雨の向こう側

サツキユキオ

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1日目

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 バス停には一人の女が残された。やけに明るい緑色の傘をさしてバスが来るのを待っていた。
 閑散としたちぐはぐな駅にはふさわしくないほど、彼女の顔は希望に満ちていた。鬱陶しい雨すらも楽しむかのように表情にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。が、佑月は彼女の姿を見て気持ちがどんどん沈んでいくのを感じた。どうしようもないほどの嫌悪感を覚えた。気持ち悪い、率直に言えばあんなものと自分が同類に扱われるのだと思うとどうにも不愉快な気持ちになった。
 バスが来るまであと数分だ。佑月は仕方なくバス停に向かった。他には誰もいない、閑散としたバス停。佑月は彼女と距離を取るような場所に立った。しかし場の空気というのは佑月一人ではどうしようもない。
「あの、もしかして断食ヨガの参加者の人ですか?」
 緑色の傘の女はいかにも嬉しそうな笑顔で佑月の方を振り返った。彼女は首を横に振りたい気持ちでいっぱいだったが、そういうわけにもいかない。何せ指摘されたことは事実であるのだから。
 「そうです」と佑月は簡潔に答え、「もしかしてあなたも?」とありきたりな定型文を口にした。すると目の前の女はこれでもかと言わんばかりにわざとらしく表情をぱっと明るくさせた。佑月はそれだけでひどく嫌気がさした。
「よかった! 他に人がいないから心細くって」
 彼女はそう言って手を握ってくる。佑月は愛想笑いを返して弱弱しく手を握り返した。彼女の手は温かくて柔らかく、こちらにぺたりと貼りついてくるようだった。
 彼女は山峯と名乗った。こういった合宿に参加するのは初めてだと言う。
「ほら、あたし太ってるでしょ?」
 山峯はあくまで朗らかにそう言った。この発言を真に受けてはいけないと佑月は理解していた。ここで佑月は「そんなことないよ」とでも言うべきだったのだ。しかし彼女は良く言えば素直、悪く言えば取り繕うことのできない性格であった。確かにふくよかな体系である山峯に対し太っていることを否定すれば、それはそれでかえって嫌みのようにとられるのではないか。かといって「太っていても可愛いからいいじゃないか」ということを言ったところで彼女が今からやろうとしていることと逆行してしまう。彼女は太っていることが嫌で断食ヨガに臨んでいるのだから。
 佑月は逡巡と配慮の結果、「そうかな?」と言っていかにも不思議そうな体を装って首を傾げるしかなかった。山峯は佑月の反応に全く気分を害した様子もなく、あえて返事をすることもなく続けて口を開いた。
「ダイエットしてもなかなか痩せられなくて……。だからいっそのこと断食してみようと思ったの」
 彼女の爽やかな物言いに佑月はすでに辟易していた。彼女は山峯のような美しい理由など持ち合わせてはいなかった。山峯の隣にいるのは随分と居心地が悪かった。
 山峯は気安い性格なのか、あるいは佑月が話下手であることを看破してか、勝手に様々なことを離した。彼女は物事をポジティブに捉える性分であった。もしくは、そうすることで自分の人生が良い方向に傾くとでも思っているのだろうか。彼女の明るい言葉はどこか頑なささえあった。山峯に興味のない佑月は適当な相槌を打つだけであったが、それでも許されるようであった。彼女との楽しいおしゃべりはただただ退屈だった。
 バスに乗り込んでも山峯は口を閉ざすことはなかった。少しばかり眠気を抱えていた佑月にとっては迷惑この上ないことであったが、山峯にはそれを察知することなどできない。
「一体どんなところだろうね。友達は集中できるいい環境だって言ってたけど、山の中ってちょっと怖いな」
 山峯はか弱い女性を表現するかのように困ったように笑ってみせた。佑月は簡単に頷いて同意するものの、一体何が怖いのかと頭を巡らせる。
「あたし、虫だめなんだよね。家の中に小さいクモが出たくらいでも悲鳴上げちゃって。亀山さんはどう?」
 自分も虫は苦手だ、と彼女は共感できる話題の出現に安堵しながら答えた。
「きれいなところだといいですね。夜中に虫が顔に落ちてきたら嫌ですから」
「虫が顔になんて、そんな!」
 彼女は屈託なく笑った。
「どんなあばら家を想像しているんですか」
 佑月はため息をぐっと堪えた。人を不愉快にさせるのに相応しい、長く細いため息。それを彼女の前でついてやろうかと思ったが、寸でのところで唇をかんだ。
「建て替えたばっかりのところみたいですよ。だから隙間から虫が入ってくる心配なんてないですよ!」
 彼女の言葉は佑月にとってはどこまでも腹立たしいものであった。佑月は力なく「そうですね」と答えるしかなかった。
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