18 / 28
18
しおりを挟む
王宮での「猛獣使い」としての就職(?)が決まってから数日。
私の名誉回復と次期王妃への内定を祝うという名目で、小規模な夜会が開かれることになった。
「……はあ。また夜会ですの。もう、婚約破棄をされるのは御免ですわよ」
私は鏡の前で、王妃様から贈られた「深淵の紫」のドレスに身を包み、深いため息をついた。
「お嬢様、本日は隣国のヴィクトル王国からも賓客がいらっしゃるとのことです。どうぞ、公爵令嬢としての威厳をお忘れなきよう」
セバスが私の肩に、鋭い輝きを放つダイヤモンドのネックレスをかけた。
「わかっておりますわ。……でも、威厳を出そうとすると、また殿下が変な方向に喜ぶから困りものですわね」
私は緊張をほぐすために顔の筋肉を動かしたが、結局いつもの「人を射殺さんばかりの鋭い目つき」に落ち着いてしまった。
夜会会場に足を踏み入れると、案の定、視線が私に集中する。
だが、これまでの蔑みの視線ではない。「例の、殿下を跪かせた魔性の令嬢だわ」という、畏怖と好奇心が入り混じったものだ。
「……居心地が悪いですわ」
私が壁際でひっそりと毒入りの……もとい、高級なブドウジュースを飲もうとした、その時。
「――お初にお目にかかる、シュバルツ公爵令嬢」
聞き慣れない、しかし甘ったるい声が頭上から降ってきた。
振り返ると、そこにはアルフォンス殿下とはまた違うタイプの、金髪をキラキラとさせた美青年が立っていた。
「ヴィクトル王国の第二王子、エリック・フォン・ヴィクトルだ。……君が、あのアルフォンスに婚約破棄を突きつけられたという、可哀想な小鳥さんかな?」
「……。……は?」
可哀想な小鳥? 誰のことかしら。
私は反射的に、扇子をバサリと広げて口元を隠した。
「エリック殿下とおっしゃいましたかしら。……小鳥とは、どなたのことですの?」
私は緊張のせいで、声が一段と低くなってしまった。
エリック殿下は一瞬、私の目に気圧されたように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて私の手を取った。
「おっと、失礼。小鳥なんて言葉は、君のような『氷の女王』には相応しくなかったね。……君が殿下に捨てられたと聞いて、私は飛んできたのだよ」
「捨てられた……?」
「ああ。あのような審美眼のない男の元にいる必要はない。我が国へ来ないか、カタリーナ? 君のような美しい『悪女』を、私はずっと探していたんだ」
エリック殿下は私の指先に口づけをしようと、顔を近づけてきた。
……これは、チャンスかもしれない。
このまま彼について行けば、アルフォンス殿下の「推し活」から解放され、平穏な(?)隣国での暮らしが手に入るのではないか。
私がほんの一瞬、希望に満ちた(客観的には非常に邪悪な)笑みを浮かべた、その時だった。
「――その汚い手を、私の『国宝』から離してもらおうか。エリック王子」
会場の空気が、一瞬で凍りついた。
背後から現れたアルフォンス殿下の瞳は、いつものキラキラとした輝きが完全に消え、底なしの沼のように真っ黒に濁っていた。
「……アルフォンス。私はただ、フリーになった彼女を勧誘しているだけだよ」
「フリー? 笑わせるな。彼女と私の関係は、今この瞬間も『元婚約者(再婚約準備中)』という、非常に密接で逃げ場のない関係だ」
アルフォンス殿下は、エリック殿下の腕を、骨が鳴るような音を立てて掴み、私から引き剥がした。
「それに……今、彼女を『悪女』と呼んだね?」
「ああ。それが彼女の魅力だろう?」
「違う。彼女は『究極の不器用で可愛い悪役令嬢(ヒロイン)』だ。君のような低俗な男に、彼女の美学を語る資格はない」
殿下は私を自分の背後に隠し、エリック殿下を射殺さんばかりの勢いで睨みつけた。
「今すぐその手を洗え。……いや、消毒しろ。我が国の聖域であるカタリーナに触れた罪は、万死に値する」
「な……!? 君、いくらなんでも言い過ぎだぞ!」
「セバス! 今すぐこの王子を会場から排除し、彼が触れた絨毯をすべて焼き払え! ついでにこの男の持ち込んだ土産物も、すべて地下牢に埋めておけ!」
「承知いたしました、殿下」
セバスが、いつの間に用意したのか、巨大な掃除機のような魔道具を持って現れた。
エリック殿下は「話が違うぞ! アルフォンス、君は彼女を嫌っていたはずじゃ……!」と叫びながら、騎士たちに引きずられていった。
……。
「……殿下。やりすぎですわ。外交問題になったらどうしますの」
私が呆れて声をかけると、殿下は急に「シュン」とした顔で私の方を振り返った。
「……カタリーナ。君は、彼について行こうとしたのかい?」
「……。……少しだけ、検討いたしましたわ」
「っ……! ああ、その『お前よりはマシだ』と言わんばかりの冷酷な回答! 胸に突き刺さるよ、カタリーナ! でも、君を逃がすくらいなら、私は明日からでもこの国を鎖国するよ!」
「……極端すぎますわよ!!」
結局、私の「隣国への亡命計画」は、アルフォンス殿下の重すぎる独占欲によって、開始数分で木っ端微塵に粉砕されたのである。
私の名誉回復と次期王妃への内定を祝うという名目で、小規模な夜会が開かれることになった。
「……はあ。また夜会ですの。もう、婚約破棄をされるのは御免ですわよ」
私は鏡の前で、王妃様から贈られた「深淵の紫」のドレスに身を包み、深いため息をついた。
