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2章.憂鬱インターンシップ

13.

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オニヤンマがタクシーで自宅マンション前まで送ってくれた。

セレナとケイくんとは、隠れ処風料亭の前で別れた。セレナが全面的にケイくんに甘えていて、『穏やかっていうか、安らぐっていうか、恋って楽しいものだったんだなぁって思い出した』というセレナの新しい恋が、楽しいばかりでありますようにと願った。

けど、タクシーに乗り込んだらそれどころじゃなくなった。

隣り合わせに座るオニヤンマとの距離が妙に近い気がする。多分私が慣れてないだけなんだけど、沈黙に微妙な甘さがあって、オニヤンマのくせに「侑さん」みたいな顔に見えてくる。

「…大人しいな」
「いつも通りですっ」
「ふうん?」

オニヤンマが私の髪を一房摘まんで弄ぶ。
そういうこなれた感じを出すのはやめて欲しい。なんか心臓がしゃっくりしてるみたいに暴れて落ち着かない。

「…くる? 俺の部屋」

「む、…っっ」

オニヤンマが摘まんだ髪に唇を寄せるから声がひっくり返った。
無駄にドキドキさせるのやめてくんないっ⁉

「む?」
「…むり、です」

蚊の鳴くような声で言って、顔を伏せた。無理。いろいろ無理。こういうの慣れてないから本当に無理です。

「仕方ねえな」

伏せた髪にオニヤンマの柔らかい笑い声がかかる。

「味噌は明日持って行ってやるか」

大きな手が私の髪を優しく撫でた。

恥ずかしい。ただの社交辞令みたいな慰めなのに自分だけ意識している。もっと卒なくクールに軽く受け応えられたらいいのに。

「お前、ホント。こんな隙だらけでよく、…って、雨宮ななせのおかげか」

オニヤンマが何かつぶやいて、そのままポンポン頭を撫でた。

別にオニヤンマは私のこと好きとかじゃないのは分かっている。
オニヤンマ侑は、一見怖いけど実は親切な会社の経営者兼ドクターで、仕事柄弱っている人を放っておけないんだろう。からかい半分で元気づけようとしてくれてるんだろう。だから普通にさり気なく自然に動じずいきたいのに。誰か今すぐ私の恋愛偏差値を上げてくれ。

「じゃあな、つぼみ。また明日」

マンション前でタクシーを降りて、エントランスまで送ってくれた。オニヤンマ侑は過保護だと思う。

「あ、…りがとうございました」

深々と頭を下げて上げたら、

「…つー?」

見知った声に名前を呼ばれた。
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