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【札幌民主自由国記】
調序(時空転移は突然に)
平声<ヘイセイ>30年(2018年)12月、世間はクリスマス商戦の真っ最中である。街行くお父さん・お母さんはお子さんのクリスマスプレゼントを買うサンタさんになり、彼氏のいる女の子は恋人がサンタクロースになったりするすっかり日本のお祭りと化した風物詩である。クリスマス・イヴを過ぎるとスーパーなどでは『春の海』などがかかり、お正月商戦が始まるという切り替えの早い国でもある。
今年もつつがなくクリスマス・イヴも過ぎるはずだった。
が、突如として巨大な積乱雲が札幌上空を覆ったのである。
「おい!なんで12月に入道雲ができるんだよ!異常気象じゃすまねえぞ!」
街行く人々はざわつきながら上空を見上げ口々に騒いでいた。やがて騒ぎはパニック状態と化していく。
「おい!なんかヤベェぞ!」
「いいから逃げろ!」
「逃げろってどこに?」
「どこでもいいから逃げろ!」
なんとか助かろうと他人にはお構いなしに少しでも安全な場所へと人々は群集心理もあってか逃げ行くところが正しいのかもわからずに逃げ惑う。何から逃げているかもわからない状況にパニック状態を収めることはもはや不可能であった。
その時である。札幌を覆う巨大な積乱雲から雷鳴が轟き巨大な磁場を引き起こしながら札幌の街や人果ては自衛隊まで何かを選別するかのように所々巻き込みながら勢いを増し、そして収束した。残された台地はまるで神隠しに遭ったかのようであった。
世に言う『平声神隠し』である。
この物語は、平声神隠しに遭った人々と自衛隊などの人々が神隠しに遭ったさきの時代で、生き延びていく物語である。
調一話(混乱と混迷)
空が晴れて視界が開けたその時、目に飛び込んできたのは勝和<ショウワ>レトロな建物たちだった。
「ここはどこだ?」
「映画の撮影なわけないよな?」
ふと思い出したように一人の女性がスマホをいじろうとした。
「嘘!バッテリー満タンなのに圏外?」
その一言を皮切りに周りの人々にもそれは伝染した。
「マジでか!俺のも圏外?」
「アタシのも?」
非現実的で想像したくなかったが勝和レトロな建築物とスマホの常時圏外の状況を踏まえるとこの時代に『時空転移』したものと判断せざるを得ない。
判断したくなかったのかもしれない。そんなことは漫画や小説とかドラマの世界のお話だと思っていたからに他ならないからだ。
内藤優馬<ナイトウユウマ>もその集団の一人だ。某国立大学への進学が決まっていたが北海道を出ようとした矢先に時空転移に巻き込まれてしまった。
「俺はいったいどうすればいいんだ?」
途方に暮れる優馬の心から漏れてきた言葉に答えられる者は居なかったかに思われた。
「内藤君?」
突然自分の事を呼ぶ女性の声がしたので驚きつつも振り返ると、
「君塚さん?無事だったのか!」
君塚令佳<キミヅカレイカ>は内藤優馬と同じ大学に通う予定の同年代の高校からの友人の一人だ。
「ええ、不幸中の幸いにね」
そう言いつつ彼女は話を続けた。
「この状況を考えたらここは私たちがいた時代じゃないと考えるのが自然だわ」
「やけに冷静じゃないか」
「慌てふためきそうなときほど冷静にならないとね。こんな状況下で冷静さを欠いたら死ぬわよ?内藤君」
「脅かすなよ。今の状況がそれだけ深刻で緊迫したものであることはわかったよ」
話の内容から空気を読んでそう答えたものの優馬は事の重大さをまだわかっていなかった。
優馬は近くの民家を訪ねた。
「ごめんください」
「あいよ、なんだい?」
気の良さそうなおじいさんが顔を出してきた。が、優馬たちの姿を見るや否や
「なんだ!お前らのその異様な格好は!怪しい奴め!」
