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第三章 レンタル彼女の恋愛事情は、楽じゃない!?
01. 女性にだけ攻撃的になる男性なんて、恐ろしすぎます!
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季節は夏。
窓から見える道には、サラリーマンが持参したフェイスタオルで汗をぬぐったり、OLが鞄から取り出したハンディファンを持って歩いている姿が見られた。
始業前。合同会社オレガノの事務所内にいるのは、クミン一人。ミントの姿はない。
「お?」
窓口のテーブルや、そこに置かれている筆記用具入れ周辺にハンディモップをかけて歌っていたクミンのポケットから、スマートフォンの音色が鳴った。NINEの着信音。
クミンは掃除の手を止め、届いたメッセージを確認した。
――今、やっと動き出した。もう少ししたらそっちへ着く!
ミントからのNINEだ。クミンは肩をすくめた。
ながら部屋の片隅に置かれているコンポーネントラジオを起動させ、事務所の出入口を解錠し、始業を開始する。社長椅子にはクミンがゆっくり座った。
――通勤途中の路線で人身事故、ねぇ。とんだ災難に巻き込まれちゃって… しかし、私がこうして代理で窓口についたの、いつぶりかな?
ラジオからは、ミントが通勤時に乗る電車の遅れを知らせるニュースが流れていた。
背景に聞こえる音楽を聴きながら、テーブル上に自分が消化すべき案件書類を置いて、利き手にはめた金と茶紐のブレスレットを外そうとする。その時だった。
カランカラーン。
服装と見た目の若さからして、平日休みのフリーターだろうか。
黒いバンドロゴのシャツにダメージジーンズという、やせ型で、幅の狭い鼻をした黒髪マッシュボブの男性が窓口へ入ってきたのだ。クミンはブレスレットを外す動作をやめた。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
ミントほど流暢ではないが、クミンも一応は接客出来る方だ。
すると男性は顎を突き出すように会釈しながら、敢えて椅子には座らず、クミンとテーブル越し向かい合う形でこういった。
「ども。ここって、レンタル彼女やってる所で合ってますか?」
「え? あ、はい。そうですけど、ご予約ですか?」
と、考えられる訪問理由を口にしながら、テーブル下の引き出しに手をかけるクミン。
そこにはオレガノが展開するサービスの一つ、レンタル彼女利用についての同意書が入っている。ミントの業務を時折見ているから、少しは流れを覚えているのだ。
すると男性からの返事は、
「いや、なんというかその… 一応サービス内容だけ見て、利用する機会があればまた別の日に実際に予約するか考えるんで」
というあやふやなものだった。クミンは内心「?」となるが、考えても仕方がない。
「サービス内容についての説明を受けにいらした、という事で宜しかったでしょうか?」
と、とりあえず聞いてみる。すると男性からは「そうです」という答えが返ってきた。
最初の質問に対する返答とは、明らかにテンポが違った。
「よろしければそちら、おかけになって下さい」
「いや、そういうのいいんで。俺の質問に答えてほしいんすけど」
クミンは徐々にその違和感に気づいた。
男性の口調は、何処か棘がある。まるで、この会社に恨みでもあるかのようだ。
でも常に別室の窓から来客を見てきたクミンの記憶が正しければ、目の前にいるその男性は、初めて見かける人物である。不機嫌そうな、その相手の意図が今一読み取れない。
「ここで働いている、レンタル彼女たちの一覧の写真、見せてください」
「え? 一覧、ですか?」
クミンにとっては、正に予想外の質問であった。今まで見た事もされた事もない内容だからだ。
恐らく、今まではミントが来客対応をしていたから、女性のクミン一人に対し、ここまで高圧的な態度をとる来客が出てこなかったと考えられる。クミンは慎重に、こう返答した。
「申し訳ないんですけど、そういったものは弊社には置いてないんです」
もちろん、その返答に嘘はない。しかし、男性の表情は更に険しくなった。
「は? いやおかしいでしょ。レンタル彼女の会社なんでしょココ? 今時どこにも写真載せてないなんてあり得るんすか? どうせ嘘ついてんだろ、それ法的にどうなんすか」
「あの、弊社のレンタル彼女なんですけど。無償でサービスを展開している代わりに、手料理一食分をお渡しすれば利用できるという仕組みになっているんです。なので、法的には何の問題も…」
「いや、そんなの分かってんすよ。ネットで見れるもん説明されても無駄なんで。俺が言いたいのは、ここの女性スタッフ達の顔写真みせられないのかって聞いてんの!」
――え、なにこの人。今にも殴りかかってきそうで怖いんだけど!
クミンの視線が遠のいた。相手は話の通じない、面倒なクレーマーだと。
こうなったら、部屋の隅に備えてあるビル警備室への通話ボタンを押し、警備員たちに男性をしょっ引かせるか? そう考えた、その時であった。
カランカラーン。
「いらっしゃいませ! 初めてのご来店ですね」
ミントだ。電車の遅延により、営業開始から少し遅れて漸く事務所に到着したのである。
早足で来たのだろう、額に少し汗が滲んでいる。男性はミントへと振り向いた。
「お暑い中、起こし頂きありがとうございます。宜しければ、お冷をお持ちしますね」
と、出社直後から持ち前の笑顔とトーク力で着席を促すミント。男性にとって、自分より身長も体格も上の若手社長相手に戦意を喪失したのか、
「…チッ、わざとらしい出方。もういいっす」
と、小声で舌打ちしながら力強く出入口を開け、事務所を去っていったのであった。
「え、なんだあのお客さん… クミン、大丈夫か? もしかしてクレーマー?」
そういってミントが振り向いたこの時、クミンは「助かったぁ」といいながら、腰が抜けるように社長椅子へと座り込んでいた。
今日、何も知らないミントに、先の男性の件を伝えたのは、この後の事である。
(つづく)
窓から見える道には、サラリーマンが持参したフェイスタオルで汗をぬぐったり、OLが鞄から取り出したハンディファンを持って歩いている姿が見られた。
始業前。合同会社オレガノの事務所内にいるのは、クミン一人。ミントの姿はない。
「お?」
窓口のテーブルや、そこに置かれている筆記用具入れ周辺にハンディモップをかけて歌っていたクミンのポケットから、スマートフォンの音色が鳴った。NINEの着信音。
クミンは掃除の手を止め、届いたメッセージを確認した。
――今、やっと動き出した。もう少ししたらそっちへ着く!
