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3章.歪曲インフォメーション

09.

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「お前にそんな器用なこと、出来るわけないだろ」

データ改ざんの疑いをかけられた件について、侑さんはたった一言で切り捨てた。侑さんと二人、暮れがかった屋上で、壁面に背を向けて並んで座り込んでいる。

「遅くなって悪かった」

やっと涙が止まったけど、私はまだみっともなくしゃくり上げていて、頭の上に置かれた侑さんの大きな手がなだめるように弾んでいる。状況も顧みずに泣いてしまった自分が恥ずかしい。でも、侑さんの広い胸が優し過ぎた。絶対的に信じてくれる人がいるということが、こんなに嬉しいことだと思わなかった。

「メインコンピュータのカルテは厳重に管理されている。医師同士でも担当外のカルテにはアクセス出来ない。それを打ち破ってるんだから相当高度なコンピュータスキルを持ってる奴の仕業だ」

侑さんの声が静かに響く。

無実を信じてもらえて何よりなんだけど、要するに、お前にそんなスキルはないと断定されている。…ような気もしないでもない。いや、まあ、事実その通りなんだけど。

「患者を狙った犯行に内部の人間が手を貸した。スタッフルームのパソコンに時限ウイルスを仕込んだ可能性が高いと思う。ふざけやがって、俺の病院でそんな勝手をさせてたまるか。絶対に犯人を捕まえる」

隣をそっと伺い見ると、侑さんが相当な怒りを静かに燻らせているのが分かった。

「時限ウイルス、…」

つまり。

スタッフルームのパソコンで私がデータ入力した時間帯に、同じパソコンからカルテの改ざんが行われた訳だけど、実際にはもっと前に改ざんのウイルスが仕込まれていた、ってこと?

「医師が患者のカルテを記入したのは、昨日。それ以降、あのパソコンを使ったのは、医療チームのチーフ繁田智花と研修のお前、そして、…」

侑さんは言葉を切って少し痛そうに顔を歪めた。

スタッフルームの状況を思い返してみる。あのパソコンは通常繁田チーフにアクセス権限があり、今回のインターンシップで私とセレナが研修のために触らせてもらっている。

普通に考えれば、仕込んだのは私かチーフか、…セレナ?

頭から冷水を浴びせられたような。心臓が冷たい手に搾り取られたような。嫌な悪寒が背筋を登った。

「セレナはそんなこと、…」

するはずがない、と言いかけて言葉を飲んだ。侑さんの表情は凍えるほど冷たく苦悩に満ちて見えた。

恐らく、侑さんは犯人に心当たりがあって、それは疑うのが辛い人なんだ。
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