イクリール・サーガ 第一部【短剣の謎と愛の残響】

アルフライラ

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3章 闇の中の気配

22話 亡国の牙、星空の下の焚き火

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聖ガイア歴301年 地竜の月 16日
中央都市アウロラ 教皇直轄領
士官学校 修練場

 地竜は深緑の身体を持ち、その息吹は、悪き心を持つ者にとっては猛毒となり、清い心の持ち主にとっては清涼な山風となる……と伝えられている。


 また士官学校での生活が始まった。
 ライオットはこの期間をより一層、好ましく思うようになっていた。
――復讐心が削がれる恐怖と戦いながら


 本日、この時間は『奇蹟Ⅱ』の講義。
 聖別武器による奇蹟は神の御技であり、人が邪悪なるものと戦えるように施した慈悲である。

「では、本日は様々な聖別武器についての学習だ!」
 担当の元聖騎士ーーオクシデンスは朗々と告げた。

 隣にいるデネボラが「また最後に走らせる気よ……賭ける?」と呟いて来たので、ライオットは「走らせるに20z」と返した。
 それを受けて「賭けにならないわ」とデネボラは残念そうに返した。

「さて、昨年度の講義では、聖下が聖別を施し、主神マルス様の加護を受けた聖剣のみの実践であった。聖なる赤光の奇蹟を与えるものだ!」

 ラッツ、スピカ、バーナード、それとギルタブは揃いも揃ってウンウンと頷いていた。
 以前、赤光を出せた者どもだ。

「しかし、実戦においては様々な奇蹟が起こり得る! 今日はそれを学ぶ! 返事はッ!?」
「「はい」」

「よろしい……では、ここに貴重な聖別武器と加護を与えし神々の情報を用意したので、確認し、実践せよッ!」
「「はい」」

 オクシデンスはそう言うと、彼の後ろ側に準備してあった豪奢な机と何やら資料を指差した。
 その机の上には、剣や槍、盾などの様々な武器や防具、果ては鍋などの生活用品が置いてある。

