婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者様への復讐を。

桃瀬ももな

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「ボス! 大変ですわ! 店の前に、隣町の貴婦人たちが列を作っています! 中には『バロン夫人のドレスより豪華なものを出せ』って叫んでる過激派もいますわよ!」

アリスが息を切らせて店内に飛び込んできました。
私は優雅に、昨日買い取った「ただの安物ワイン(ただしラベルだけ貼り替えた特製品)」を口に含み、冷淡に微笑みました。

「落ち着きなさい、アリス。需要が供給を上回る。これは商売において、最も『価格を吊り上げやすい』理想的な状態よ」

私の目の前には、前のオーナーが残したゴミの山……もとい、お宝が積み上がっています。
色褪せたシルク、使い道のわからない大量のボタン、そして時代遅れの極致である巨大な羽飾り。

「アリス、店を開ける前に指示を出すわ。今日から、この店は『完全予約制』にします。そして、商品はすべて『オークション形式』で販売するの」

「お、オークション!? こんな古臭いリボンや羽根を、競りにかけるんですか?」

「ええ。人は『誰かと奪い合う』ことで、その物に本来以上の価値を見出す生き物よ。特に、隣の家の奥様より良いものを持ちたいという虚栄心は、金貨よりも重い動力源になるわ」

私は手際よく、色褪せた紫のシルクに、安物のレースをたっぷりと縫い付けました。
さらに、その中央に「魔力を込めた(という設定の)ただのガラス」を配置します。

「いい? これは『隣国で流行遅れのドレス』ではないわ。……かつて、建国当時の女王陛下が愛したデザインを、現代の技術で復元した『ロイヤル・クラシック・コレクション』よ」

「……ボスの口から出る言葉、すべてに商標登録料を払いたくなってきましたわ」

開店の鐘が鳴ると同時に、店内には香水の匂いを漂わせた貴婦人たちがなだれ込んできました。
私は仮面の奥から、彼女たちの財布の厚みを冷静に見極めます。

「皆様、ようこそ『ミス・クリスタルの宝石箱』へ。本日ご紹介するのは、一着限定……時の流れに磨かれた、至高のアンティーク・ドレスですわ」

私がカーテンを開くと、そこには「ゴミの山」から再生された、ド派手で古臭い……いえ、クラシカルなドレスがライトを浴びて立っていました。

「まあ! なんて重厚感のあるデザインかしら!」
「あの羽根の使い方は、今の流行にはない大胆さだわ!」

婦人たちの目が、獲物を見つけた鷹のように鋭くなります。
私はさらに、追い打ちをかけるように「情報」を提示しました。

「このドレスに使われている糸は、今は亡き伝説の織り師が手掛けたもの(という設定)。……さあ、開始価格は金貨二十枚から。最もこの歴史にふさわしい方にお譲りいたしますわ」

「二十五枚!」
「三十枚よ!」
「私は四十枚出すわ!」

価格は、私の予想を遥かに超える速度で跳ね上がっていきました。
最終的に、ドレスは金貨六十枚という、元の原価(ほぼゼロ)からは考えられない価格で落札されました。

「……ボス、怖いです。あの婦人、あんなに喜んで金貨を払って……。あれ、昨日まで地下室でネズミの枕になってた布ですよね?」

「アリス、失礼なことを言わないで。彼女は『満足感』を買ったのよ。……さて、次はあの大量の『錆びたブローチ』を、『騎士の誓いの守護石』として売り出す準備をしましょうか」

一方で、私がこうして着々と資産を増やしている頃。
国境を越えた先にあるアルマ王国では、ある「悲劇」が起きていました。

「……おい、メル! この書類は何だ! なぜ国庫の残高が、先月の半分になっているんだ!」

王宮の執務室で、カイル王子が頭を抱えて叫んでいました。
彼の前には、数字が支離滅裂に並んだ帳簿が積み上がっています。

「だ、だってカイル様ぁ……。ダイヤ様がいなくなってから、誰も数字を教えてくれないんですもの。私、聖女だから難しいことはわからないわ!」

「くそっ、あの女……! 婚約破棄したくらいで、仕事まで放棄して逃げ出すとは! どれほど無責任なんだ!」

「そうよカイル様! きっとダイヤ様は、私たちが困るのを楽しんでいるんだわ! なんて性根の腐った悪役令嬢かしら!」

彼らはまだ気づいていません。
私が仕事を「放棄」したのではなく、私がいたからこそ、この国が「機能」していたのだという事実に。
私が管理していた物流、私が調整していた予算、私が抑えていた汚職。
そのすべてが、砂の城のように崩れ始めていることに。

「……ふふ、くしゅんっ!」

「ボス、風邪ですか?」

「いいえ。どこかの無能が、私の名前を呼んで泣き言を言っている気がしただけよ。……さあ、アリス。次の客よ。今度は『割れた陶器』を『幸運のパズル』として売るわよ!」

私は、手元の計算機(魔石式)を弾きました。
表示された利益の数字は、王国の予算の数パーセントにまで迫ろうとしています。

「愛なんて、一円の得にもならないけれど。……数字は、私を絶対に裏切らないわ」

仮面の奥の瞳は、次の獲物を求めて、かつてないほどギラギラと輝いていました。
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