「え、…あれ、…!?」

俺を見つめるウルフは顔色もいいし、呼吸はなまめかしいし、肢体はしなやかに力強く俺をしっかりと支えてくれている。

「お前、怪我どうしたんだよ!?」

疑問符しか浮かばない俺と全く同じ状態で、ぽかんと口を開け、あっけにとられた表情で塔の中を見下ろしているトウマと橙龍国軍人たちの姿が虹色の光に透けて見えた。

「お前がいれば、俺は死なない」

ウルフが甘やかに瞳を揺らすと、俺の頭の後ろを手を差し入れて、戯れるような軽いキスを繰り返した。

『やはりあなた様は始龍さまの半身。魂の片割れであられましたか。あなた様とライは互いを癒し高め合う存在。どうか末永くライをお頼み申しまする』

ふいに、婆の言葉が甦った。
あれは、霧の谷で銀色の狼を連れ帰った時のこと。銀狼はヒグマにやられたらしく深い傷を負っていたけど、一晩で奇跡みたいに治ってた。銀狼はウルフのもう一つの姿、…

「トマシウス様、龍が、…龍が、…っ」
「あれは伝説の虹龍にじりゅう。始龍神が甦ったお姿ではございませんか!?」

ウルフに抱かれて、温かな虹色の光に包まれて、俺たちはゆっくり飛翔していた。天上の塔の頂、石造りの天井をすり抜け、唖然としている橙龍国軍を横目に、朝焼けに澄んだ広大な空を虹色に照らしながら、緩やかに地上を見渡していた。

「始龍様、始龍様、…っ」
「始龍神が甦った! 大陸を創造した伝説の虹龍が甦られたっ!!」

軍人たちが空を見上げ、次々とひざまずいて首を垂れる。言葉を無くして呆然と成り行きを見ていた橙龍国皇帝トマシウスも、力なくその場にくずおれた。遥か地上でも人々は突如現れた虹色の空を崇めながら、地にひれ伏して祈りを捧げていた。

「俺たちは融合すると虹龍になる」

ウルフの低い声が甘く柔らかく耳をくすぐる。ウルフにしっかり抱きしめられたまま空に浮かぶ俺の周りは虹色の光で満たされ、巨大な龍を形作っていた。
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