「お嬢様、本日は隣国のヴィクトル王国からも賓客がいらっしゃるとのことです。どうぞ、公爵令嬢としての威厳をお忘れなきよう」
セバスが私の肩に、鋭い輝きを放つダイヤモンドのネックレスをかけた。
「わかっておりますわ。……でも、威厳を出そうとすると、また殿下が変な方向に喜ぶから困りものですわね」
私は緊張をほぐすために顔の筋肉を動かしたが、結局いつもの「人を射殺さんばかりの鋭い目つき」に落ち着いてしまった。
夜会会場に足を踏み入れると、案の定、視線が私に集中する。
だが、これまでの蔑みの視線ではない。「例の、殿下を跪かせた魔性の令嬢だわ」という、畏怖と好奇心が入り混じったものだ。
「……居心地が悪いですわ」
私が壁際でひっそりと毒入りの……もとい、高級なブドウジュースを飲もうとした、その時。
「――お初にお目にかかる、シュバルツ公爵令嬢」
聞き慣れない、しかし甘ったるい声が頭上から降ってきた。
振り返ると、そこにはアルフォンス殿下とはまた違うタイプの、金髪をキラキラとさせた美青年が立っていた。
「ヴィクトル王国の第二王子、エリック・フォン・ヴィクトルだ。……君が、あのアルフォンスに婚約破棄を突きつけられたという、可哀想な小鳥さんかな?」
「……。……は?」
可哀想な小鳥? 誰のことかしら。
私は反射的に、扇子をバサリと広げて口元を隠した。
「エリック殿下とおっしゃいましたかしら。……小鳥とは、どなたのことですの?」
私は緊張のせいで、声が一段と低くなってしまった。
エリック殿下は一瞬、私の目に気圧されたように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて私の手を取った。
「おっと、失礼。小鳥なんて言葉は、君のような『氷の女王』には相応しくなかったね。……君が殿下に捨てられたと聞いて、私は飛んできたのだよ」
「捨てられた……?」
「ああ。あのような審美眼のない男の元にいる必要はない。我が国へ来ないか、カタリーナ? 君のような美しい『悪女』を、私はずっと探していたんだ」
エリック殿下は私の指先に口づけをしようと、顔を近づけてきた。
……これは、チャンスかもしれない。
このまま彼について行けば、アルフォンス殿下の「推し活」から解放され、平穏な(?)隣国での暮らしが手に入るのではないか。
私がほんの一瞬、希望に満ちた(客観的には非常に邪悪な)笑みを浮かべた、その時だった。
「――その汚い手を、私の『国宝』から離してもらおうか。エリック王子」
会場の空気が、一瞬で凍りついた。
背後から現れたアルフォンス殿下の瞳は、いつものキラキラとした輝きが完全に消え、底なしの沼のように真っ黒に濁っていた。
「……アルフォンス。私はただ、フリーになった彼女を勧誘しているだけだよ」
「フリー? 笑わせるな。彼女と私の関係は、今この瞬間も『元婚約者(再婚約準備中)』という、非常に密接で逃げ場のない関係だ」
アルフォンス殿下は、エリック殿下の腕を、骨が鳴るような音を立てて掴み、私から引き剥がした。
「それに……今、彼女を『悪女』と呼んだね?」
「ああ。それが彼女の魅力だろう?」
「違う。彼女は『究極の不器用で可愛い悪役令嬢(ヒロイン)』だ。君のような低俗な男に、彼女の美学を語る資格はない」
殿下は私を自分の背後に隠し、エリック殿下を射殺さんばかりの勢いで睨みつけた。
「今すぐその手を洗え。……いや、消毒しろ。我が国の聖域であるカタリーナに触れた罪は、万死に値する」
「な……!? 君、いくらなんでも言い過ぎだぞ!」
「セバス! 今すぐこの王子を会場から排除し、彼が触れた絨毯をすべて焼き払え! ついでにこの男の持ち込んだ土産物も、すべて地下牢に埋めておけ!」
「承知いたしました、殿下」
セバスが、いつの間に用意したのか、巨大な掃除機のような魔道具を持って現れた。
エリック殿下は「話が違うぞ! アルフォンス、君は彼女を嫌っていたはずじゃ……!」と叫びながら、騎士たちに引きずられていった。
……。
「……殿下。やりすぎですわ。外交問題になったらどうしますの」
私が呆れて声をかけると、殿下は急に「シュン」とした顔で私の方を振り返った。
「……カタリーナ。君は、彼について行こうとしたのかい?」
「……。……少しだけ、検討いたしましたわ」
「っ……! ああ、その『お前よりはマシだ』と言わんばかりの冷酷な回答! 胸に突き刺さるよ、カタリーナ! でも、君を逃がすくらいなら、私は明日からでもこの国を鎖国するよ!」
「……極端すぎますわよ!!」
結局、私の「隣国への亡命計画」は、アルフォンス殿下の重すぎる独占欲によって、開始数分で木っ端微塵に粉砕されたのである。
0
あなたにおすすめの小説
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした
由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。
無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。
再び招かれたのは、かつて母を追放した国。
礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。
これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる