悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第四章:騎士学校・陰謀編

第46話 瘴気

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 焼け焦げた木々の残骸が立ち枯れ、湿った土は瘴気によって焼かれ、苔も草も黒い灰と化していた。

 木の幹は無惨に裂け、枝葉はすでに燃え尽きていた。周囲を包むのは、魔力の奔流と爆ぜた瘴気の濁流だった。

 僕は、片膝をつきながら呼吸を整える。焼けた空気が肺を刺す。服の袖は焦げ、皮膚の表面に細かな裂傷が浮かんでいた。

 魔人は、すぐそこに立っていた。

 筋肉と瘴気が幾重にも絡まり、軋む音を立てて蠢いている。背には骨のような翼を思わせる構造が拡がり、そこから黒紫の魔力が煙のように揺らめいていた。

 頭部のあった場所には、すでに人間の顔はなく、ただ歪な肉塊の中に輝く光核が脈動していた。

 僕は地を蹴る。魔素を全身に巡らせ、即座に〈風刃〉を四重に構成。それを回転させるように放つと、刃は弧を描いて魔人を切り裂いた。

 けれど――すぐに再生してしまう。斬撃の痕は、まるで粘土を手で撫でるように滑らかに戻っていく。

「クソッ……っ!」
 間髪を入れず、〈瞬間移動〉で魔人の死角へ移動する。そのまま短刀に魔術を注ぎ込むと、強化された刃で肉の表面を斬り裂いた。

 魔力が爆ぜると同時に、魔人の巨体が激しくのけ反る。しかし――その直後に反撃が行われる。

 触手状の腕が弾丸のように空気を裂き、僕の脇腹に正確に叩きつけられる。〈障壁〉を張って防ごうとしたが間に合わない。

 反応する前に、僕は空中に弾き飛ばされ、地面を滑るように数十メートルも吹き飛ばされる。

 衝撃で視界が白む。肺から空気が抜け、肋骨が軋む。地面に倒れ込みながら、魔力の流れを断ち切らないよう、意識を繋ぎとめる。

 瘴気によって焼けた空。焦げた空気。そのすべてを引き裂くように、魔人が咆哮を上げる。

 魔力が爆ぜ、地表が隆起する。土が巻き上げられ、森の残骸が次々に崩れ落ちる――まるで、世界が終わる前兆のようだった。

「ここで……倒れるわけには……」
 よろめきながらも、立ち上がる。

 背後では、仲間たちが怪人の群れを相手に必死に戦っていた。もし、あの魔人を止められなければ、この森は、いや帝都そのものが危機に晒される。

〈氷槍〉を形成。五本の長大な氷の槍に、短刀から抽出した毒素を重ね、空中に浮かせた。そのまま走り出し、〈疾風〉を纏い、勢いをつける。

 魔人の正面、膨れ上がった腕が再び振り下ろされるその瞬間――

「――今だッ!」

〈氷槍〉を一斉に撃ち込む。空気が凍りつき、瘴気を貫いて光の帯が閃く。一本、二本……そして三本目が魔人の身体を貫通していく。衝撃に魔人が硬直した。

 その一瞬を逃さず、僕は〈瞬間移動〉でその真上にあらわれた。短刀に、すべての魔素を注ぎ込む。

「終わらせる!」
 振り下ろした刃が、魔人の光核を正確に突き刺した。

 閃光、そして衝撃波。世界が弾け飛ぶような爆音が森に轟き、周囲の大地がひび割れた。僕は、そのまま吹き飛ばされ、地面に身体を打ち付ける。

 視界が揺れ、遠くから仲間の叫び声が聞こえる。だが、魔人は――まだ、動いていた。

 視界の端が白く滲み、耳鳴りが鼓膜を打つ。僕の周囲は砕けた岩と燃え残った枝葉に覆われ、動こうにも力が入らない。

 魔力の残滓すら、焦げた皮膚から蒸気のように立ち上がっていた。その間にも、魔人はゆっくりと僕に近づいていた。

 肩を貫かれ、内側から凍結しかけているにもかかわらず、その異形の肉体は咆哮とともに再び盛り上がっていく。

 口のような裂け目から吐き出される瘴気は、空気そのものを毒に変え、草木をさらに枯らしていく。

 まずい……避けられない……その時だった――魔力のうねりとともに魔人が吹き飛ばされる。

「やらせないよ!」
 鋭い声とともに、上空から無数の〈雷槍〉が魔人に向かって放たれる。紫電が弾け、魔人は衝撃とともに吹き飛んでいく。

 そして森の影から続々と姿をあらわす人影。報告を受けた帝都の警備兵と傭兵たちだった。各々が剣や槍、そして魔術で武装している。

「この化け物に、まともな攻撃は効かねぇが……時間は稼げる!」
 先頭の傭兵が正面から魔人に突撃する。斬撃が火花を散らし、すぐさま魔術の援護が飛ぶ。

 カチャは遠距離から魔人に向けて魔術を放ち、その巨体を無理やり後退させていた。彼女の額には汗が浮かび、指先は震えているが、表情は鋭く、殺気に満ちていた。

 僕はポーチから小瓶を取り出す。銀色の蓋をひねり、透明な液体を口に含む。喉が焼けるように熱い。胃に届いた瞬間、魔素が逆流するかのように内側から溢れた。

 今度は体力回復の水薬をもう一本飲み、肌にも塗布して外傷を鎮める。破けた袖の下、焼け爛れた腕にじわりと感覚が戻ってくる。

 魔力の流れが復活し、思考が研ぎ澄まされていく。

 カチャと傭兵たちが、まさに死力を尽くして魔人を引き離している。魔人の翼が引き裂かれ、瘴気が周囲に満ちても、彼らは怯まず戦っていた。

 再び魔力を収束し、体内の魔素を練り上げていく。冷気と雷撃を重ねた複合魔術を展開すると、再び魔人との決戦に向け駆け出した。
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