尋常ではない緊迫した空気を感じた優馬たちは這う這うの体で逃げ出してきた。さっきのおじいさんは恐らくは警察や軍などに不審者が付近にいると通報したに違いない。この場所にこれ以上いるのは危険だ。
「これからどうするの?」
「俺たちがここにいるのならかけてみてもいい場所がある」
「どこなの?」
「陸上自衛隊札幌駐屯地さ!日中の今からなら日没くらいには着くはずだよ!」
『言うは易し行うは難し』という諺があるがまさにそれだ。
日中にその場を出発した優馬たちを含めた20名ほどの集団は道端に落ちている自分たちの時代から紛れ込んだであろう行先の道路標識を頼りに太陽と日が暮れるにつれて北極星を頼りに目的地を目指した。
日没となり心が折れそうになる者も勿論いたが心が折れた先に訪れるのは速やかなる『死』がまつのみである。その最悪の状態を避ける為に足を棒にしながら札幌駐屯地を目指しているのだ。死んでしまったら元も子もない。
お互いを励ましながら目的地をひたすらにただひたすらに目指し続けて、漸く札幌駐屯地と思しき施設が見えた。これがもし陸軍基地だったとしたら俺たちは苦労してここまで殺されにはるばる来たことになる。そんな思いに苛まれていたが流石に考えすぎだったようだ。
そこはどういう理屈でこの時代にやって来たのかわからないほど見事なまでに自衛隊の駐屯地だった。警衛の人が応対してくれた。
「皆さんのように安全を求めて避難される方がたくさんいらっしゃっています。お疲れでしょう。ひとまずお休みになられてください」
自衛隊の優しい対応に感謝しつつ、お言葉に甘えて休むことにした。既に辺りは暗い夜空だ。ここまでどれだけ歩いたかもう覚えていない。俺たちは泥に沈んでいくように眠りに落ちていった。そして夜が明けた。
調二話(田ノ浦真守の憂鬱)
札幌駐屯地の田ノ浦真守<タノウラマモル>一等陸佐(一佐)は、避難者の対応に忙殺されていた。
とにかく今回の天変地異的災害の実態も全容もわからない。通信網はことごとく無力化しており、道内の駐屯地等への連絡もままならない。
「まさか、この札幌駐屯地以外の自衛隊はいないのか?」
それは最も考えたくもない発想であった。
「50.000名程の戦力がこの時代にどれほど役に立つのだろう?」
田ノ浦はある考えがあって避難者の情報管理のために保険証やマイナンバーカードや免許証等を照会させてもらうことで迅速に名簿作成を済ませようとした。
「これは本来はお役所の仕事だ…」
ボヤキはするものの役所とも連絡が取れないうえに手の空いた隊員もいない。目の前の雑事を片付けて田ノ浦一佐自ら役所なり北海道庁なりを訪ねるしかなさそうだった。
そして身分照会を試みたがデータベースにアクセスできないという根本的な問題にぶちあたり、手作業による確認に変更したためにさらに仕事が増え、長く待たされた避難者は疲労とイライラが溜まり険悪な空気さえ漂い始めた。
「まだかよ…」
避難者が思わず漏れこぼしたその声を聞いてしまった隊員は、「こっちは必死でやってんだよ!」と心の中で舌打ちした。
「上の人間はこんな時に身分照会だなんて何を考えてんだか」
隊員は愚痴りながら指示通りに個人情報の仕分けをしていると隊員向け仕分けガイドラインの狙いに気づいた。
「札幌市民の有権者のデータベースの構築が最優先される仕組みになってるぞこれ」
隊員は気づきはしたが気づかないふりをしてお茶を濁した。「知りたがりは早死にするもんな」心で呟いて知らないふりを通した。
翌日になって近隣を探索すると我々側の小中学校が確認された。そこで順次そちらへ避難者に移ってもらうことにした。
その結果札幌駐屯地に溢れすぎていた避難者はバランス良く避難所となった各地の体育館に移った。しかしもたもたしていたら避難者の不満は限界に達し暴発しかねないだろう。そうなってはならない。この時代に我々はイレギュラーな存在だ。暴走した行為が行われれば市民は鎮圧され、最悪の場合は死者が出ることだろう。
「そんなことがあってはならない」
田ノ浦(一佐)は強く肝に銘じて事に当たることにした。
今現在、田ノ浦(一佐)たちに自衛隊の行動基準を示す政府のいない中で田ノ浦(一佐)たち現場の人間は何者かに襲撃された際には生存権の行使か国民(時空転移して来た人々のこと)の安全の確保における警護目的の武力行使を緊急一時措置として専守防衛の範囲内で対応することとした。
「このままでは、俺たちは謎の武装勢力扱いになるだろう。誰か文民として統制してくれる政治家がいないものか…」
俺が呟いているのを漏れ聞いたのだろう。唐渡征二<カラワタリセイジ>陸士長が切り出してきた。
「北海道知事が適任だと思いますが」
「それは何故だ?」
「士長の私が言うのもなんですがこの先この世界で生き抜こうとしたら、我々の世界の北海道知事の指揮下で行動すれば暫定的にせよ問題は今よりは改善されると思うのです」
そんなやり取りをしていると一台の公用車が札幌駐屯地を訪れてきた。
北海道知事『矢矧須津香<ヤハギスツカ>』その人を乗せた公用車である。
調三話(あの引き金を引かせるのはあなた)
どう見ても我々の時代の公用車から降りてきた女性は深々と頭を下げて、
「北海道知事の矢矧須津香と申します。こちらの駐屯地の責任者の方はどちらにいらっしゃいますか?」
「私がこの駐屯地の暫定的責任者の田ノ浦真守(一佐)です。我々も知事をお探ししようとしていた矢先だったのです」
「ということは、私に期待されることはあなた方を預かる立場につけと仰りたいのですね?」
「端的に言えばそうなります」
「しかし事は急ぎます。有権者リストなどの作成はできているのですか?」
「避難者名簿の作成の際に、未成年者と分けてリスト化されております」
「では、急ぎ住民投票をしなければいけませんね」
そう矢矧須津香知事が言い放った真意を田ノ浦は聞いた、
「住民投票で何を住民に問うのですか?」
「札幌臨時政府の樹立と私による暫定政府の承認です」
「あなたに我々に引き金を引かせる覚悟がありますか?」
「なければわざわざここまで来ることはないでしょう。あなた方に背負わしてしまう業を私も共に背負いましょう」
考えていること、理想、覚悟は素晴らしいことだと田ノ浦は純粋に思った。もしも、この人が口先だけの政治家であったならそれを見抜けなかった俺は死ぬだけでは償えないだろうとも強く思った。
勿論、そのような香りのする胡散臭い政治家連中は腐るほど見てきた。俺にだって人を見る観察眼くらいは人並みにあるという自負があるのだ。
「ここまでは一個人の見解を交えました。札幌市長が安否不明という報告が入っていますので住民投票が終わるまでは暫定的に知事であるあなたの指揮下に我々自衛隊はお預かりとなりますので宜しくお願いします」
「わかりました。札幌の警察力が著しく低下している現状ではあなた方自衛隊による治安維持が頼りです。住民投票の方は議会で速やかに議決が成されるでしょう。あとは民意を問うまでです」
「投票の争点は?」
田ノ浦は核心を突いた。
「私をトップとして承認するかしないかです」
(この人策士だ…)田ノ浦はそう思った。そしてここから先は自衛隊がかかわるべき案件ではないと判断した。
調四話(部下よさらば)
緊急住民投票選挙管理委員会が組織され、準備が急ピッチで進められた。
その間も、札幌市民の安全確保のために札幌市周辺の警戒を続けていたある時だった。
突然、唐渡征二(士長)は大賀誠<タイガマコト>一等陸士(一士)を突き飛ばした。
「大賀ボケっとしてんじゃねぇ!」
タンッ!発砲音と共に唐渡(士長)は崩れ落ちた。腹に温かいモノを感じる。唐渡は消えゆく意識の狭間で大賀が必死に何かを自分に叫んでいる。(へっ、人の心配してる暇があるかよ。次はねぇぞ。)その心を最後に彼の命は最期を迎えた。
大賀は冷静さを失い敵と認識した人間に発砲した。自衛権とかそんなことを考えていられない状況だった。
