悪役令嬢の騎士

コムラサキ

文字の大きさ
7 / 399
第一章:少年期

第6話 思いがけない出会い

しおりを挟む
 地上に出ると、森に漂う微かに甘く、湿った香りが鼻をくすぐる。僕はその香りを胸いっぱいに吸い込みながら、地下を探索するときに置いてきた小さな籠を拾い上げる。

「異常なし!」
 籠の中身を確認して腰に吊るしたあと、水路沿いの石畳の道に向かう。水路は静かな波を立てていて、どこか涼しげな音を響かせている。

 前方から何かが近づいてくる気配が感じられたのは、ちょうどそのときだった。

 自然と足を止める。もちろん許可証は持っていたけど、国の管理下にある区画にいるからなのか、必要以上に緊張してしまう。

 人影が段々と近づくにつれて、それがただの訪問者じゃないことが理解できた。揃った足並み、威風堂々とした騎士たちの姿から重要な立場の人間がいるのだと直感する。

 甲冑の音と軽やかな靴音が近づいてきた。視線の先には、数人の騎士と侍女を伴った青いドレスを纏った幼い少女の姿が見えた。

 銀白色ぎんはくしょくの髪が日の光を受けて輝いて、繊細なレースの袖が揺れる。

 僕はすぐに道のわきに移動して、その場に片膝をついて頭を下げた。心臓の鼓動が耳元で響く。相手は高位の貴族なので、視線を上げることは許されない。僕はただ地面を真直ぐ見つめる。

 すると黒い革靴の先が目の前でちょこんと止まる。その足元は小さく華奢で、揃った靴は綺麗に磨かれていた。

「ここで何をしていたの?」
 やわらかくて優しい声が耳に届く。

 それと同時に、その声は絶対的な権威を帯びているように感じられた。僕は口を開きかけたけど、すぐに閉じた。許可を得る前に話すことはできない。

 僕は令嬢のそばに控える者が許可を与えてくれるのを待つ。

 付き添いの青年が「答えなさい」と促すと、僕はハッキリと通る声で言った。

「薬草を集めておりました、お嬢さま」
 それは堅苦しくて、少々不自然な発音になったけど仕方ない。

 貴族さまと話をしたことなんて今まで一度もなかったんだから。

「どうして薬草を?」
 令嬢は興味を示し、さらに質問を投げかける。

「錬金術師たちが水薬をつくるために必要なのです」
 僕は視線を下げたまま彼女の質問に答える。

 すると令嬢の影が微かに揺れるのが見えた。

「ねぇ、顔を見せてくれる?」
 その声は優しかったけれど、命令するような響きが込められていた。幼くても彼女は由緒正しい貴族なのだ。

 付き添いの青年の許可を得たあと、僕はゆっくりと視線を上げた。

 そこに立っていたのは、日の光を受けて銀糸のように輝く長髪と、深い青紫色の瞳を持つ美しい少女だった。彼女の瞳はまるで星空を閉じ込めたかのように輝き、興味深そうに僕のことをじっと見つめていた。

 白く滑らかな肌には曇りひとつなく、その存在がこの森の神秘的な雰囲気をさらに際立たせているようだった。

 間違いない。彼女こそ〝悪役令嬢ルナリア〟だ。

「それは、なぁに?」
 少女が細い指を僕の首元に向ける。

 僕は疑問を浮かべながら胸元に手を当てた。すると冷たい金属の感触に触れ、そこでやっと自分がネックレスを身に着けていることに気がついた。

 銀に輝く鎖の先には、白銀の羽根に包まれた小さな宝石が揺れていた。

 神殿で神々に祈りを捧げたときに、加護と一緒に手に入れたモノなのかもしれない。それなら、この宝石にもまもりの効果が秘められている可能性がある。

 僕はほとんど無意識にそれを外して、両手で持ってルナリアに差し出した。

「これは、お嬢さまにお譲りします」
 突拍子もない行動に思えたが、今はそれが正しいことに思えた。

 僕は彼女を守る騎士になると決めたけど、今は彼女のそばにいることはできない。それならせめて、神々の加護で彼女を護っていてもらいたい。そう思ったのだ。

 少女の眉が微かに動いて、瞳に驚きの光が宿った。

「でも、それは大切なモノじゃないの?」

「これは父の形見です」
 思わず嘘を口にした。

「悪意や邪気を払う守りの魔術が付与されています。これは、お嬢さまにこそ相応しいものだと思います」

 令嬢は小さく首をかしげて、躊躇ためらいながらも手を伸ばすが、そこで動きを止めて付き添いの青年に顔を向ける。すると青年は一歩前に進み出た。

「少年、名をいても?」
 茶髪でも金髪でもない僕の黒髪が珍しいのだろう。青年は僕のことをじろじろと見つめる。

「ウルフェルです」
 やさしい風が森の葉を揺らす音が聞こえた。

「オオカミの戦士か……北部の戦士たちが好む名だな。親族に戦狼いくさおおかみの血筋が?」

「亡くなった父が、その種族だったと思います」
 これは嘘じゃない。僕は遠い記憶を掘り起こすように言葉を紡いだ。

 執事服を身につけた青年は、その言葉を吟味するように僕の顔を見つめる。
「では、古の種族に伝わる貴重な遺物なのかもしれない。それでも、お嬢さまに?」

 僕は一瞬の迷いもなく「はい」と、しっかり答えた。

 青年はネックレスを手に取って危険性がないか調べたあと、ルナリアに手渡してくれた。

 すると彼女は感謝の意を込め、ドレスの端を両手でそっと持ち上げる仕草を見せたあと、片足を斜め後ろに引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げて腰を落とす。

「ウルフェル、あなたの献身を決して忘れません。どうか、古の神々の加護がありますように」

 彼女の言葉のあと、淡い光が全身を包み込んでいくのを感じた。困惑しながらルナリアを見つめると、彼女は優しい表情で微笑んでくれた。

 それから一行は静かに森の奥に消えていった。

 突然の出会いに驚いたけど、うまく切り抜けられたようだ。そのあと、僕は帰路につくことにした。

 彼女の言葉には何かしらの魔術が込められていたのか、探索で疲れていたことすら忘れてしまうほど、身体が軽くなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

処理中です...