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カウントダウン
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第一章 死の刻印
朝、目覚めると、私の手首に数字が浮かんでいた。
『168:00:00』
私——桐谷ミサキは、その数字を見つめて凍りついた。三十歳。IT企業の会社員。普通の生活を送っていたはずだった。昨日まで。
数字は、薄く光っている。まるでタトゥーのように、だが皮膚の下から発光しているようだった。触れても、消えない。痛みもない。ただ、そこにある。そして——数字が、減っていく。
『167:59:58』『167:59:57』
カウントダウン。
私は、パニックになった。携帯で検索した。「手首 数字 カウントダウン」
すると——無数のニュース記事が表示された。
『謎の死のカウントダウン現象、全国で発生』『数字がゼロになった者は全員死亡』『原因不明、対処法なし』
一週間前から、全国で同じ現象が報告されている。突然、手首に数字が現れる。そして、カウントダウンが始まる。数字がゼロになると——その人は死ぬ。死因は様々だ。心臓発作、事故、突然死——だが、全員が数字がゼロになった瞬間に死んでいる。
私の手首を見た。『167:45:23』——約168時間。7日間。7日後、私は死ぬ。
病院に向かったが、待合室には同じように手首に数字が浮かんだ人々が溢れていた。医師たちは困惑していた。「申し訳ありません。原因が分からないんです」
その時、一人の男性が私に話しかけてきた。「君も、カウントダウンが現れたのか」
四十代、スーツを着た、疲れた顔の男性。「俺は、三田村ヒロシ。ジャーナリストだ」
三田村は、自分の手首を見せた。『72:15:40』——3日。
「俺は、君より先に死ぬ。だが、諦めてない。この現象の真相を暴く。これは、自然現象じゃない。誰かが、仕組んでいる。そして、俺はその『誰か』の手がかりを掴んだ。協力してくれないか?」
私は、迷わなかった。「協力します」
三田村は、私を連れて、古いビルに向かった。看板には『未来研究所』と書かれていた。「一週間前、このビルで働いていた科学者——天野サクラが失踪した。そして、その直後からカウントダウン現象が始まった」
中は荒らされていた。書類が散乱し、機材が破壊されている。三田村は、床に落ちていた資料を拾った。「『時間制御実験』——これが、彼女の研究テーマだ」
資料には『個人時間の可視化と操作』と書かれていた。
「人には、それぞれ寿命がある。その『残り時間』を可視化する技術——それが、天野博士の研究だった。そして、その技術が暴走したんだ」
「つまり、この数字は......」「そうだ。君の、俺の、そしてすべての被害者の——残り寿命だ」
その時、ビルの外から声がした。「誰かいるのか!?」——警察だ。
「まずい。逃げるぞ」私たちは、裏口から逃げ出した。
だが、出口には一人の女性が立っていた。三十代、白衣を着た、鋭い目をした女性。
「あなたたちも、カウントダウンが現れたのね。私は、榊リカ。天野サクラの助手だった」
「天野博士は、どこにいるんだ!?」三田村が叫んだ。
「分からない。でも、一つだけ言える。この現象は、止められる」
私の心臓が跳ね上がった。「本当ですか!?」
「ええ。だが、条件がある。真実を知る覚悟はある? たとえ、それが絶望的なものでも」
私と三田村は、同時に頷いた。「教えてください」
その時、私の手首の数字が急に減り始めた。『167:30:00』→『150:00:00』
17時間以上、一気に減った。
榊が驚いた顔をした。「これは......加速している。カウントダウンが、予定より早く進んでいる。まずい。システムが、不安定になっている」
私は恐怖で震えた。7日どころか、もっと早く死ぬかもしれない。
「急ぎましょう。時間が、ない」榊が走り出した。
第二章 隠された真実
榊の隠れ家は、廃ビルの地下だった。そこには、大量の研究資料と、古いコンピューターがあった。
榊は、コンピューターを起動した。画面には、複雑なプログラムが表示された。「これが、『時間制御システム』——通称『クロノス』」
「人間の寿命は、生まれた瞬間に決まっている。遺伝子、環境、運命——様々な要素で。このシステムは、その『残り時間』を計算し、可視化する」
「最初は、医療目的だった。寿命が分かれば、病気の予防や治療計画が立てやすくなる。だが......天野博士は、さらに先を目指した。時間を『操作』することを」
「操作......?」「そう。寿命を延ばしたり、縮めたり——時間を自由に操る」
三田村が言った。「だから、危険だと警告した研究者もいた。だが、天野博士は聞かなかった」
榊が別のファイルを開いた。「一週間前、天野博士は最終実験を行った。被験者は、無作為に選ばれた百人」
私の血の気が引いた。「私たちは......その百人?」
「おそらく。そして、実験は失敗した。システムが暴走し、被験者全員にカウントダウンが表示された。さらに悪いことに——システムは、時間を『固定』してしまった」
「本来、人の寿命は変動する。生活習慣や偶然の事故で、延びたり縮んだりする。だが、このシステムは寿命を『確定』させた」
「つまり、カウントダウンがゼロになったら——確実に死ぬ。どんな理由であれ」
三田村が苦い顔をした。「運命が、固定された」
私は絶望した。「でも、止められるんですよね?」
榊はしばらく黙っていた。そして言った。「一つだけ、方法がある。システムのマスターサーバーをシャットダウンすること。サーバーは、ここにある。未来研究所の地下深く」
「行きましょう!」私は立ち上がった。
だが、榊が私を止めた。「待って。簡単じゃない。サーバールームには、厳重なセキュリティがある。さらに——天野博士が、何か仕掛けている可能性がある」
三田村が言った。「それでも、行くしかない」彼は自分の手首を見た。『68:22:15』「俺には、時間がない」
私も頷いた。「私も、行きます」
数時間後、私たちは未来研究所に戻った。榊が、セキュリティカードでドアを開けた。「私のカードは、まだ有効みたい」
地下へ続く階段を降りた。薄暗い廊下、冷たい空気——まるで墓場のようだった。
「サーバールームは、地下五階」榊が先導した。
だが、地下三階に着いた時——突然、照明が消えた。真っ暗闇。
スピーカーから声が聞こえた。「よく来たわね、榊」——女性の声。天野サクラだ。
「天野博士!? どこにいるんですか!?」榊が叫んだ。
「それは、教えられないわ。でも、一つだけ言っておく。サーバーには、辿り着けない。なぜなら——あなたたちも、私の実験の一部だから」
その瞬間、廊下の両側から壁が迫ってきた。罠だ!
