悪役令嬢の騎士

コムラサキ

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第四章:騎士学校・陰謀編

第48話 死闘

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 爆音と共に大地が裂けた。

 巨大な四肢で地面を踏み抜いた魔人は、禍々しい咆哮を放ちながら、その身に膨大な魔素を纏わせていた。

 空気が歪み、視界が揺れる。吐き気すら伴う重圧が森を覆い尽くす。

「来るぞ――!」
 誰ともなく叫ぶ間もなく、鋭利な触手が叩きつけられる。

 警備隊のひとりが声を上げる間もなく腹部を貫かれ、持っていた盾ごと吹き飛ばされた。残された者たちが叫び、反撃を試みるが、その攻撃の多くは効果がない。

 魔術が直撃しても、表皮を焦がす程度だ。

 僕は体内の魔力を練り上げ、無数の〈石槍〉を形成する。地面から隆起した岩の槍が、魔人の胸部を狙って一直線に突き上がる。

 けれど、魔人は動かない。まるで痛覚すら失ったかのように、身体を貫かれたまま触手を振り下ろす。

 とっさに〈瞬間移動〉で攻撃を避ける。遅れて、地面が削れる音と共に大地が爆ぜた。反撃の猶予は、わずか。

 続けて〈氷槍〉を数本――それぞれが魔人の関節部を狙い、正確に放たれる。が、氷は魔人の身体に触れる前に、魔素の奔流にかき消された。

 空間そのものが膨大な熱と瘴気に汚染されているようだ。

「だったら――!」
 手のひらを向けて、〈火炎〉の魔術を放つ。それは、回転を加えながら魔力を凝縮した巨大な火柱となる。

 魔人を中心して轟音と共に、火柱が爆ぜた。一瞬、そのグロテスクな巨体が揺らぐ。けれど、つぎの瞬間には無数の目がこちらを睨み返していた。

 焼けただれた皮膚の下から、新たな肉が再生を始めている。傷の修復すらこの魔人にとって、もはや自然現象のようにすら思えた。

「今だ!」
 後方から、魔術師たちが援護の〈火球〉を放っていく。しかし彼らも、横から伸びた触手に吹き飛ばされていく。

 地面を転がり、身体中から血を流す。あちこちから悲鳴が上がる。仲間が次々に倒れていく。

 火球を放とうとしていた魔術師が、背後から叩き潰される。カチャが駆け寄って剣を振るうが、その腕ごと吹き飛ばされそうになる。

「クソったれ……」
 魔力を練り上げながら駆け出す。

 魔人の核に攻撃が届かせなければ意味がない。魔素を制御している核――それを破壊できれば。

 左手に〈氷槍〉、右手に〈火炎〉を発生させ、両手から異なる属性の魔術を同時に編み上げる。

 前方で仲間たちが命を賭けて戦っている。すぐに決着をつけなければ――誰も、生きて帰れない。

 膨大な魔力を制御しながら、魔人に接近する。その身を焦がすような熱量の中、核に魔術を叩き込むために。

 空間が歪む。大気に漂っていた魔素が震え、光を裂きながら魔人の周囲に巻きついていく。

 巨大なその身からあふれ出す邪悪な波動に、地に伏していた仲間たちが呻き声を漏らす。

 僕の右腕も焼け爛れ、脚には無数の裂傷と打撲。血が止まらず、視界は霞む。けれど、ここで退けば誰も生き残れない。

 魔人が吼えた。その咆哮は、精神を軋ませ、魂の奥底に直接響いてくる――まるで、異界の神が眼前に立ったかのような錯覚に陥る。

 それでも、僕は止まらなかった。仲間の犠牲があった。時間を稼ぎ、戦線を保ってくれた彼らの思いが、僕の足を支えていた。

「ここで終わらせる……!」
 歯を食いしばる。

 かき集めるようにして魔素を練り上げる。傷ついた肉体は、もう魔術の制御に耐えきれない。それでも、編む。

 両手の魔術をひとつにし、高密度な冷気と炎の構造式を同時に織り込んだ混合魔術。氷と炎――それがひとつの凶器へと昇華された。

「師匠――援護を!」
 僕の声に応えるように、彼女は残された全魔力を使い〈影縫い〉の呪文を展開。魔人の動きが、一瞬だけ鈍る。

 その瞬間を――逃さなかった。

「……穿て!」
 全身の魔力を解き放つ。放たれた魔術は音を立てることもなく、空気を切り裂いて一直線に魔人の胸部を貫いた。

 直後――魔人の咆哮が、空を切り裂いた。肉体が裂け、魔素が噴き出す。触手が狂ったように暴れ、地を割り、倒れかけた仲間たちを押し潰そうとする――

「させるか!」
 僕は走った。ぼろぼろの脚を引きずり、短刀を抜き放ち、魔人の胸に飛び込む。すでに割れかけた胸骨の隙間を縫い、球体状の核へと突き立てた。

 その瞬間――魔人の動きが、止まった。

 音が消える。空気が静止する。凄絶な熱と冷気の交錯が、一瞬だけ凪いだ。やがて、膨大な魔素が空へと吹き上がる。

 吹き飛ばされた僕の身体は、何かに支えられるように地面に叩きつけられた。視界の端に、崩れ落ちる魔人の巨体が見えた。

 黒く濁った魔素が霧のように四散していく。
 だが、誰も歓声はあげなかった。あまりにも多くの仲間が倒れ、戦場は静かすぎるほどだったからだ。

 カチャが血に染まった顔をこちらに向けた。その目に映るのは、深い悲しみと、ほんのわずかな安堵。

 僕は、動けなかった。魔力は尽き、意識も遠のいていた。けれど、確かに見た――魔人は、倒れたのだ。
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