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24.愛しの旦那様奪還作戦③
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唇に触れる、何か慎ましやかな感触に、ガマニエルは目を開けた。
あれ。今、俺、…
目の前には瞳を閉じたアヤメの顔。
伏せたまつ毛が影を落とす。神々しいくらい真剣な面持ち。
え。え、いや、え、…
瞬く。何度も瞬く。瞬いて、…瞬く。瞬きの速さに動揺が表れる。
もしかして、俺、今アヤメにキスされてる??
自覚した途端、一気に顔に熱が集まり、心臓が爆速で動き出す。
肩口にアヤメの小さな手の重みを感じ、無意識にアヤメの身体を支えると、弾かれたようにアヤメが目を開けた。
あ、…
「旦那様?」
アヤメが真っすぐに自分を覗き込み、その瞳の奥に安堵の光が灯った。
「旦那様、良かった! 目覚められたんですね!」
言って、しがみ付いてきたアヤメをともかく大切に支えながら、認識力ははるか遠くに飛ばされたままなかなか戻ってこなかった。
俺、今アヤメにキスされてた??
確かに。確かに唇にほのかな感触があった。でも正直、慎まし過ぎてよく分からなかった。甘いとか酸っぱいとか全然分からなかった。嘘だろう? 何でこんな人生最大級に大事なイベントの記憶が曖昧なんだ? こ、…これは、やり直しを希望してもいいものだろうか?
「アヤメ、…?」
ガマニエルは事態を把握できないまま、でもその一番大事な部分だけは是が非でも確認しようと、そろそろとアヤメを覗き込むと、
「あ! 他の皆さまも解いて差し上げなくては」
アヤメが勢いよく頭を上げ、顎に不意打ちの頭突きを食らうことになった。
「ごめんなさい、旦那様。大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫だ」
純粋にガマニエルの顎を心配するアヤメに、不埒な考えを見透かされる前に、食い気味に引き攣った笑みを返す。
実際アヤメの小さな頭がぶつかったところで大して痛くもかゆくもないわけだが、衝撃で視界が開け、自分は今、見渡す限り一面銀世界の中、壮大な氷の渓谷にいて、周りには氷の彫刻がずらりと並べられているという異常事態にあることを知った。明らかにキスのやり直しなどを希望している場合ではない。
「あ~あ、解けちゃったぁ」「綺麗な彫刻だったのにね~」
「一番強い像だったのにぃ~」
雪女たちが身体をくねらせながら空中に浮かび、氷の彫刻の間をふらふら巡っている。よく見ると、彫像にされているのは、腹心の部下だったり、迷惑な他国の王子だったり、認めた覚えのない弟分だったりした。
「姫さまっ、姫さま、お見事ですっ‼ ブラボー! bravo!」
更には仁王立ちで拍手喝采しているばあやの姿も見える。
いやでも待てよ。
この状況でキスしてきたのはアヤメの方だから、絶対にダメということもなくもないんじゃ、…
チラリと浮かんだあきらめの悪い考えに、ばあやの目がきらりと光る。
どうにも、ばあさんの目の中に、からかいというか冷やかしというか、何か含むものを感じる。キモガマのくせに公衆の面前で姫さまとちゃっかりキスしやがって、みたいな声が聞こえてくる。
やり直しなどしたら刺されるかもしれない。
「じゃあ、失礼しますわ」
状況を検討している間に、気が付けばガマニエルの腕の中から抜け出したアヤメが、隣に立つトカゲ族長マーカスの彫像に登り、あろうことかその可愛い唇でごつい氷に触れようとしていたので、
「おい、ちょっと待て」
ガマニエルは全力で引き留めた。
俺の嫁は一体何を!?
慌てた余りアヤメの首根っこを掴み、猫のように宙づりにしてしまったが、
「王子様には目覚めのキスが必要なんです」
振り返ったアヤメがあっけらかんとした調子で言い放ったので、思わずさらに高く掲げ持ち、下から観察してしまった。
「…旦那さま、高いです」
いや。俺の嫁が小悪魔にすぎる。
説明を聞いてみれば、雪女たちに氷漬けにされた彫像は相思相愛の証明で元に戻るらしい。なるほど、それでキスか、と頷きかけて、相思相愛!? と立ち止まる。つまり、俺はアヤメが好きで、アヤメも俺が好き。究極の両想い!? ガマニエルがニヤニヤを抑えきれず、柄にもなく口角をぴくぴく引き攣らせていると、
「まあ、恋愛じゃなくてもいいんだけどぉ」
「敬愛とか」「友愛とか」「師弟愛とかね~」
雪女たちがふて腐れたように放つ余計な声が聞こえてきた。…なんだとお?
「なるほど、分かりました。では、ここはばあやが一肌脱いで進ぜましょう!」
気分の乱高下に戸惑いを隠せないガマニエルを置き去りに、ばあやが雄々しく進み出て、氷漬けになっているガマニエルの従者、ガラコスとルキオに勢いよく口づけていった。
「…げ」「…ろ」「お、…」「え、…」
氷から解き放たれたガラコスとルキオが蛙特有の丸い目をさらにまん丸に見開いて、ゲロゲロ鳴いた。言葉にならないらしい。
「おお、相思相愛なんか!」
ばあやが乙女チックに頬を赤く染めるのを見て、
「ゲロ」「ゲロゲロ」「う、…」「え、おえ、…」
蛙獣人の従者はゲロゲロ鳴きが止まらない。いたいけな部下に縋るような目で見られ、
「相思相愛とか、嘘なんじゃないか?」
試しに氷漬けのマーカスに軽く触ってみたら、
「アニキぃぃぃ~~~~~っ」
瞬時に解き放たれたごつくてデカいトカゲ男に抱き着かれて吐きそうになった。これ、相思相愛とか絶対嘘じゃねーか。
「…おーじ、浮気」「浮気」
お前らのせいだろ!
あれ。今、俺、…
目の前には瞳を閉じたアヤメの顔。
伏せたまつ毛が影を落とす。神々しいくらい真剣な面持ち。
え。え、いや、え、…
瞬く。何度も瞬く。瞬いて、…瞬く。瞬きの速さに動揺が表れる。
もしかして、俺、今アヤメにキスされてる??
自覚した途端、一気に顔に熱が集まり、心臓が爆速で動き出す。
肩口にアヤメの小さな手の重みを感じ、無意識にアヤメの身体を支えると、弾かれたようにアヤメが目を開けた。
あ、…
「旦那様?」
アヤメが真っすぐに自分を覗き込み、その瞳の奥に安堵の光が灯った。
「旦那様、良かった! 目覚められたんですね!」
言って、しがみ付いてきたアヤメをともかく大切に支えながら、認識力ははるか遠くに飛ばされたままなかなか戻ってこなかった。
俺、今アヤメにキスされてた??
確かに。確かに唇にほのかな感触があった。でも正直、慎まし過ぎてよく分からなかった。甘いとか酸っぱいとか全然分からなかった。嘘だろう? 何でこんな人生最大級に大事なイベントの記憶が曖昧なんだ? こ、…これは、やり直しを希望してもいいものだろうか?
「アヤメ、…?」
ガマニエルは事態を把握できないまま、でもその一番大事な部分だけは是が非でも確認しようと、そろそろとアヤメを覗き込むと、
「あ! 他の皆さまも解いて差し上げなくては」
アヤメが勢いよく頭を上げ、顎に不意打ちの頭突きを食らうことになった。
「ごめんなさい、旦那様。大丈夫ですか?」
「もちろん、大丈夫だ」
純粋にガマニエルの顎を心配するアヤメに、不埒な考えを見透かされる前に、食い気味に引き攣った笑みを返す。
実際アヤメの小さな頭がぶつかったところで大して痛くもかゆくもないわけだが、衝撃で視界が開け、自分は今、見渡す限り一面銀世界の中、壮大な氷の渓谷にいて、周りには氷の彫刻がずらりと並べられているという異常事態にあることを知った。明らかにキスのやり直しなどを希望している場合ではない。
「あ~あ、解けちゃったぁ」「綺麗な彫刻だったのにね~」
「一番強い像だったのにぃ~」
雪女たちが身体をくねらせながら空中に浮かび、氷の彫刻の間をふらふら巡っている。よく見ると、彫像にされているのは、腹心の部下だったり、迷惑な他国の王子だったり、認めた覚えのない弟分だったりした。
「姫さまっ、姫さま、お見事ですっ‼ ブラボー! bravo!」
更には仁王立ちで拍手喝采しているばあやの姿も見える。
いやでも待てよ。
この状況でキスしてきたのはアヤメの方だから、絶対にダメということもなくもないんじゃ、…
チラリと浮かんだあきらめの悪い考えに、ばあやの目がきらりと光る。
どうにも、ばあさんの目の中に、からかいというか冷やかしというか、何か含むものを感じる。キモガマのくせに公衆の面前で姫さまとちゃっかりキスしやがって、みたいな声が聞こえてくる。
やり直しなどしたら刺されるかもしれない。
「じゃあ、失礼しますわ」
状況を検討している間に、気が付けばガマニエルの腕の中から抜け出したアヤメが、隣に立つトカゲ族長マーカスの彫像に登り、あろうことかその可愛い唇でごつい氷に触れようとしていたので、
「おい、ちょっと待て」
ガマニエルは全力で引き留めた。
俺の嫁は一体何を!?
慌てた余りアヤメの首根っこを掴み、猫のように宙づりにしてしまったが、
「王子様には目覚めのキスが必要なんです」
振り返ったアヤメがあっけらかんとした調子で言い放ったので、思わずさらに高く掲げ持ち、下から観察してしまった。
「…旦那さま、高いです」
いや。俺の嫁が小悪魔にすぎる。
説明を聞いてみれば、雪女たちに氷漬けにされた彫像は相思相愛の証明で元に戻るらしい。なるほど、それでキスか、と頷きかけて、相思相愛!? と立ち止まる。つまり、俺はアヤメが好きで、アヤメも俺が好き。究極の両想い!? ガマニエルがニヤニヤを抑えきれず、柄にもなく口角をぴくぴく引き攣らせていると、
「まあ、恋愛じゃなくてもいいんだけどぉ」
「敬愛とか」「友愛とか」「師弟愛とかね~」
雪女たちがふて腐れたように放つ余計な声が聞こえてきた。…なんだとお?
「なるほど、分かりました。では、ここはばあやが一肌脱いで進ぜましょう!」
気分の乱高下に戸惑いを隠せないガマニエルを置き去りに、ばあやが雄々しく進み出て、氷漬けになっているガマニエルの従者、ガラコスとルキオに勢いよく口づけていった。
「…げ」「…ろ」「お、…」「え、…」
氷から解き放たれたガラコスとルキオが蛙特有の丸い目をさらにまん丸に見開いて、ゲロゲロ鳴いた。言葉にならないらしい。
「おお、相思相愛なんか!」
ばあやが乙女チックに頬を赤く染めるのを見て、
「ゲロ」「ゲロゲロ」「う、…」「え、おえ、…」
蛙獣人の従者はゲロゲロ鳴きが止まらない。いたいけな部下に縋るような目で見られ、
「相思相愛とか、嘘なんじゃないか?」
試しに氷漬けのマーカスに軽く触ってみたら、
「アニキぃぃぃ~~~~~っ」
瞬時に解き放たれたごつくてデカいトカゲ男に抱き着かれて吐きそうになった。これ、相思相愛とか絶対嘘じゃねーか。
「…おーじ、浮気」「浮気」
お前らのせいだろ!
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