「逃げろ!」三田村が叫んだ。私たちは必死に走った。
榊が横の部屋に飛び込んだ。私たちも続いた。壁が、部屋の入口を塞いだ。間一髪だった。
「天野博士......完全に狂っている」榊が呟いた。
部屋の奥には——巨大なガラスの水槽があった。中には液体が満たされ、何かが浮かんでいた。人間のような形をした、何か。
「まさか......クローン......?」榊の顔が恐怖に歪んだ。
その時、水槽の中の「それ」が目を開いた。そして私たちを見た。
私は悲鳴を上げた。なぜなら——その顔は、天野サクラだったから。
第三章 狂気の実験
「これは......どういうことですか?」私は震える声で尋ねた。
榊も答えられなかった。ただ、水槽の中の「天野サクラ」を見つめていた。
スピーカーから声がした。「驚いた? 榊。これが、私の究極の実験よ」
「天野博士......これは、何なんですか!?」榊が叫んだ。
「見ての通り、私のクローンよ。時間制御の研究を進めるうちに、気づいたの。人間の寿命は、限られている。だから、研究も限られる。でも、もし自分のコピーがいれば——」
榊が息を呑んだ。「まさか、研究を継続させるために......」
「そう。私は、自分のクローンを作った。そして、私の記憶と知識を、クローンに移植した。これで、私は『不死』になったの」
「でも、まだ完璧じゃない。記憶の移植には、膨大なエネルギーが必要。そのエネルギー源が——」
三田村が気づいた。「私たちの、時間か?」
「正解。あなたたちの『残り時間』を吸い取って、私のクローンに与えている。だから、カウントダウンが加速するの」
私は絶望した。「私たちは......エネルギー源にされている......」
「そういうこと。あなたたちが死ねば、私は永遠に生きられる」
榊が拳を握りしめた。「許せない......このクローンを、破壊する!」
だが、その瞬間——水槽から、クローンが飛び出してきた。ガラスが割れ、液体が溢れ出た。
クローンは榊に襲いかかった。「きゃあ!」榊が床に倒れた。
クローンの力は異常に強かった。三田村が引き離そうとしたが、殴り飛ばされた。
私は近くにあったパイプを掴んだ。そしてクローンの頭を殴った。「やめて!」
クローンがよろめいた。その隙に榊が逃げた。
だが、その時——クローンが突然倒れた。
榊がクローンを確認した。「まだ、未完成だったのね。長時間は動けない」
私たちは通風口を通って部屋を出た。そして地下五階に向かった。
だが、途中で——私の手首の数字が、また減った。『150:00:00』→『100:00:00』
50時間、一気に減った。体が急に重くなった。「くっ......」私は膝をついた。
「桐谷さん!」榊が私を支えた。
「ええ......でも、時間がない。急ぎましょう」私は必死に立ち上がった。
私たちはついに地下五階に到達した。そこには、巨大なサーバールームがあった。無数のサーバーが稼働している。
「これが、クロノスのマスターサーバー」榊がメインコンソールに向かった。「シャットダウンの手順を実行します」
彼女は素早くキーボードを叩いた。だが——『エラー。管理者権限が必要です』
「まずい......パスワードが必要」榊が焦った。
スピーカーから声がした。「無駄よ、榊。パスワードは、私の記憶の奥底。誰にも解読できない」
私は考えた。「物理的に、破壊すればいいんじゃないですか?」
榊が目を見開いた。「それは......危険です。サーバーには、自爆装置があるかもしれない」
「でも、他に方法は?」
榊はしばらく考えた。そして決意した。「分かった。やりましょう」
私たちはサーバーラックに近づき、電源ケーブルを引き抜き始めた。
その瞬間——警報が鳴り響いた。「やはり、自爆装置が!」榊が叫んだ。「あと30秒で、このフロアが爆発します!」
「急いで!」私たちは必死にケーブルを引き抜いた。サーバーが次々とシャットダウンしていく。
「20秒!」「15秒!」
私は最後のケーブルを掴んだ。そして引き抜いた。すべてのサーバーが停止した。
「10秒!」「逃げろ!」
私たちは階段を駆け上がった。地上に出た瞬間——爆発が起きた。ビル全体が揺れた。
私たちは地面に倒れた。そして——私の手首を見た。数字が——消えていた。
「消えた......」榊も、三田村も、手首を確認した。全員、数字が消えていた。
「成功した......助かった......」私は涙を流した。
その時、ビルの方から誰かが歩いてきた。天野サクラだった。だが、その姿はボロボロだった。
「天野博士......」榊が駆け寄ろうとした。
だが、天野博士は手を上げて制止した。「来ないで、榊。私は......間違っていた」
「不死になりたかった。永遠に研究したかった。でも、それは間違いだった。人には、限られた時間があるから、意味がある。それを、理解できなかった」
天野博士は私たちを見た。「ごめんなさい。あなたたちを、実験台にして。許してください」
私は天野博士に近づいた。そして手を差し伸べた。「もう、終わりました」
天野博士は私の手を取った。そして泣き崩れた。
第四章 時間の重み
それから一週間が経った。カウントダウン現象は完全に消滅した。
天野博士は警察に自首した。榊も取り調べを受けたが、最終的には不起訴となった。彼女は天野博士を止めようとしていたことが認められたのだ。
