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辺境伯領の歴史ある大聖堂は、かつてないほどの緊張感に包まれていました。
参列者席には、母国からわざわざやってきた国王陛下や公爵様、さらには「言葉の聖女」を拝もうと集まった領民の方々が、固唾を飲んで見守っています。
祭壇の前、神父様が震える声でギルバート様に問いかけました。
「ギルバート・ヴォルフレード……汝は、このラージュ・アルカディアを妻とし、健やかなるときも……」
「……。ああ。……誓う」
ギルバート様の返事は、地響きのように低く、そして潔い一言でした。会場からは「おお……」と感動の溜息が漏れます。
「では、ラージュ・アルカディア……汝は……」
「神父様、そこからは私の出番ですわ! どうぞ、その聖典を置いて、お水を飲んでお休みになってくださいませ。これからが本番ですわよ!」
私はウェディングドレスの袖をまくり上げるような勢いで(実際には優雅に胸を張っただけですが)、懐から一巻きの巻物を取り出しました。
「ギルバート様! そして参列者の皆様! 私の誓いの言葉は、単なる肯定の返事ではありません。それは、私たちがこれから歩む共生関係における、包括的な基本理念の提示ですわ!」
私は巻物をバサリと広げました。床を転がり、入り口付近まで届くその長さに、国王陛下が「ひっ……!」と短く悲鳴を上げました。
「まず第一章! 愛の定義に関する熱力学的考察! いいですか、私たちの愛はエントロピーを増大させることなく、常に秩序を保ちながら高エネルギーを発し続ける……いわば宇宙の特異点ですの。私が喋るたびに発生する空気の振動が、あなたの沈黙という名の静止エネルギーとぶつかり、新たな付加価値を生む。これこそが、ヴォルフレード領の未来を支える次世代エネルギーですわ!」
私は一息で三〇〇文字を吐き出し、ギルバート様の瞳を真っ直ぐに見つめました。
「第二章、家庭内における情報公開制度! 私は隠し事はいたしません。今日食べたクッキーの粉の数から、夢の中であなたに言いたかった三万字の愛のポエムまで、すべてを即座に共有(シェア)いたしますわ! あなたはそれを『……ああ』という一言でアーカイブする義務を負うのです。これは権利ではなく、魂の契約ですわよ!」
ギルバート様は、驚くこともなく、ただ愛おしそうに私を見つめて頷きました。
「第三章、子育ておよび教育方針における言語の重要性! 生まれてくる子供たちが最初に発する言葉は『パパ』でも『ママ』でもありません。『概ね(おおむね)』あるいは『蓋然性(がいぜんせい)』であってほしいのです! 語彙こそが武器、沈黙こそが防具。私たちは最強の対話型ファミリーを築き上げるのですわ!」
演説が始まって一時間が経過した頃、参列者の皆様の顔からは色が消え、国王陛下に至っては私の声を子守唄代わりに聞きながら、幸せそうに白目を剥き始めていました。
「……。ラージュ。……続きは、あとでいいか」
二時間を経過したところで、ギルバート様が優しく、しかし確実に私の口元をその大きな手で覆いました。
「ふがっ……! ギ、ギルバート様! まだ第七章の『領地における回覧板の多言語化による幸福度の上昇』について、序論も終わっていませんわよ!」
「……。それは、初夜に聞こう。……今は、これを」
ギルバート様は私の手を引くと、参列者の視線を一身に浴びながら、私を引き寄せました。
「……汝を、愛している。……一生、黙らせないことを誓おう」
「……っ!」
その言葉こそ、私にとっての究極の封印魔法でしたわ。
「あ、あなた……! そのセリフは……! ああ、もう、私の脳内辞書が感動のあまり全ページ燃え尽きてしまいましたわ! 責任をとって、さあ、練習通りの七・二秒、かつ四五度の角度で、私を……私の唇を封じてくださいませ!」
私たちは、万雷の拍手(と、ようやく解放されたという参列者たちの安堵の涙)の中で、誓いのキスを交わしました。
秒数はきっかり七・二秒。角度も完璧な四五度。
私の人生という名の独演会に、最高の共同制作者(リスナー)が加わった瞬間でした。
「ギルバート様! 披露宴のスピーチは、さらに気合を入れて五時間コースを用意しておりますから、覚悟してくださいませね!」
「……ああ。……楽しみだ」
