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序章 清掃員、異世界に召喚される
#19「あだ名はフィー、呼び名が生まれる夕暮れに」
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「……ったく。俺に頼むのは間違いだって言ってるだろ」
わざと冷たく言い放ちながら、俺は足を速めた。
だが、少し後ろを歩いてくる少女の気配はまったく揺るがない。
「……あなたじゃなきゃ、駄目なんです」
繰り返すな。俺は勇者でも聖人でも――
「清掃員、ですもんね!」
唐突な肯定に、足が止まった。
振り返ると、彼女はにこりと笑っていた。
ルミナスがふさをぶふっと膨らませ、まるで「そうそう」と同調しているように見える。
「……おい。何がおかしい」
「だって、清掃員ってすごいです!さっきの人を、モップひと振りであっという間に鎮めてしまうなんて……見たことありません!」
修道女は胸の前で小さく光輪十字を描き、真剣な眼差しで俺を見上げた。
「あなたはもしかして…光の加護を受けているんじゃないですか?」
「はぁっ!?やめろ、俺はただの清掃員だって言ってるだろ!」
「でも……光に選ばれた人じゃなきゃ、あんな浄化はできません」
彼女の水色の瞳は、一片の疑いもなく俺を見据えていた。
――やめろ、その真っ直ぐな目は。裏があるようにしか聞こえなくなるんだよ……!
「……あの」
修道女が小さく口を開いた。
「わたしの名前……呼んでくれませんね」
「……いきなりどうした」
「ずっと名前で呼んでくれなくて……。フィオリアーナって、呼んでほしいです」
真っ直ぐに見つめられて、思わず頭をかく。
「……長い名前は覚えられないんだ」
「えっ……」
「お前――いや、フィオリ……あー……なんとか、だろ」
「なんとかじゃないです!フィオリアーナです!」
むくれた顔で言い返す少女に、思わずため息をつく。
「だから長いんだよ。旅の途中でいちいち呼ぶには不便だ。……もう“フィー”でいいだろ」
「フィー……」
ぽかんとした後、ぱっと花が咲くように笑みを浮かべる。
「初めて……あだ名をつけてもらいました!」
大げさに胸の前で光輪十字を切るフィー。
横でルミナスがふさをぶわっと膨らませ、きらきら光を散らした。
「大げさだな……ただ縮めただけなのに」
「でも嬉しいんです!これからは、フィーって呼んでくださいね」
フィーはにこにこしたまま、ふと首をかしげた。
「……じゃあ、今度はわたしの番ですね」
「は?」
「あなたのお名前です。ずっと清掃員さんって言ってますけど……本当は、なんておっしゃるんですか?」
その問いに、思わず口ごもる。
名前を名乗るのも面倒だ――けど、この真っ直ぐな瞳を前にすると、誤魔化しきれる気がしない。
「……白石、恭真だ」
「恭真……」
小さくつぶやいてから、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ、“キョーマさん”って呼びます!」
胸の前で光輪十字を切り、満面の笑みを浮かべるフィー。
ルミナスはぶんぶんと柄を振り、まるで賛同するかのようにふさを揺らした。
俺は頭をかきながら、視線を逸らす。
(……なんでこんなにあっさり踏み込んでくるんだ。この調子で呼ばれ続けたら、こっちの胃がもたないぞ)
夕陽が地平へと沈みかけ、空は朱と紫の入り混じった色に染まっていた。
石畳の影は長く伸び、道の先にある森は黒い塊のように沈黙している。
まだ道のりは長い。だが、隣を歩く小柄な修道女と、肩に揺れるモップの存在が、妙に重さを和らげていた。
俺は小さく息を吐き、足を前へと進める。
(……面倒なことになった。けど――もう後戻りはできそうにないな)
そのとき、隣からぽつりと声が落ちた。
「……あの。ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「どうして、そのモップ……動くんですか?」
水色の瞳が、不思議そうにルミナスを見つめていた。