私と三田村は証人として事情を説明し、平穏な日常に戻った。
だが、私の心には不安が残っていた。あのカウントダウンは本当に消えたのか。私の寿命は元に戻ったのか。
ある日、私は榊に会いに行った。彼女は小さな研究所で働いていた。
「桐谷さん、久しぶり」榊が微笑んで迎えてくれた。
「私たちの寿命は......本当に元に戻ったんですか?」
榊の表情が曇った。「正直に言うと......分かりません。クロノスのシステムは破壊されました。でも、一度『固定』された寿命が元に戻ったかどうかは......」
「いえ。システムが破壊された以上、少なくとも『確定した死』からは解放されたはずです」榊が私の手を握った。
「でも、寿命が延びたか縮まったかは分かりません。結局、人間の寿命なんて、誰にも分からないんです。明日死ぬかもしれないし、百年生きるかもしれない。それが、人生です」
私は榊の言葉を噛みしめた。そうだ。誰も自分の寿命を知らない。だから、一日一日を大切に生きる。それが人間なんだ。
「ありがとうございます、榊さん。もう、大丈夫です」私は微笑んだ。
数日後、三田村から連絡があった。「桐谷、会えないか?」
カフェで会うと、三田村が真剣な顔で言った。「実は、新しい情報が入った。天野博士のクローン——あれ、実はまだ生きている」
私の心臓が跳ね上がった。「生きている!?」
「ああ。あの爆発で研究所の地下は崩壊した。だが、クローンは生き延びたらしい。目撃情報がある。研究所の近くで、天野博士そっくりの人物が徘徊していると」
「そして問題は——クローンは天野博士の記憶を持っている。つまり、クロノスの技術も知っている。もし、クローンが新しいシステムを作ったら——」
私は立ち上がった。「止めなければ。クローンを見つけます」
三田村も立ち上がった。「俺も行く」
私たちは研究所の廃墟に向かった。夜の廃墟は不気味だった。焼け焦げたビル、崩れた壁——爆発の痕が生々しく残っていた。
建物の奥から声が聞こえた。「誰......?」——女性の声。天野博士の声だ。
崩れた部屋の隅に、クローンが座っていた。だが、その姿は哀れだった。服はボロボロ、体には傷がある。そして目は虚ろだった。
「あなたは......」私が近づくと、クローンは私を見た。
「私は......誰? 私は、天野サクラ? それとも......記憶がある。でも、それは本当に私の記憶? それとも、誰かから与えられたもの? 分からない......私は、誰なの?」
クローンが頭を抱えた。
私はクローンを見て、哀れみを感じた。このクローンは被害者なのかもしれない。天野博士の野望の犠牲者。
「あなたは、あなたです」私はクローンに話しかけた。「誰かのコピーではなく、一人の人間です。記憶がどこから来たかは関係ない。今、ここにいるあなたが、あなたです」
クローンの目に涙が浮かんだ。「ありがとう......」
だが、その時——建物が揺れた。崩壊が始まった。
「逃げるぞ!」三田村が叫んだ。
私はクローンの手を引いた。「来て!」
だが、クローンは動かなかった。「私は......行けない。私は、存在してはいけない。私は、天野サクラの罪の象徴。だから、ここで終わる」
「そんな!」私はクローンの手を強く握った。「あなたは、罪なんかじゃない! 生きる権利がある!」
だが、クローンは首を横に振った。「ありがとう。でも、これでいいの。あなたは、生きて。そして——」
建物が大きく揺れた。「逃げて!」
三田村が私を引っ張った。私たちは建物から逃げ出した。
そして——建物は完全に崩壊した。瓦礫の山が、クローンを飲み込んだ。
「いやあああ!」私は叫んだ。三田村が私を抱きしめた。「もう、終わったんだ」
私は泣き続けた。クローンを救えなかった。
第五章 時間という贈り物
それから一年が経った。私は相変わらず会社員として働いていた。だが、以前とは違う。一日一日を大切にするようになった。
朝、目覚める。それだけで感謝する。今日も生きている。
昼、仕事をする。それだけで充実感がある。今日も働ける。
夜、眠る。それだけで安心する。明日も来る。
当たり前のことが、当たり前じゃなくなった。カウントダウンを経験して、私は変わった。
ある日、三田村から連絡があった。「桐谷、久しぶり。実は、本を出版することになった。カウントダウン事件について。俺たちの体験を記録したいんだ。多くの人に、時間の大切さを伝えたい」
「素晴らしいですね」「協力してくれないか? インタビューを受けてほしい」「もちろんです」
数日後、私は三田村のオフィスを訪れ、インタビューを受けた。
「あの時、何を感じましたか?」三田村が尋ねた。
「恐怖でした。自分の死が確定している。それを知ることの恐ろしさ。でも、同時に——気づきもありました」
「何に?」「時間の価値です」私は窓の外を見た。
「普段、私たちは時間を無駄にしています。『いつか』『そのうち』——そう言って先延ばしにする。でも、時間は有限です。いつかは来ないかもしれない」
三田村が頷いた。「その通りだ」
「だから、今を生きる。それが、私がカウントダウンから学んだことです」
インタビューが終わった後、三田村が言った。「実は、もう一人、会ってほしい人がいる。天野博士だ」