あとから判明したことだが、唐渡たちに銃弾を放ったのはこの時代に詳しい隊員によると帝国陸軍第七師団の斥候部隊である可能性が高いとのことだった。斥候部隊は被害を出すことなく撤退したらしく目的の全容を掴むことはできなかった。確かなことは我々は帝国陸軍をはじめとする大日本帝国から攻撃対象として認識されていることである。
「未確認の武装組織が突然現れたら偵察もするし必要があれば攻撃もしてくるよな。唐渡が殉職かとうとう犠牲者が出たか」
報告を受けた田ノ浦はなるだけ冷静に受け答えし、表面上は動揺を見せなかった。心の内の動揺は覚られまいと冷静な指揮官を演じた。
「とうとう自衛隊が銃の引き金を引く事態になったか」
平声から勝和に来てしまったことも衝撃だったが自衛隊が実際に銃口を敵に向けて引き金を引く事態にいつかはなるだろうとは覚悟していたがこうも早く訪れるとは思っていなかった。
調五話(選挙【苦】自衛隊)
避難所各地を住民投票の投票所とした選挙管理委員会は自衛官に警護されながら各避難所に選挙の説明会を開き投票への理解を求めた。
住民も不安と不満が入り交じった感情の中で行き場のない怒りにも似た憤懣を抱えていた。
そこへ『札幌独立政府承認可否に関する住民投票』というわかりやすい目的が示されたのだ。
「承認の可否って言っても承認されなかった場合の説明がねぇな」
鋭いところを突いている中年男性の指摘の通り住民投票の形をとっているものの選択肢を与えているようで実際は一択である。そして、何事もなく三日間の思考時間を経ていよいよ住民投票が始まった。この間も警備・警護・治安維持等警察組織が果たすべき役割も自衛隊が務めざるを得なかった。北海道警は時空転移に巻き込まれていなかったようだ。
「自衛隊さんも本来の仕事からかけ離れたことばかりで大変だな」
「それも仕事でしょ。特別職国家公務員なんだから」
「自衛隊の負担軽減も兼ねて自警団を作ろう!」
そう言いだしたのは内藤優馬<ナイトウユウマ>だ。
「悪くないんじゃない?現行犯しか対応できないけどね」
そう返したのは君塚令佳<キミヅカレイカ>だ。
二人の考えに賛同する人物が一人、二人と現れてまたたく間に総勢は数100人規模の大所帯になった。
こうして自衛隊負担軽減を目的の一つとした警備雑務補助を目的とした『札幌地域安全見守り補助隊』が発足したのである。このことにより選挙を苦にする自衛隊は大いに救われたのであった。
調六話(須津香なる首領)
知事執務室で矢矧須津香は静かに住民投票の結果を待っていた。まるで勝利がはじめから決まっている出来レースの主役かのように。
「この北海道知事室が札幌臨時政府のトップの執務室になるのね。私はその一番近いポジションにいる。例えかりそめであっても国会成立以降に一国のトップに立った女性は日本国にはいなかったのよ。この機を逃しはしないわ」
矢矧知事は溢れんばかりの野望を胸に秘め静かに、ただひたすら静かに開票結果を待ちつづけた。
開票結果は言わずもがなであるが『矢矧須津香』を札幌臨時政府の首領<シュリョウ>として認めるという結果に収まった。
「首相じゃなくて首領なのね。マフィアのドンみたいね。大首領に改称しましょう」
(たいして変わらないと思うけどな)側近の一人はそう思った。
すぐさま会見が開かれた。と言ってもテレビもラジオも新聞すらもない状況下においてである。これでは内部関係者への訓示である。
「暫定大首領の矢矧須津香です。本日只今より札幌臨時政府の樹立を宣言します!」
実際には誰が指導者を務めるかの確認作業をしたに過ぎないと言ったらそれまでの話なのだが、札幌国民となった民衆にとっては一大イベントに参加したかのような高揚感があった。
この日から北海道をめぐる大日本帝国との戦いは事実上火蓋を切ったのである。
既に札幌周辺の地域では小競り合いが起きており予断を許さない状況であった。