ルミナスはぶんっと柄を振り、ふさを誇らしげに膨らませる。
俺は返答に詰まり、言葉を飲み込んだ。
――答えは、まだ口にできそうになかった。
わざと冷たく言い放ちながら、俺は足を速めた。
だが、少し後ろを歩いてくる少女の気配はまったく揺るがない。
「……あなたじゃなきゃ、駄目なんです」
繰り返すな。俺は勇者でも聖人でも――
「清掃員、ですもんね!」
唐突な肯定に、足が止まった。
振り返ると、彼女はにこりと笑っていた。
ルミナスがふさをぶふっと膨らませ、まるで「そうそう」と同調しているように見える。
「……おい。何がおかしい」
「だって、清掃員ってすごいです!さっきの人を、モップひと振りであっという間に鎮めてしまうなんて……見たことありません!」
修道女は胸の前で小さく光輪十字を描き、真剣な眼差しで俺を見上げた。
「あなたはもしかして…光の加護を受けているんじゃないですか?」
「はぁっ!?やめろ、俺はただの清掃員だって言ってるだろ!」
「でも……光に選ばれた人じゃなきゃ、あんな浄化はできません」
彼女の水色の瞳は、一片の疑いもなく俺を見据えていた。
――やめろ、その真っ直ぐな目は。裏があるようにしか聞こえなくなるんだよ……!
「……あの」
修道女が小さく口を開いた。
「わたしの名前……呼んでくれませんね」
「……いきなりどうした」
「ずっと名前で呼んでくれなくて……。フィオリアーナって、呼んでほしいです」
真っ直ぐに見つめられて、思わず頭をかく。
「……長い名前は覚えられないんだ」
「えっ……」
「お前――いや、フィオリ……あー……なんとか、だろ」
「なんとかじゃないです!フィオリアーナです!」
むくれた顔で言い返す少女に、思わずため息をつく。
「だから長いんだよ。旅の途中でいちいち呼ぶには不便だ。……もう“フィー”でいいだろ」
「フィー……」
ぽかんとした後、ぱっと花が咲くように笑みを浮かべる。
「初めて……あだ名をつけてもらいました!」
大げさに胸の前で光輪十字を切るフィー。
横でルミナスがふさをぶわっと膨らませ、きらきら光を散らした。
「大げさだな……ただ縮めただけなのに」
「でも嬉しいんです!これからは、フィーって呼んでくださいね」
フィーはにこにこしたまま、ふと首をかしげた。
「……じゃあ、今度はわたしの番ですね」
「は?」
「あなたのお名前です。ずっと清掃員さんって言ってますけど……本当は、なんておっしゃるんですか?」
その問いに、思わず口ごもる。
名前を名乗るのも面倒だ――けど、この真っ直ぐな瞳を前にすると、誤魔化しきれる気がしない。
「……白石、恭真だ」
「恭真……」
小さくつぶやいてから、ぱっと顔を明るくする。
「じゃあ、“キョーマさん”って呼びます!」
胸の前で光輪十字を切り、満面の笑みを浮かべるフィー。
ルミナスはぶんぶんと柄を振り、まるで賛同するかのようにふさを揺らした。
俺は頭をかきながら、視線を逸らす。
(……なんでこんなにあっさり踏み込んでくるんだ。この調子で呼ばれ続けたら、こっちの胃がもたないぞ)
夕陽が地平へと沈みかけ、空は朱と紫の入り混じった色に染まっていた。
石畳の影は長く伸び、道の先にある森は黒い塊のように沈黙している。
まだ道のりは長い。だが、隣を歩く小柄な修道女と、肩に揺れるモップの存在が、妙に重さを和らげていた。
俺は小さく息を吐き、足を前へと進める。
(……面倒なことになった。けど――もう後戻りはできそうにないな)
そのとき、隣からぽつりと声が落ちた。
「……あの。ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
「ん?」
「どうして、そのモップ……動くんですか?」
水色の瞳が、不思議そうにルミナスを見つめていた。
ルミナスはぶんっと柄を振り、ふさを誇らしげに膨らませる。
俺は返答に詰まり、言葉を飲み込んだ。
――答えは、まだ口にできそうになかった。
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