私の心臓が跳ねた。「会います」
数日後、私は拘置所を訪れた。面会室で天野博士が待っていた。一年前よりやつれていた。だが目は穏やかだった。
「桐谷さん、来てくれてありがとう」天野博士が頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした。あなたを実験台にして。あなたの時間を奪おうとして。許してください」
「私は、愚かでした」天野博士が続けた。「不死を求めて、大切なものを見失った。時間は、有限だから価値がある。それを理解できなかった」
「でも、今は分かります。限られた時間を、どう使うか。それが、人生なんです」
私は深く息を吐いた。そして言った。「天野博士、私は許します。あなたは間違いを犯しました。でも、それを認めた。そして後悔している。それで十分です」
天野博士が泣き崩れた。「ありがとう......ありがとうございます......」
私は天野博士の手を握った。「残された時間を、大切にしてください」
天野博士が頷いた。「はい......必ず」
拘置所を出た後、私は空を見上げた。青い空、白い雲。美しい景色。私は生きている。今日も、明日も。いつまで生きられるかは分からない。でも、それでいい。限られた時間だから、価値がある。
数ヶ月後、三田村の本が出版された。『カウントダウン——時間という贈り物』
本は大きな反響を呼んだ。多くの人が、時間の大切さを再認識した。
私のインタビューも収録されていた。「時間は、贈り物です。誰かが、私たちに与えてくれた。だから、大切に使わなければなりません」
その言葉が、多くの人の心に響いた。
ある日、私は榊から手紙を受け取った。『桐谷さん、お元気ですか? 私は今、ホスピスで働いています。余命わずかな患者さんたちに、寄り添う仕事です。カウントダウンの経験が役立っています。時間の大切さを、患者さんたちと分かち合っています。いつか、また会いましょう』
私は手紙を読んで微笑んだ。榊も新しい道を見つけたのだ。
そして私は——今日も生きている。会社で働き、友人と笑い、家族と過ごす。普通の日常。だが、それが何よりも尊い。なぜなら——限られた時間の中で生きているから。
夜、ベッドに横になり、私は手首を見た。もう数字はない。カウントダウンは消えた。
でも、私の心の中には——今も時計が刻んでいる。人生の残り時間を。それがどれくらいかは分からない。明日かもしれないし、五十年後かもしれない。でも、それでいい。知らないから、希望がある。知らないから、今を大切にできる。
私は目を閉じた。そして心の中で呟いた。「ありがとう」
誰に言っているのか分からない。神様か、運命か、それとも——ただ、感謝していた。今日という日を与えてくれたことに。明日も、また生きられることに。そして——時間という、かけがえのない贈り物に。
翌朝、目が覚めた。また、新しい一日が始まる。私はベッドから起き上がった。窓を開けると、朝日が差し込んできた。温かい光。生きている証。
「今日も、頑張ろう」私は微笑んだ。そして一日を始めた。限られた時間を、精一杯生きるために。
カウントダウンは終わった。だが、人生のカウントダウンは、今も続いている。誰もが、いつかはゼロになる。でも、恐れることはない。なぜなら——ゼロになるまでの時間が、人生だから。
その時間を、どう使うか。それが、私たちに与えられた最も大切な選択。
私は選んだ。今を、精一杯生きると。後悔しないように生きると。そして——時間という贈り物を、大切にすると。
空は今日も青い。太陽は今日も輝いている。私は今日も生きている。それだけで、十分だ。
カウントダウンが教えてくれた。時間の価値を。命の尊さを。そして——今、この瞬間を生きることの、素晴らしさを。
私は歩き出した。新しい一日へ。新しい人生へ。カウントダウンのない、自由な未来へ。
だが、心の中では——常に時間を意識している。限られた時間を無駄にしないために。それが、私の生き方。カウントダウンを経験した者の生き方。
時間は、贈り物。大切に、使わなければ。
朝、目覚めると、私の手首に数字が浮かんでいた。
『168:00:00』
私——桐谷ミサキは、その数字を見つめて凍りついた。三十歳。IT企業の会社員。普通の生活を送っていたはずだった。昨日まで。
数字は、薄く光っている。まるでタトゥーのように、だが皮膚の下から発光しているようだった。触れても、消えない。痛みもない。ただ、そこにある。そして——数字が、減っていく。
『167:59:58』『167:59:57』
カウントダウン。
私は、パニックになった。携帯で検索した。「手首 数字 カウントダウン」
すると——無数のニュース記事が表示された。
『謎の死のカウントダウン現象、全国で発生』『数字がゼロになった者は全員死亡』『原因不明、対処法なし』
一週間前から、全国で同じ現象が報告されている。突然、手首に数字が現れる。そして、カウントダウンが始まる。数字がゼロになると——その人は死ぬ。死因は様々だ。心臓発作、事故、突然死——だが、全員が数字がゼロになった瞬間に死んでいる。
私の手首を見た。『167:45:23』——約168時間。7日間。7日後、私は死ぬ。