ミントからのNINEだ。クミンは肩をすくめた。
ながら部屋の片隅に置かれているコンポーネントラジオを起動させ、事務所の出入口を解錠し、始業を開始する。社長椅子にはクミンがゆっくり座った。
――通勤途中の路線で人身事故、ねぇ。とんだ災難に巻き込まれちゃって… しかし、私がこうして代理で窓口についたの、いつぶりかな?
ラジオからは、ミントが通勤時に乗る電車の遅れを知らせるニュースが流れていた。
背景に聞こえる音楽を聴きながら、テーブル上に自分が消化すべき案件書類を置いて、利き手にはめた金と茶紐のブレスレットを外そうとする。その時だった。
カランカラーン。
服装と見た目の若さからして、平日休みのフリーターだろうか。
黒いバンドロゴのシャツにダメージジーンズという、やせ型で、幅の狭い鼻をした黒髪マッシュボブの男性が窓口へ入ってきたのだ。クミンはブレスレットを外す動作をやめた。
「いらっしゃいませ。どうぞ」
ミントほど流暢ではないが、クミンも一応は接客出来る方だ。
すると男性は顎を突き出すように会釈しながら、敢えて椅子には座らず、クミンとテーブル越し向かい合う形でこういった。
「ども。ここって、レンタル彼女やってる所で合ってますか?」
「え? あ、はい。そうですけど、ご予約ですか?」
と、考えられる訪問理由を口にしながら、テーブル下の引き出しに手をかけるクミン。
そこにはオレガノが展開するサービスの一つ、レンタル彼女利用についての同意書が入っている。ミントの業務を時折見ているから、少しは流れを覚えているのだ。
すると男性からの返事は、
「いや、なんというかその… 一応サービス内容だけ見て、利用する機会があればまた別の日に実際に予約するか考えるんで」
というあやふやなものだった。クミンは内心「?」となるが、考えても仕方がない。
「サービス内容についての説明を受けにいらした、という事で宜しかったでしょうか?」
と、とりあえず聞いてみる。すると男性からは「そうです」という答えが返ってきた。
最初の質問に対する返答とは、明らかにテンポが違った。
「よろしければそちら、おかけになって下さい」
「いや、そういうのいいんで。俺の質問に答えてほしいんすけど」
クミンは徐々にその違和感に気づいた。
男性の口調は、何処か棘がある。まるで、この会社に恨みでもあるかのようだ。
でも常に別室の窓から来客を見てきたクミンの記憶が正しければ、目の前にいるその男性は、初めて見かける人物である。不機嫌そうな、その相手の意図が今一読み取れない。
「ここで働いている、レンタル彼女たちの一覧の写真、見せてください」
「え? 一覧、ですか?」
クミンにとっては、正に予想外の質問であった。今まで見た事もされた事もない内容だからだ。
恐らく、今まではミントが来客対応をしていたから、女性のクミン一人に対し、ここまで高圧的な態度をとる来客が出てこなかったと考えられる。クミンは慎重に、こう返答した。
「申し訳ないんですけど、そういったものは弊社には置いてないんです」
もちろん、その返答に嘘はない。しかし、男性の表情は更に険しくなった。
「は? いやおかしいでしょ。レンタル彼女の会社なんでしょココ? 今時どこにも写真載せてないなんてあり得るんすか? どうせ嘘ついてんだろ、それ法的にどうなんすか」
「あの、弊社のレンタル彼女なんですけど。無償でサービスを展開している代わりに、手料理一食分をお渡しすれば利用できるという仕組みになっているんです。なので、法的には何の問題も…」
「いや、そんなの分かってんすよ。ネットで見れるもん説明されても無駄なんで。俺が言いたいのは、ここの女性スタッフ達の顔写真みせられないのかって聞いてんの!」
――え、なにこの人。今にも殴りかかってきそうで怖いんだけど!
クミンの視線が遠のいた。相手は話の通じない、面倒なクレーマーだと。
こうなったら、部屋の隅に備えてあるビル警備室への通話ボタンを押し、警備員たちに男性をしょっ引かせるか? そう考えた、その時であった。
カランカラーン。
「いらっしゃいませ! 初めてのご来店ですね」
ミントだ。電車の遅延により、営業開始から少し遅れて漸く事務所に到着したのである。
早足で来たのだろう、額に少し汗が滲んでいる。男性はミントへと振り向いた。
「お暑い中、起こし頂きありがとうございます。宜しければ、お冷をお持ちしますね」
と、出社直後から持ち前の笑顔とトーク力で着席を促すミント。男性にとって、自分より身長も体格も上の若手社長相手に戦意を喪失したのか、
「…チッ、わざとらしい出方。もういいっす」
と、小声で舌打ちしながら力強く出入口を開け、事務所を去っていったのであった。
「え、なんだあのお客さん… クミン、大丈夫か? もしかしてクレーマー?」
そういってミントが振り向いたこの時、クミンは「助かったぁ」といいながら、腰が抜けるように社長椅子へと座り込んでいた。
今日、何も知らないミントに、先の男性の件を伝えたのは、この後の事である。
(つづく)
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