王子を断捨離!うるさいのでこちらから婚約破棄させていただきます!

桃瀬ももな

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「……素晴らしいですわね。領民が泥水を啜るような生活をしている一方で、領主の館だけは金箔を塗りたくったような成金趣味。……この維持費だけで、騎士団の馬が何頭買えることかしら」

私は、エドワード殿下の隠居先――もとい、謹慎先である別邸を見上げて、扇で口元を隠した。
そこには、謹慎中とは思えないほど優雅に、テラスでアフタヌーンティーを楽しむエドワード殿下とルル様の姿があった。

「あ、あらぁ、メアリー様! こんな田舎まで、ルルたちを追いかけに来たんですかぁ? もう、そんなにエドワード様が忘れられないなんて、未練たらたらですぅ!」

ルル様が、宝石を散りばめたカップを手に、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
エドワード殿下も、ふんぞり返って私を見下ろした。

「ふん、メアリー。わざわざ僕の顔を見に来るとは。……どうだ、財務省での仕事は。僕のいない寂しさに、数字を数えて夜を明かしているんだろう?」

私は、隣に立つサイラス様と視線を合わせた。
サイラス様の周囲には、物理的な「零度」の空気が渦巻いている。

「……サイラス様。……この方たちの脳内には、まだ『現実』という名のデータがダウンロードされていないようですわね」

「……ああ。……私が最も嫌う『非効率な妄想』の極致だな。……メアリー、遠慮は要らない。……この者たちの目の前に、冷酷な真実(デジタル)を突きつけてやれ」

私は頷き、懐から一通の、真っ黒な表紙の報告書を取り出した。

「殿下、ルル様。……私がここに来たのは、貴方方の愛を語り合うためではありません。……貴方方がこの一ヶ月で消費した『資産』の、最終清算書をお持ちしたのですわ」

「清算書だと? そんなもの、公爵家が払っておけばいいだろう!」

「……残念ながら。……アディントン公爵家は、三日前に王家に対するすべての資金援助を『無価値な投資』として停止いたしました。……そして、現在この屋敷で使われているすべての物品――このテーブルも、カップも、そしてルル様が座っているその椅子も……」

私は一歩、テラスへと足を踏み入れた。

「……すでに、債権回収の一環として差し押さえ済みですわ。……はい、アン、撤去してちょうだい」

「かしこまりました、お嬢様!」

背後に控えていた屈強な使用人たちが、ルル様が座っていた椅子を、彼女を座らせたまま文字通り「引き抜いた」。

「きゃあぁっ!? な、なにするんですぅ! お尻が痛いですぅ!」

地面に尻もちをついたルル様を無視し、私はエドワード殿下の前に立ち、報告書を広げた。

「殿下、ご覧ください。……貴方の現在の負債額は、この領地の年収の二百年分に達しました。……数字は嘘をつきませんわ。……貴方は今、この国で最も価値のない『歩く赤字(デットストック)』なのです」

「な……っ、二百年分……!? 馬鹿な、そんなはずがあるか!」

「ありますわ。……貴方がルル様に買い与えた『真実の愛のダイヤモンド』。……あれ、実は盗品を掴まされていたようですわね。……その賠償金と、さらに鑑定を怠った過失損害金。……すべて加算されておりますわよ」

エドワード殿下の顔が、みるみるうちに土気色に変わっていく。
私はさらに、追い打ちをかけるように冷たく微笑んだ。

「さて、殿下。……支払えないのであれば、相応の労働で返していただくしかありません。……リグレット領の再建計画の一環として、貴方には明日から、領民と一緒に道路の泥を掻き出し、石を運ぶ作業に従事していただきます」

「そ、そんな、僕が肉体労働だと!? 王子だぞ!」

「『元』王子です。……本日、国王陛下より正式に、貴方の廃嫡(はいちゃく)と平民への降格が決定いたしました。……名前は……そうですね、『エドワード・欠損金』とでも改名されたらいかがかしら?」

「ひ、ひぃぃっ……! 平民……!? ルル、嫌ですぅ! 泥だらけの人生なんて、脚本にありませんでしたぁー!」

泣き喚く二人を、サイラス様が冷酷な視線で射抜いた。

「……騒ぐな。……貴様たちのその絶叫、一デシベルごとに私の貴重な耳の細胞を損傷させている。……その修理費も、負債に加算しておこうか?」

サイラス様の「本気」の威圧感に、二人は言葉を失い、その場にへたり込んだ。

「……さて、メアリー。……ゴミの仕分けは終わったな。……次は、この屋敷の売却益で、どれだけの領民にパンを配れるか計算しに行こうか」

「ええ、サイラス様。……最高に効率的な、富の再分配を行いましょう」

私は、一度も振り返ることなく、テラスを後にした。
背後で「愛してるって言ったじゃない!」「お前が宝石を強請るからだ!」という、醜い罵り合いが聞こえてきたが。
……愛という名の不確かな資産が崩壊する音ほど、心地よいBGMはありませんわね。

「……メアリー。……君は、本当に数字に関しては容赦がないな」

馬車へ戻る途中、サイラス様がふっと、今日一番の穏やかな笑みを見せた。

「あら、サイラス様。……数字は真実ですもの。……裏切る人間より、よっぽど信頼に値すると思いませんか?」

「……。……。……では、私はどうだ?……私の、君への想いは……どの数式で表せば、信頼してもらえるだろうか」

立ち止まったサイラス様が、私の手をそっと握りしめた。
その大きな手のひらから伝わる熱は、どんな帳簿にも記載されていない、未知の「熱量」だった。

「……検討(けんとう)が必要ですわね。……ですが、今のところ……その熱量に対する私の心拍数の増加率は、かなり良好な数値を叩き出しておりますわ」

「……そうか。……なら、さらなる追加投資が必要だな」

私たちは、夕焼けに染まる領地を眺めながら、二人だけの「幸福な未来」という名の、最も収益率の高い契約を交わそうとしていた。
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