病院に向かったが、待合室には同じように手首に数字が浮かんだ人々が溢れていた。医師たちは困惑していた。「申し訳ありません。原因が分からないんです」
その時、一人の男性が私に話しかけてきた。「君も、カウントダウンが現れたのか」
四十代、スーツを着た、疲れた顔の男性。「俺は、三田村ヒロシ。ジャーナリストだ」
三田村は、自分の手首を見せた。『72:15:40』——3日。
「俺は、君より先に死ぬ。だが、諦めてない。この現象の真相を暴く。これは、自然現象じゃない。誰かが、仕組んでいる。そして、俺はその『誰か』の手がかりを掴んだ。協力してくれないか?」
私は、迷わなかった。「協力します」
三田村は、私を連れて、古いビルに向かった。看板には『未来研究所』と書かれていた。「一週間前、このビルで働いていた科学者——天野サクラが失踪した。そして、その直後からカウントダウン現象が始まった」
中は荒らされていた。書類が散乱し、機材が破壊されている。三田村は、床に落ちていた資料を拾った。「『時間制御実験』——これが、彼女の研究テーマだ」
資料には『個人時間の可視化と操作』と書かれていた。
「人には、それぞれ寿命がある。その『残り時間』を可視化する技術——それが、天野博士の研究だった。そして、その技術が暴走したんだ」
「つまり、この数字は......」「そうだ。君の、俺の、そしてすべての被害者の——残り寿命だ」
その時、ビルの外から声がした。「誰かいるのか!?」——警察だ。
「まずい。逃げるぞ」私たちは、裏口から逃げ出した。
だが、出口には一人の女性が立っていた。三十代、白衣を着た、鋭い目をした女性。
「あなたたちも、カウントダウンが現れたのね。私は、榊リカ。天野サクラの助手だった」
「天野博士は、どこにいるんだ!?」三田村が叫んだ。
「分からない。でも、一つだけ言える。この現象は、止められる」
私の心臓が跳ね上がった。「本当ですか!?」
「ええ。だが、条件がある。真実を知る覚悟はある? たとえ、それが絶望的なものでも」
私と三田村は、同時に頷いた。「教えてください」
その時、私の手首の数字が急に減り始めた。『167:30:00』→『150:00:00』
17時間以上、一気に減った。
榊が驚いた顔をした。「これは......加速している。カウントダウンが、予定より早く進んでいる。まずい。システムが、不安定になっている」
私は恐怖で震えた。7日どころか、もっと早く死ぬかもしれない。
「急ぎましょう。時間が、ない」榊が走り出した。
第二章 隠された真実
榊の隠れ家は、廃ビルの地下だった。そこには、大量の研究資料と、古いコンピューターがあった。
榊は、コンピューターを起動した。画面には、複雑なプログラムが表示された。「これが、『時間制御システム』——通称『クロノス』」
「人間の寿命は、生まれた瞬間に決まっている。遺伝子、環境、運命——様々な要素で。このシステムは、その『残り時間』を計算し、可視化する」
「最初は、医療目的だった。寿命が分かれば、病気の予防や治療計画が立てやすくなる。だが......天野博士は、さらに先を目指した。時間を『操作』することを」
「操作......?」「そう。寿命を延ばしたり、縮めたり——時間を自由に操る」
三田村が言った。「だから、危険だと警告した研究者もいた。だが、天野博士は聞かなかった」
榊が別のファイルを開いた。「一週間前、天野博士は最終実験を行った。被験者は、無作為に選ばれた百人」
私の血の気が引いた。「私たちは......その百人?」
「おそらく。そして、実験は失敗した。システムが暴走し、被験者全員にカウントダウンが表示された。さらに悪いことに——システムは、時間を『固定』してしまった」
「本来、人の寿命は変動する。生活習慣や偶然の事故で、延びたり縮んだりする。だが、このシステムは寿命を『確定』させた」
「つまり、カウントダウンがゼロになったら——確実に死ぬ。どんな理由であれ」
三田村が苦い顔をした。「運命が、固定された」
私は絶望した。「でも、止められるんですよね?」
榊はしばらく黙っていた。そして言った。「一つだけ、方法がある。システムのマスターサーバーをシャットダウンすること。サーバーは、ここにある。未来研究所の地下深く」
「行きましょう!」私は立ち上がった。
だが、榊が私を止めた。「待って。簡単じゃない。サーバールームには、厳重なセキュリティがある。さらに——天野博士が、何か仕掛けている可能性がある」
三田村が言った。「それでも、行くしかない」彼は自分の手首を見た。『68:22:15』「俺には、時間がない」
私も頷いた。「私も、行きます」
数時間後、私たちは未来研究所に戻った。榊が、セキュリティカードでドアを開けた。「私のカードは、まだ有効みたい」
地下へ続く階段を降りた。薄暗い廊下、冷たい空気——まるで墓場のようだった。
「サーバールームは、地下五階」榊が先導した。
だが、地下三階に着いた時——突然、照明が消えた。真っ暗闇。
スピーカーから声が聞こえた。「よく来たわね、榊」——女性の声。天野サクラだ。
「天野博士!? どこにいるんですか!?」榊が叫んだ。
「それは、教えられないわ。でも、一つだけ言っておく。サーバーには、辿り着けない。なぜなら——あなたたちも、私の実験の一部だから」
その瞬間、廊下の両側から壁が迫ってきた。罠だ!
