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07.

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ようやく発作が収まり、何とか普通に息が出来るようになった。

「…すみませんでした」

嘔吐感も収まって、周りの状況を気にする余裕も生まれた。私が汚してしまったものを黙々と片づけてくれた白衣姿の人に頭を下げたが、無表情な顔には何の感情も読み取れず、片付けが終わると無言のままさっさと部屋を出て行ってしまった。

私がいるのは病院のような白い壁に囲まれた一室で、窓から見える景色に多くの建物は見られず、広い敷地内に立てられた研究施設のようだった。

「そう、ここは国と令和大学が共同で創設した研究施設だ」

黒革張りのソファに座って重みのある声で話すのは、南条公親《なんじょうきみちか》議員その人で、生で見るのは初めてだった。

「くれぐれも彼女に余計なことをしないで下さいよ」

南条さんは父親である南条議員に苦々しげにくぎを刺して、汚れた服を着替えに一度部屋を出て行った。議員は両隣を三人の男性に囲まれていて、1人はSPで、1人は秘書さんと思われ、もう1人、片付けを終えて戻ってきた白衣姿の人はこの施設の人のようだった。

「単刀直入に言うがね、君の恋人である雨瀬季生には時間がない。彼は羽人はねびとと呼ばれる特異な身体をしていてね、20歳前に羽化すると背中に生えた翼で飛べるようになるんだが、その後まもなく羽を失って死んでしまう」

多分、南条議員はデリカシーという部分で問題があると思う。
季生くんの羽については佑京くんと調べてある程度の推測は出来ていたけど、衝撃が大きいし、だいたいなぜ私がここにいて、何がどうしてそこに繋がっているのかさっぱり分からない。

「先生、単刀直入に過ぎませんか。彼女に理解できるかどうか、…」

私の様子を見て、秘書と思われる人が議員に耳打ちをする。

「ふん、事務職の馬鹿はこれだから使えん。詳細は拓海たくみにでも説明させるか。私は忙しいからな。とりあえず、そこの事務女」

拓海というのは南条さんの名前で、事務女、…ってのは私、だよね。
知的で温厚、実践力が売りの南条議員だけど、素顔が180度違っていて、どうにも失礼過ぎるんですけど。

「まもなく雨瀬が来るだろうから、我々に協力させるんだ。彼を死なせたくなければな。我々は羽人について雨瀬以上の知識がある。彼を救えるのは我々しかいない」

不信感をあらわに見返すも、まるで頓着する様子がなく、南条議員は言いたいことだけを言うと、徐に胸ポケットからスマートフォンを取り出し、

「…ああ、私だ。女が気づいた。羽人が来るまでにはもうしばらくかかりそうだから、私は一度事務所に戻る。医療推進プロジェクト会議には予定通り出席するから準備しておいてくれ。ああ、いや。息子は置いていく」

慌ただしく話し出して席を立った。
その間に着替えたらしい南条さんが戻ってきて、

「仕事に行ってくる。事務女に事情を説明しておいてくれ」

議員と入れ替わった。
秘書さんとSPらしき人も議員を追ってバタバタと出て行ってしまい、部屋には南条さんと白衣の男性が残った。

「ゆりのちゃん、騒々しくてごめんね。危ないことはないから落ち着いて欲しい。こっちに座って、よかったら飲んで」

南条さんが私をソファに促して、持って戻ってきたペットボトルのお茶をテーブルに置いた。まるで信用できなかったし、不快感と嫌悪感でいっぱいだったけど、季生くんに関することは無視できないから渋々ながら向かい合わせのソファに座った。

「ゆりのちゃんは弟くんが羽人ってことは知っているのかな」

私が座るとひどく疲れた顔をして南条さんが話し始めた。

「背中に羽があることは知っています」
「あの羽は未来革新プロジェクトの一環で人為的に作られたものなんだ」

南条さんが言うと、

「ご子息、プロジェクトの話は、…」

南条さんの隣に座っている白衣姿の人が咎めるように口をはさんだけど、

「こんな手荒なことをしてちゃんと説明しないと信用してもらえないでしょう。彼女には雨瀬くんを説得してもらわないとならないんでしょう?」

南条さんがそれを押し返すと不満気ながらも押し黙った。
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