---

 ライオットは唯一あった弓を手に取った。
 弓は『牙と肉の神アリオト』の加護を受けたものだ。

「あぁ、神アリオトね……あのウルスラ教国の……」
 いつのまにか後ろに居たデネボラが、ライオットの肩から資料を覗き見る。

「知っているのか?」
「ええ……まぁね。過去にアウロラに聖戦で負けたのよ……」
 デネボラはボソッと呟いた。
 
「じゃあ武器の聖別はウルスラ教主が?」
「ええそうよ。無論、もう故人よ」

「そっか……」

 ウルスラ教国は、アウロラの一部となっている。
 資料に記述されていたことだ。

「アリオトは……狩りに関連した神様ね」
「じゃあ俺と相性がよさそうだな」


「……あんた、次期領主様と思えないほどの肉体派だものね。別に騎士とかそんな高潔な感じでなくて……野生って感じ?」

「清廉なる狩人と言ってくれ」
「はいはい」

 神アリオトは、狩りで得た肉を捧げられることを至上の喜びとしている。
 
 ライオットは弓を力強く握る。
 静かに神アリオトに祈りの言葉を捧げ、
 狩りで得た鹿肉を捧げるイメージをした。
 
「おおおお……」
 聖別弓は白く輝いている。
 案山子に向かってそれを構えた。

 弓を引くとギリギリとしなる。
 不思議と誰かに支えられている感じがしたため、構えの負担が少ない。

 矢を持つ指先の力を僅かに緩めた。
 何千回としたか分からない動作だ。
 
 矢はカッと案山子の顔面に刺さるが、何かを削る様な削撃音が鳴る。
 ライオットが聞く限り、あり得ない音響だった。

 撃ち抜いた案山子に近寄り、矢を抜いて見ると、獣の牙で顔面を抉り取った様な跡が残っていた。

「ライオット……あんたエグいことするわね……この分だと、鎧でも盾でも簡単に抉れるわ」
 デネボラが駆け寄って来てそう言った。

「俺もそう思う……多分、狩りに近い神様だから、俺と相性が良かったんだと思うよ」

「相性が大事……ね。何事もそうね」
「だな」

「見事ッ!」
 オクシデンスが見ていたようで、ポンと手を打った。

「オクシデンス先生……ちなみに、これって俺に売ってくれたりは……?」

 ライオットが遠慮がちに厚かましいことを尋ねて見るも、
「そんなわけないだろッ! 馬鹿者ッ!」

「ですよね……すみません……」
 オクシデンスに叱られてしまった。

 これ以上何か言われてもつまらないので、オクシデンスから目を逸らす。
 他方を向くとバーナードが目に止まった。

 彼は短剣を持ち、祈りを込めていた。
 すると、短剣は僅かではあるが黄土色に輝いた。

 彼はそれで案山子を斬るも、通常の短剣の効果と変わらず。
 盾を切ってみると衝撃に短剣が手を離れ、地面に刺さる……と思いきや、地面に沈み込んだ。

 バーナードは慌てて、短剣を引っこ抜いた。

「それ、何の神様の奇蹟が?」
 バーナードに駆け寄って問いかける。

 「『土と死の神サターン』。ゾハル様と同じだと思って、試してみたら……すんごい変わり種だよね。これ」
 バーナードはうっとりとした顔で答えた。

「あぁ、そうだな。戦場でどう使うんだろ?」
「うん……やっぱり裏どりとか、罠を仕掛けるためとか……かな」

「そういえば、お前は卑怯な奴だったな……」 
「そんな褒めんなよー」
 バーナードは僅かに嬉しそうにしていた。



「ぐぬぬぬ……うわッ! 熱いッ!」
「うわッ! こっち向けないでよバカッ!」

「きゃーッ! きゃーッ!」
 ラッツが神マルスの加護を受けし聖剣を赤く発光させていた。
 その勢いは昨年のものより輝き、それはきっと彼が戦い抜いて強くなった証明だろう。
 スピカとガーネットは赤光で照らされ、不要な暖を取るハメに。

「他に迷惑をかけるなッ! 祈るのをやめろ馬鹿者ッ!」
 ラッツがオクシデンスに頭を殴られた途端、赤光は消えた。

「あッ! 消えた。先生ありがとうなー」
「『あッ! 消えた』では無いッ! 貴様は修練場50周ッ! 返事はッ!?」
「はい!」
 ラッツは素直に、妙に良い姿勢を維持しながら修練場を走り出した。
 
「ふっ………ッ!」
「ふふふふ……」
 ライオットとデネボラが思わず吹き出していると、

「やっぱりお前らも全員走れッ! お前らは25周で良いぞッ! 返事はッ!?」
「「はい」」



 修練場は芝生が敷かれており、青臭い匂いが立ち込める。
 心地よい春の陽気は、ぬかるむ足場と合わせるとやや不快。

---

「おいラッツ。起きてるか?」
「おう、起きてるぞ」
 ライオットは夕食後、ラッツの部屋を訪れた。その手には、火おこしの道具が見えた。

「焚き火でもしないか?」
「いいな、それ」

「スピカとデネボラも呼んである」
「じゃあ、行くぞ!」
 そう言うとラッツは素早く部屋から飛び出し、走り出してしまった。

「いや、ラッツお前、場所知らないだろ」
 ライオットはラッツの背中を追いかけた。

---

 ラッツは集合場所に着いていた。
 尋ねると「焚火なんかやる場所は、裏門の脇しかねーだろ?」と論理的な回答。

 二人がそこに着くと、すでにスピカとデネボラが火おこしをして待っていた。
 暗がりから手招きをしている。

 春とは言え、まだ寒い夜が続く。

「じゃん! あたし、涙のマシュマロ持って来たわ」
「でかした」
「でかした!」
「ふふん」

 デネボラは、得意気に涙のマシュマローーその昔に女神ガイアが流した涙とされる甘味を取り出して、人数分の小枝に突き刺した。

 マシュマロはパチパチと音を立てて、溶けていく。

 ライオットは「贖罪の炎に焼かれる異端者みたいだ」と思ったが、口をつぐむ。
 
 ライオットは思考を振り払うため、ラッツに話しかける。
「なぁラッツはどうやって、そんな剣強くなったんだ?」

「俺ぁ親父に教えてもらって、後は魔獣との戦いとかかな。お前んとこも親父つええから学ぶに事欠かないだろ?」
「親父とはちょっとな……ま、折り合いが悪いんだ」

「親はすぐ死ぬぞ」
 ラッツはマシュマロをほおばりながら、何事も無いように言い放つ。
 ライオットはどきりとした。

「……え?」
「俺のお袋は7年前に魔獣に殺された」
「あぁ、まぁ……うちと似たようなもんだな」
「ライオットも同じか……」

 二人を少しの沈黙が包み、ささやかに木や炭が爆ぜる音がする。
 一方、スピカはデネボラと何やらきゃいきゃいと楽しそうに話している。
 
「なぁラッツ」

「あんだ?」

「……お前、もちろん聖別は受けるんだろ?」
「あぁ……ちょいと遅くなるかもしれないがな」

「そうか……もし、金に困ったら俺に言えよ。家族の分も工面するよ……金持ちのデネボラが」
「あぁ、ありがとうなデネボラ」

「あら……金持ちは意外とケチなのよ?」
「ふふふ……私は出して貰わなくても大丈夫よ、デネボラ」
「スピカちゃんは出す側でしょ。それからライオットも」

 四人を見下ろす星空は、春の霞がかかっており、満天とはいかず。
 小さな星々の煌きが、霞に影を落としていた。

――星々は神々、隠れゆく神々の暗示

 血が流れる。
 祖国と他国の間で神の名の下に聖戦が始まる。

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