「逃げろ!」三田村が叫んだ。私たちは必死に走った。
榊が横の部屋に飛び込んだ。私たちも続いた。壁が、部屋の入口を塞いだ。間一髪だった。
「天野博士......完全に狂っている」榊が呟いた。
部屋の奥には——巨大なガラスの水槽があった。中には液体が満たされ、何かが浮かんでいた。人間のような形をした、何か。
「まさか......クローン......?」榊の顔が恐怖に歪んだ。
その時、水槽の中の「それ」が目を開いた。そして私たちを見た。
私は悲鳴を上げた。なぜなら——その顔は、天野サクラだったから。
第三章 狂気の実験
「これは......どういうことですか?」私は震える声で尋ねた。
榊も答えられなかった。ただ、水槽の中の「天野サクラ」を見つめていた。
スピーカーから声がした。「驚いた? 榊。これが、私の究極の実験よ」
「天野博士......これは、何なんですか!?」榊が叫んだ。
「見ての通り、私のクローンよ。時間制御の研究を進めるうちに、気づいたの。人間の寿命は、限られている。だから、研究も限られる。でも、もし自分のコピーがいれば——」
榊が息を呑んだ。「まさか、研究を継続させるために......」
「そう。私は、自分のクローンを作った。そして、私の記憶と知識を、クローンに移植した。これで、私は『不死』になったの」
「でも、まだ完璧じゃない。記憶の移植には、膨大なエネルギーが必要。そのエネルギー源が——」
三田村が気づいた。「私たちの、時間か?」
「正解。あなたたちの『残り時間』を吸い取って、私のクローンに与えている。だから、カウントダウンが加速するの」
私は絶望した。「私たちは......エネルギー源にされている......」
「そういうこと。あなたたちが死ねば、私は永遠に生きられる」
榊が拳を握りしめた。「許せない......このクローンを、破壊する!」
だが、その瞬間——水槽から、クローンが飛び出してきた。ガラスが割れ、液体が溢れ出た。
クローンは榊に襲いかかった。「きゃあ!」榊が床に倒れた。
クローンの力は異常に強かった。三田村が引き離そうとしたが、殴り飛ばされた。
私は近くにあったパイプを掴んだ。そしてクローンの頭を殴った。「やめて!」
クローンがよろめいた。その隙に榊が逃げた。
だが、その時——クローンが突然倒れた。
榊がクローンを確認した。「まだ、未完成だったのね。長時間は動けない」
私たちは通風口を通って部屋を出た。そして地下五階に向かった。
だが、途中で——私の手首の数字が、また減った。『150:00:00』→『100:00:00』
50時間、一気に減った。体が急に重くなった。「くっ......」私は膝をついた。
「桐谷さん!」榊が私を支えた。
「ええ......でも、時間がない。急ぎましょう」私は必死に立ち上がった。
私たちはついに地下五階に到達した。そこには、巨大なサーバールームがあった。無数のサーバーが稼働している。
「これが、クロノスのマスターサーバー」榊がメインコンソールに向かった。「シャットダウンの手順を実行します」
彼女は素早くキーボードを叩いた。だが——『エラー。管理者権限が必要です』
「まずい......パスワードが必要」榊が焦った。
スピーカーから声がした。「無駄よ、榊。パスワードは、私の記憶の奥底。誰にも解読できない」
私は考えた。「物理的に、破壊すればいいんじゃないですか?」
榊が目を見開いた。「それは......危険です。サーバーには、自爆装置があるかもしれない」
「でも、他に方法は?」
榊はしばらく考えた。そして決意した。「分かった。やりましょう」
私たちはサーバーラックに近づき、電源ケーブルを引き抜き始めた。
その瞬間——警報が鳴り響いた。「やはり、自爆装置が!」榊が叫んだ。「あと30秒で、このフロアが爆発します!」
「急いで!」私たちは必死にケーブルを引き抜いた。サーバーが次々とシャットダウンしていく。
「20秒!」「15秒!」
私は最後のケーブルを掴んだ。そして引き抜いた。すべてのサーバーが停止した。
「10秒!」「逃げろ!」
私たちは階段を駆け上がった。地上に出た瞬間——爆発が起きた。ビル全体が揺れた。
私たちは地面に倒れた。そして——私の手首を見た。数字が——消えていた。
「消えた......」榊も、三田村も、手首を確認した。全員、数字が消えていた。
「成功した......助かった......」私は涙を流した。
その時、ビルの方から誰かが歩いてきた。天野サクラだった。だが、その姿はボロボロだった。
「天野博士......」榊が駆け寄ろうとした。
だが、天野博士は手を上げて制止した。「来ないで、榊。私は......間違っていた」
「不死になりたかった。永遠に研究したかった。でも、それは間違いだった。人には、限られた時間があるから、意味がある。それを、理解できなかった」
天野博士は私たちを見た。「ごめんなさい。あなたたちを、実験台にして。許してください」
