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第一部―カナリアイエローの下剋上―

ep.14 一筆書きのゲシュタルト崩壊

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 「博物館」と称されるこの建物は、全体が白を基調とした、広々とした間取りだ。
 僕とアゲハ以外に人がいないからか、歩くたびに、足音がエコーがかって響く。

 「博物館、か。それだったら、普段は金さえ払えば誰でも入れそうな気はするけど」
 僕は疑問符を浮かべる。アゲハが歩きながらいった。
 「さっき『改装途中』って言ったでしょ? だから、今は一部の展示品がケージから出され、そのままむき出しの状態になっているんだよ。警備がついているのは、それらの盗難や破損を防ぐためだ」
 そういって、すぐにその足を止める。これは失敬。



 僕の目に映ったのは、同じくアゲハが立ち止まって見つめている先。

 その提示場には、この異世界では見かけない様な衣服や、石板が飾られていた。

 ほかにも、珍しい鉱物や宝石、小さな銅像、そして動物の骨や剥製など。
 中には、僕も良く知っているものが幾つか飾られていたのであった。

 「あ…! アゲハの祭典服」
 そう。
 アゲハは今でこそ、王族らしい和服に身を包んでいるが、昔は違っていた。
 僕が最初にこの異世界へ来た時の服装と同じ、濃灰色の高級ブレザーが、等身大マネキンに着させる形で寄贈されているのだ。おまけに、そのマネキンの右手首には、

 「蝶のクリスタルチャームまで、飾られている。両方ともアゲハのものじゃないか」

 僕はそう、前のめりで寄贈品を眺めながらいった。アゲハがそれに深く頷く。
 「私も最初はその恰好で、いつの間にか、この異世界に飛ばされていた。今もその原因は分からないけど、先住民達との和解を得るまで、とにかく祭典服とチャームを傷つけまいと必死だったよ。今はこうして、安全な場所に保管できてホッとしているけど」

 そうだよな。
 アゲハにとっても、僕にとっても、祭典服とチャームはとても思い入れが深いものだ。
 互いが、同じチームの仲間である事の証明にもなるし、それに…

 「元は、私のイトコの兄さんと、その妻であるヒナが、みんなのために制作してくれたんだよね。ベースは共通だけど、みなそれぞれ服のデザインやロゴに違いがあって、全く同じものは存在しない。全てが一点もの、世界に1つだけの『宝物』なんだ」

 その通り。だから、この博物館に祭典服とチャームを寄贈しているのだろう。
 となると、

 「その祭典服って、いつかまた着る予定はあるのか?」
 という疑問に至るのだ。僕は質問したが、アゲハは首を横に振った。
 「今のところは、無いかな。いざという時のために、しばらくここへ保管させてもらうよ」
 「そうか」
 「この展示場の裏側には、マニーの祭典服とチャームも寄贈されているから、見ておいで」
 「わかった」
 僕は頷き、さっそくこの展示場の裏側へと回ってみた。
 すると確かに、そこにはマニーの祭典服も同じくマネキンに着させる形で、展示されていた。ダイアモンドのロゴが印象的なチャームも、ネックレスとして飾られている。

 こちらは男性服だけど、僕や上界の男達とは、服のデザインが大きく異なる。
 マニー本人が当時、リボンを髪留めに使っていた形跡や、下がキルト風スカートである事から、遠目だとちょっと可愛く見えてしまう代物だ。
 女性だと、あのマリアが正にこれに近い祭典服を着用していたか。さすが似た者ハトコ。



 続けて、僕は更に気になるものに目を向けた。
 何処かの壁か、据え置きの岩肌から、石切りでもして盗んだかのような、大きな石板だ。

 「ところで、この石板とやらに何か文字みたいなのが書かれているな。なにこれ?」
 「さぁ。私も最初は、一瞬アラビア語かと思ったけど、横文字にしてはこんなに縦のスペースを奪うような書き方は、見た事がないというか」

 アゲハの言う通り、それは文字というより、もはや狂った心電図のような振れ幅の大きさで、ぐにゃぐにゃ~と書かれているものであった。

 一筆書きで、波でも表現しているかのような。
 だけど所々に丸が作られていたり、一部の波の上には小さな点がチョンと付いていたりと、かなり不思議な絵の様に感じる。
 一見、無造作に思えるが、これだけたくさん一筆書きっぽく描かれているのだから、きっと何か意味があるはずだ。
 素人しろうとから見ても、その石板がただの落書きとは思えなかった。アゲハは顎をしゃくった。

 「この石板を寄贈する前に、ここの先住民達みんなに見せた事がある。だけど驚く事に、この文字の様なものが何を意味しているのか。解読できる人は1人もいなかった」

 「マジで!?」

 「うん。もしかしたら、アガーレールが建国されるずっと前から、存在していたものかもしれない。石の層からみても、専門家いわく『かなり昔のもの』と推測されている」

 「そうなのか」

 「だけど見つかった場所がなぁ」

 「見つかった場所?」
 と、僕は気になる点を反芻はんすうした。アゲハは少しばかり、困ったような表情を浮かべた。
 「こんど、アキラがマリアと一緒に行ってもらう予定の山脈から、比較的近い場所に荒野があるんだけどさ。その荒野の谷底に、日陰になる場所へそのまま誰かに捨てられたかのように落ちていたんだよ」

 「えー」

 「おまけにその荒野は、猛禽もうきん類やその上位互換にあたるグリフォン達の縄張りだから、マトモに現地調査が出来ずじまい。チンタラしてたら、すぐ奴らに目ん球を食べられてしまう」

 「ひっ…! 急に、サラッと怖いことを言わないでくれよ!」

 「前例があるから言っているのだが」とアゲハ。
 とにかく、この星の謎を知るための冒険や考古学は、それだけ多くの危険が潜んでいるという事なのだろう。生半可な気持ちで遠出でもしたら、あっという間に命を落としそうだ。
 この国の、地上の平和な雰囲気と地下街のゆるい活気で、つい騙される所であった。


 「お?」


 アゲハが、ここで何かを耳にした様子で、とある方向へと振り向いた。
 僕も「なんだろう?」と思い、耳を澄ませてみるが…

 あれ? これ、どこかで聴いた事があるようなメロディが。

 「行こう」
 この博物館には、それ以上目新しいものがない。
 館内のスペース的に、まだまだアガーレールの謎を秘めているであろう寄贈品大募集! といったところで、ここはアゲハと共に博物館を後にしたのであった。

(つづく)



※女王アゲハ。目が大きいゆえ、就寝中はまぶたが少し半開きになっている。
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