世界一やかましい結婚式は、こうして伝説として、後世の歴史書に数万文字(私の監修付き)で記されることになったのでした。
参列者席には、母国からわざわざやってきた国王陛下や公爵様、さらには「言葉の聖女」を拝もうと集まった領民の方々が、固唾を飲んで見守っています。
祭壇の前、神父様が震える声でギルバート様に問いかけました。
「ギルバート・ヴォルフレード……汝は、このラージュ・アルカディアを妻とし、健やかなるときも……」
「……。ああ。……誓う」
ギルバート様の返事は、地響きのように低く、そして潔い一言でした。会場からは「おお……」と感動の溜息が漏れます。
「では、ラージュ・アルカディア……汝は……」
「神父様、そこからは私の出番ですわ! どうぞ、その聖典を置いて、お水を飲んでお休みになってくださいませ。これからが本番ですわよ!」
私はウェディングドレスの袖をまくり上げるような勢いで(実際には優雅に胸を張っただけですが)、懐から一巻きの巻物を取り出しました。
「ギルバート様! そして参列者の皆様! 私の誓いの言葉は、単なる肯定の返事ではありません。それは、私たちがこれから歩む共生関係における、包括的な基本理念の提示ですわ!」
私は巻物をバサリと広げました。床を転がり、入り口付近まで届くその長さに、国王陛下が「ひっ……!」と短く悲鳴を上げました。
「まず第一章! 愛の定義に関する熱力学的考察! いいですか、私たちの愛はエントロピーを増大させることなく、常に秩序を保ちながら高エネルギーを発し続ける……いわば宇宙の特異点ですの。私が喋るたびに発生する空気の振動が、あなたの沈黙という名の静止エネルギーとぶつかり、新たな付加価値を生む。これこそが、ヴォルフレード領の未来を支える次世代エネルギーですわ!」
私は一息で三〇〇文字を吐き出し、ギルバート様の瞳を真っ直ぐに見つめました。
「第二章、家庭内における情報公開制度! 私は隠し事はいたしません。今日食べたクッキーの粉の数から、夢の中であなたに言いたかった三万字の愛のポエムまで、すべてを即座に共有(シェア)いたしますわ! あなたはそれを『……ああ』という一言でアーカイブする義務を負うのです。これは権利ではなく、魂の契約ですわよ!」
ギルバート様は、驚くこともなく、ただ愛おしそうに私を見つめて頷きました。
「第三章、子育ておよび教育方針における言語の重要性! 生まれてくる子供たちが最初に発する言葉は『パパ』でも『ママ』でもありません。『概ね(おおむね)』あるいは『蓋然性(がいぜんせい)』であってほしいのです! 語彙こそが武器、沈黙こそが防具。私たちは最強の対話型ファミリーを築き上げるのですわ!」
演説が始まって一時間が経過した頃、参列者の皆様の顔からは色が消え、国王陛下に至っては私の声を子守唄代わりに聞きながら、幸せそうに白目を剥き始めていました。
「……。ラージュ。……続きは、あとでいいか」
二時間を経過したところで、ギルバート様が優しく、しかし確実に私の口元をその大きな手で覆いました。
「ふがっ……! ギ、ギルバート様! まだ第七章の『領地における回覧板の多言語化による幸福度の上昇』について、序論も終わっていませんわよ!」
「……。それは、初夜に聞こう。……今は、これを」
ギルバート様は私の手を引くと、参列者の視線を一身に浴びながら、私を引き寄せました。
「……汝を、愛している。……一生、黙らせないことを誓おう」
「……っ!」
その言葉こそ、私にとっての究極の封印魔法でしたわ。
「あ、あなた……! そのセリフは……! ああ、もう、私の脳内辞書が感動のあまり全ページ燃え尽きてしまいましたわ! 責任をとって、さあ、練習通りの七・二秒、かつ四五度の角度で、私を……私の唇を封じてくださいませ!」
私たちは、万雷の拍手(と、ようやく解放されたという参列者たちの安堵の涙)の中で、誓いのキスを交わしました。
秒数はきっかり七・二秒。角度も完璧な四五度。
私の人生という名の独演会に、最高の共同制作者(リスナー)が加わった瞬間でした。
「ギルバート様! 披露宴のスピーチは、さらに気合を入れて五時間コースを用意しておりますから、覚悟してくださいませね!」
「……ああ。……楽しみだ」
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