私は天野博士に近づいた。そして手を差し伸べた。「もう、終わりました」
天野博士は私の手を取った。そして泣き崩れた。
第四章 時間の重み
それから一週間が経った。カウントダウン現象は完全に消滅した。
天野博士は警察に自首した。榊も取り調べを受けたが、最終的には不起訴となった。彼女は天野博士を止めようとしていたことが認められたのだ。
私と三田村は証人として事情を説明し、平穏な日常に戻った。
だが、私の心には不安が残っていた。あのカウントダウンは本当に消えたのか。私の寿命は元に戻ったのか。
ある日、私は榊に会いに行った。彼女は小さな研究所で働いていた。
「桐谷さん、久しぶり」榊が微笑んで迎えてくれた。
「私たちの寿命は......本当に元に戻ったんですか?」
榊の表情が曇った。「正直に言うと......分かりません。クロノスのシステムは破壊されました。でも、一度『固定』された寿命が元に戻ったかどうかは......」
「いえ。システムが破壊された以上、少なくとも『確定した死』からは解放されたはずです」榊が私の手を握った。
「でも、寿命が延びたか縮まったかは分かりません。結局、人間の寿命なんて、誰にも分からないんです。明日死ぬかもしれないし、百年生きるかもしれない。それが、人生です」
私は榊の言葉を噛みしめた。そうだ。誰も自分の寿命を知らない。だから、一日一日を大切に生きる。それが人間なんだ。
「ありがとうございます、榊さん。もう、大丈夫です」私は微笑んだ。
数日後、三田村から連絡があった。「桐谷、会えないか?」
カフェで会うと、三田村が真剣な顔で言った。「実は、新しい情報が入った。天野博士のクローン——あれ、実はまだ生きている」
私の心臓が跳ね上がった。「生きている!?」
「ああ。あの爆発で研究所の地下は崩壊した。だが、クローンは生き延びたらしい。目撃情報がある。研究所の近くで、天野博士そっくりの人物が徘徊していると」
「そして問題は——クローンは天野博士の記憶を持っている。つまり、クロノスの技術も知っている。もし、クローンが新しいシステムを作ったら——」
私は立ち上がった。「止めなければ。クローンを見つけます」
三田村も立ち上がった。「俺も行く」
私たちは研究所の廃墟に向かった。夜の廃墟は不気味だった。焼け焦げたビル、崩れた壁——爆発の痕が生々しく残っていた。
建物の奥から声が聞こえた。「誰......?」——女性の声。天野博士の声だ。
崩れた部屋の隅に、クローンが座っていた。だが、その姿は哀れだった。服はボロボロ、体には傷がある。そして目は虚ろだった。
「あなたは......」私が近づくと、クローンは私を見た。
「私は......誰? 私は、天野サクラ? それとも......記憶がある。でも、それは本当に私の記憶? それとも、誰かから与えられたもの? 分からない......私は、誰なの?」
クローンが頭を抱えた。
私はクローンを見て、哀れみを感じた。このクローンは被害者なのかもしれない。天野博士の野望の犠牲者。
「あなたは、あなたです」私はクローンに話しかけた。「誰かのコピーではなく、一人の人間です。記憶がどこから来たかは関係ない。今、ここにいるあなたが、あなたです」
クローンの目に涙が浮かんだ。「ありがとう......」
だが、その時——建物が揺れた。崩壊が始まった。
「逃げるぞ!」三田村が叫んだ。
私はクローンの手を引いた。「来て!」
だが、クローンは動かなかった。「私は......行けない。私は、存在してはいけない。私は、天野サクラの罪の象徴。だから、ここで終わる」
「そんな!」私はクローンの手を強く握った。「あなたは、罪なんかじゃない! 生きる権利がある!」
だが、クローンは首を横に振った。「ありがとう。でも、これでいいの。あなたは、生きて。そして——」
建物が大きく揺れた。「逃げて!」
三田村が私を引っ張った。私たちは建物から逃げ出した。
そして——建物は完全に崩壊した。瓦礫の山が、クローンを飲み込んだ。
「いやあああ!」私は叫んだ。三田村が私を抱きしめた。「もう、終わったんだ」
私は泣き続けた。クローンを救えなかった。
第五章 時間という贈り物
それから一年が経った。私は相変わらず会社員として働いていた。だが、以前とは違う。一日一日を大切にするようになった。
朝、目覚める。それだけで感謝する。今日も生きている。
昼、仕事をする。それだけで充実感がある。今日も働ける。
夜、眠る。それだけで安心する。明日も来る。
当たり前のことが、当たり前じゃなくなった。カウントダウンを経験して、私は変わった。
ある日、三田村から連絡があった。「桐谷、久しぶり。実は、本を出版することになった。カウントダウン事件について。俺たちの体験を記録したいんだ。多くの人に、時間の大切さを伝えたい」
「素晴らしいですね」「協力してくれないか? インタビューを受けてほしい」「もちろんです」