「のんびりとはしていられないわね」
「当然です。あなたはもう自治体の首長ではないのです。臨時政府の長なのですから」
矢矧須津香は襟を正した。
「私だって任官拒否した防大卒です。幾分も前の話ですが素人が指揮するよりはましでしょう。優秀かはわかりませんけど」
調閑話①(無邪気な子供・戸惑い躊躇<タメラ>う親)
臨時政府の樹立を持って治安が回復したわけではない。しかしそんなことを遊びたい盛りの子供に我慢を強いるのは親の本意ではなかった。
「おかあさん、なんでおそとであそんじゃいけないの?」
「いまはおそとであそんじゃいけないの。とてもあぶないのおそらのくににつれていかれちゃうのよ」
「はぁい」
子供は力なく返事した。
重要なポイントをぼかしながら親御さんは無邪気な子供に外で遊ぶことの危険性を教育しようとしている。
「今はこの子たちも耐えてくれているが、我慢の限界が来たら勝手に外へ出て行きかねない。どうしたら良いものか…」
調七話(北海道制圧作戦発令)
勝和15年(1940年)12月目前にして矢矧須津香大首領は札幌国民の安全確保と称して札幌自衛隊を組織再編し事実上の北海道制圧作戦を発令した。
『国家存立危機事態』を拡大解釈したうえで『防衛出動』をも発令し、北海道は『札幌民主自由国』の領土であると宣言した。事実上の宣戦布告であり自衛隊という組織の根幹部分を完全に上書きしてしまった。
「本当はこんな事はしたくない。けれどこうしなければ時代の後ろ盾のない私たちに未来の安全の保証はできないわ。どれだけ犠牲が出るかわからない、けれど手をこまねいていても状況はちっとも好転しないわ。この時代に専守防衛なんて綺麗ごとは通らないのだから」
歴史通りの展開をたどれば太平洋戦争開戦まで約一年間。一年間で北海道を制圧しろという無茶ぶりな作戦である。
「矢矧さんは防大で何を学ばれたんだろう?」
田ノ浦は甚だ疑問に思った。その一方で帝国陸軍が手薄になる時期も迫っていくことも見越しているのかもしれないとも感じた。
結局のところ燃料があるうちに北海道制圧作戦を完遂し、帝国日本から北海道の大地を乗っ取り、そこで漸く帝国日本との交渉テーブルに着く事ができると踏んだのだ。しかしながらその思惑は思わぬ形で挫かれることになる。
調八話(日札同盟締結)
札幌民主自由国を名乗る武装勢力が北海道制圧に乗り出し始めたという報せは帝国日本政府を震撼させた。
「これから米英らと一戦に及ばんというときに!」
既に総理は近衛文麿から東条英機に変わっていた。
この期に及んで交戦しなければならない相手を増やしたくはないのだ。それだけにこの何者なのかもわからぬ武装勢力とどう向かい合うか、東条にその手腕が問われていた。
東条は札幌民主自由国の実態調査などに時間を費やした。その結果、敵に回すべきではない相手であることが分かった。
勝和15(1940)年末御前会議の場で東条は居並ぶ閣僚ら歴々の前でこう述べた。
「この際、札幌民主自由国を対等たる同盟国として遇しこれ以上の版図拡大を防ぐことが肝要と存じますが如何に?」
東条のこの言に対して反論を返せば自らに責が及ぶと判断した閣僚は保身の為に沈黙を貫いた。黙ることは肯定と判断される。
「異存なしと判断します」
議論する余地もなく日札軍事同盟が推し進められた。昨日の敵は今日の友である。
勝和16年(1941年)1月某日、函館にて日札同盟が正式に締結された。
「大本営発表、大日本帝国は札幌民主自由国と同盟関係に至れり」
この時に多くの帝国臣民は札幌民主自由国の存在を知った。
新聞各紙も軍部の意向を忖度したため友好的な文面が紙面に踊った。
「日本に協力する同胞現る」
「いざ共に米英に立ち向かうべし」
百万の援軍を得たかのような喧伝ぶりに帝国日本臣民は浮かれていた。
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