これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな

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「……ああ、お父様! ようやくお帰りになられましたのね!」

夜も更けた頃、玄関ホールに響く重厚な足音を聞き、私は藁をも掴む思いで階段を駆け下りた。

そこに立っていたのは、我がシュバルツ公爵家の当主にして、鉄血宰相の異名を持つ父、ギルベルト・フォン・シュバルツ公爵だった。

普段の父ならば、家の敷地がバラの花で埋め尽くされ、壁に巨大な愛のメッセージが投影されている惨状を見れば、即座に近衛騎士団を呼びつけて国際問題に発展させているはずだ。

「お父様、聞いてくださいませ! アルフォンス殿下が……殿下が乱心なさいましたの! 我が家をこのような、趣味の悪い見世物小屋に変えてしまって……!」

私は父の逞しい腕に縋りつき、必死に訴えた。

だが、父は私の言葉に答える代わりに、ゆっくりと庭に敷き詰められたバラを眺め、ふむ、と頷いた。

「……素晴らしい。この時期にこれだけの『真紅の吐息(レッド・ブレス)』を揃えるとは。殿下の財力と手配力、恐るべしだな」

「お父様……? 感心している場合ではありませんわ! 私、婚約破棄をされたのですのよ? 国外追放を命じられたのですのよ!?」

「ああ、その件か」

父は無表情なまま、懐から一通の羊皮紙を取り出した。

「先ほどまで王宮で、殿下と二人きりでじっくりと話し合ってきたところだ」

「話し合い……。やはり、抗議をしてくださったのですわね! 公爵家の誇りを踏みにじった罪を、厳しく追及してくださったのでしょう!?」

私の期待に満ちた眼差しに対し、父はどこか遠い目をして、手に持っていた羊皮紙を広げた。

「いや……。殿下は私に、膝をついてこう仰ったのだ。『お義父上。お嬢さんを……いや、我が王国の至宝であるカタリーナ様を、私に一生愛でさせてください。そのための予算ならいくらでも国家予算から捻出します』とな」

「……は?」

「さらに、殿下は私に、この婚姻届を提示された」

父が差し出した紙。そこにはすでに、アルフォンス殿下の署名と、王家の宝印がこれでもかと豪華に捺印されていた。

「これにカタリーナ、お前がサインをすれば、お前は次期王妃として、我が国で最も強力な権力を手にする。殿下曰く『カタリーナが望むなら、隣国の一つや二つ、彼女へのプレゼントとして割譲しても構わない』そうだ」

「……冗談……ですわよね? お父様、冗談だと言ってくださいまし!」

私は父の肩を揺さぶった。だが、父の反応は私の予想を遥かに超えるものだった。

「カタリーナ。私はこれまで、お前を厳しく育ててきた。公爵令嬢として、隙を見せるな、常に毅然としていろ、とな」

父が、私の両肩をガッシリと掴んだ。その瞳には、かつてないほどの熱い光が宿っている。

「だが、殿下の熱弁を聞いて、私は己の過ちに気づかされたのだ! 殿下はこう仰った……『シュバルツ公爵、あなたはカタリーナのあの、緊張でガチガチになった挙句に放たれる冷徹な視線の価値をわかっていない! あれはもはや国宝だ! 世界遺産に登録すべき美の暴力だ!』とな!」

「……。……。……」

「私も……実を言うとな、カタリーナ。お前が幼い頃、私を睨みつけながら『お父様なんて、お仕事だけしてればいいんですわ!』と言い放ったあの瞬間、心の奥底で何かが目覚める音がしたのだ!」

父が、感極まったように天を仰いだ。

「殿下と私は、手を取り合って誓い合ったよ。これからは二人で、お前のその『悪役っぷり』を全力でサポートし、守り抜いていこうとな! さあ、カタリーナ! この婚姻届にサインをするのだ!」

「……お父様、あなたもでしたのね」

私は絶望した。

唯一の味方だと思っていた実の父親までもが、殿下の「特殊な嗜好」という名の毒に冒されていた。

「嫌ですわ! 絶対にサインなんてしませんわ! 私、もうこの家も信じられません!」

私は父の手を振り払い、自分の部屋へと逃げ込んだ。

背後から、「待ちなさい、カタリーナ! 殿下が今夜のために特注した『監獄風の寝室』のパンフレットも預かっているんだぞ!」という、恐ろしい声が聞こえてきたが、私は耳を塞いだ。

部屋に入り、鍵を三重にかける。

だが、窓の外を見れば、相変わらず魔法映像が『カタリーナ、一生愛しているよ!』と、ピンク色の光を撒き散らしている。

「……誰か……誰か助けて……」

私はベッドに潜り込み、シーツを被って震えた。

悪役令嬢としての断罪を免れたはずの私は、今、それよりも遥かに恐ろしく、かつ出口のない「巨大な愛の迷宮」に迷い込んでしまったようだった。
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