数日後、私は三田村のオフィスを訪れ、インタビューを受けた。
「あの時、何を感じましたか?」三田村が尋ねた。
「恐怖でした。自分の死が確定している。それを知ることの恐ろしさ。でも、同時に——気づきもありました」
「何に?」「時間の価値です」私は窓の外を見た。
「普段、私たちは時間を無駄にしています。『いつか』『そのうち』——そう言って先延ばしにする。でも、時間は有限です。いつかは来ないかもしれない」
三田村が頷いた。「その通りだ」
「だから、今を生きる。それが、私がカウントダウンから学んだことです」
インタビューが終わった後、三田村が言った。「実は、もう一人、会ってほしい人がいる。天野博士だ」
私の心臓が跳ねた。「会います」
数日後、私は拘置所を訪れた。面会室で天野博士が待っていた。一年前よりやつれていた。だが目は穏やかだった。
「桐谷さん、来てくれてありがとう」天野博士が頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした。あなたを実験台にして。あなたの時間を奪おうとして。許してください」
「私は、愚かでした」天野博士が続けた。「不死を求めて、大切なものを見失った。時間は、有限だから価値がある。それを理解できなかった」
「でも、今は分かります。限られた時間を、どう使うか。それが、人生なんです」
私は深く息を吐いた。そして言った。「天野博士、私は許します。あなたは間違いを犯しました。でも、それを認めた。そして後悔している。それで十分です」
天野博士が泣き崩れた。「ありがとう......ありがとうございます......」
私は天野博士の手を握った。「残された時間を、大切にしてください」
天野博士が頷いた。「はい......必ず」
拘置所を出た後、私は空を見上げた。青い空、白い雲。美しい景色。私は生きている。今日も、明日も。いつまで生きられるかは分からない。でも、それでいい。限られた時間だから、価値がある。
数ヶ月後、三田村の本が出版された。『カウントダウン——時間という贈り物』
本は大きな反響を呼んだ。多くの人が、時間の大切さを再認識した。
私のインタビューも収録されていた。「時間は、贈り物です。誰かが、私たちに与えてくれた。だから、大切に使わなければなりません」
その言葉が、多くの人の心に響いた。
ある日、私は榊から手紙を受け取った。『桐谷さん、お元気ですか? 私は今、ホスピスで働いています。余命わずかな患者さんたちに、寄り添う仕事です。カウントダウンの経験が役立っています。時間の大切さを、患者さんたちと分かち合っています。いつか、また会いましょう』
私は手紙を読んで微笑んだ。榊も新しい道を見つけたのだ。
そして私は——今日も生きている。会社で働き、友人と笑い、家族と過ごす。普通の日常。だが、それが何よりも尊い。なぜなら——限られた時間の中で生きているから。
夜、ベッドに横になり、私は手首を見た。もう数字はない。カウントダウンは消えた。
でも、私の心の中には——今も時計が刻んでいる。人生の残り時間を。それがどれくらいかは分からない。明日かもしれないし、五十年後かもしれない。でも、それでいい。知らないから、希望がある。知らないから、今を大切にできる。
私は目を閉じた。そして心の中で呟いた。「ありがとう」
誰に言っているのか分からない。神様か、運命か、それとも——ただ、感謝していた。今日という日を与えてくれたことに。明日も、また生きられることに。そして——時間という、かけがえのない贈り物に。
翌朝、目が覚めた。また、新しい一日が始まる。私はベッドから起き上がった。窓を開けると、朝日が差し込んできた。温かい光。生きている証。
「今日も、頑張ろう」私は微笑んだ。そして一日を始めた。限られた時間を、精一杯生きるために。
カウントダウンは終わった。だが、人生のカウントダウンは、今も続いている。誰もが、いつかはゼロになる。でも、恐れることはない。なぜなら——ゼロになるまでの時間が、人生だから。
その時間を、どう使うか。それが、私たちに与えられた最も大切な選択。
私は選んだ。今を、精一杯生きると。後悔しないように生きると。そして——時間という贈り物を、大切にすると。
空は今日も青い。太陽は今日も輝いている。私は今日も生きている。それだけで、十分だ。
カウントダウンが教えてくれた。時間の価値を。命の尊さを。そして——今、この瞬間を生きることの、素晴らしさを。
私は歩き出した。新しい一日へ。新しい人生へ。カウントダウンのない、自由な未来へ。
だが、心の中では——常に時間を意識している。限られた時間を無駄にしないために。それが、私の生き方。カウントダウンを経験した者の生き方。
時間は、贈り物。大切に、使わなければ。
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