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4. アレクとなった俺、家族に会う
―― 突然の訪問者 ――
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王都に戻り、グスタフたちを隠れ家に案内すると、俺は、自分の屋敷に戻った。
アレク殿下の屋敷だが、寝泊りを続けるうちに、次第に愛着が湧いてきた。もう、ずっと前から自分の家だった気がする。
王宮にあがる前にアリシアが尋ねてきた。アリアたちとの打ち合わせ通り、グスタフが死んだという嘘の報告をすると、一瞬、アリシアは青ざめたが、御苦労さまでした、といって帰っていった。ニコライ殿下には、彼女から報告しておくということだった。
グレイ伯に不信を抱かれないためにも、今は、ニコライ殿下に直接会わない方が良いらしい。
翌日、再びアリシアが尋ねてきて、俺に殿下からの報酬を手渡した。手渡すときのアリシアは、俺のことを蔑みと恐怖の入り混じったような表情でみていたと思う。
俺は、そんな表情でみられるいわれはないのだが、グスタフがまだ生きていることをいうわけにはいかない。しかたがなかった。
その日の夜、疲れてそろそろ寝ようと思っていると、誰かが、俺の屋敷を尋ねてきた。
屋敷の来客を知らせる鐘が、俺の寝室、魔法研究室、一階の玄関で鳴った。
こんな時間に誰だろうと思いながら、階段を下りて、入口に向かった。玄関のドアの覗き口から、外を覗いた。
外には誰もいない。
覗き口から右方向、左方向と、俺の視界の限界まで探したが、ドアの外には、誰もいなかった。
ゆっくりと、ドアを開けた。
「ひえっ!」
俺は裏返ったような声をあげ、すぐ後ろに跳び下がった。下がった拍子にぶ厚い敷物に足をとられ、転びそうになった。
俺の下腹あたりまでしか身長のない女の子が、泣きそうな顔で立っていた。この背の低さでは、覗き口の真下に立たれたら、気づけるわけがない。
「君は、誰だ?」
俺は、とりあえず、女の子を屋敷のなかに入れ、ドアを閉め、音が漏れないようにしてから尋ねた。
ニコライ殿下から頼まれた、緊急の使いだろうか? しかし、連絡役は当分の間、アリシアにするといっていたんだが。
「ひどい! わたしの顔、忘れたの?」
俺は、女の子の顔を、まじまじとみた。さっきは泣きそうな顔にみえたが、今は、血の気の失せた顔で唇をかみしめ、キッとにらんでいる。
これは、まずい――。知っていて当たり前の知り合いらしい。
「まあまあ、悪かった。ちょっと待ってくれ」
俺は、女の子を一階の客間に連れてゆき、椅子に座らせた。
急いで2階の寝室に駆けあがり、アリアたちから渡されている、アレク殿下の交友簿をめくった。いつ、どこでアレク殿下の知り合いに出会うかわからない。常に、繰り返しみて、とっさの場合に備えるよういわれていた。
この間、レンゲルへ行ったあとは、疲れもあって、見返すのを怠っていた。
交友簿には、一枚一枚、人物の説明と、小さな肖像画がついている。これにも魔法がかけられていて、肖像画の前で親指、人差し指を連続して開く動作をすると、肖像画が拡大され、より細かい部分まで、みえるようになる。
――あった! よかった。
女の子の肖像画は、比較的前のページにあった。なんと、しおりがはさまれている。
そうだった! アリアが忘れてはならない、要注意人物のページにしおりを挟んでおくといっていた。
俺は、必死にそこに書かれた記録を頭に入れた。
近場にあった布切れを手に1階に戻ると、いかにもトイレから戻ってきたように、手をぬぐいながら、声をかけた。
「――テレーズ、久しぶりだね」
女の子は、テレーズ、再婚した母親の嫁ぎ先の妹……つまり、義理の妹だった。
交友簿には、アレクとは仲が悪いが、母親からアレクへの連絡役を引き受けていて、年に数回は顔をあわせているとあった。
アレク殿下の母親は、下級貴族の出で、国王が、ひそかに王城下に遊びにでたときに知り合い、アレクを身ごもったらしい。
母親は、側室にのぞむ国王の求めを拒否し、アレクを生んだ後、王宮にアレクを残したまま、平民に下り、商人に嫁いだのだという。
国王の側室を断ったことから、男爵だった親からも勘当され、嫁ぐまで苦労したらしい。
嫁いだ商人は、しばらくは順調に事業を行っていたものの、病気に倒れ、義理の娘を残し亡くなってしまった。
あとを継いだ母親には商才がなく、たちまち窮乏した。その頃には、第三王子として大きくなっていたアレクに、母親の知り合いが助けを求めた。生まれてから母親の顔を知らずに育ったアレクは、最初は援助をしぶっていたが、実の親が、貧しさで飢え死にでもすれば、外聞が悪いといわれ、生活に必要な額だけは援助することにした。
俺は、初めて読んだ時、アレクの代役を担うのに精一杯で、親と一緒に住んでなくてよかった、ぐらいにしか感じなかった。アレクの実の母親にたいする感情までは、考えが及ばなかった。
アレク殿下の屋敷だが、寝泊りを続けるうちに、次第に愛着が湧いてきた。もう、ずっと前から自分の家だった気がする。
王宮にあがる前にアリシアが尋ねてきた。アリアたちとの打ち合わせ通り、グスタフが死んだという嘘の報告をすると、一瞬、アリシアは青ざめたが、御苦労さまでした、といって帰っていった。ニコライ殿下には、彼女から報告しておくということだった。
グレイ伯に不信を抱かれないためにも、今は、ニコライ殿下に直接会わない方が良いらしい。
翌日、再びアリシアが尋ねてきて、俺に殿下からの報酬を手渡した。手渡すときのアリシアは、俺のことを蔑みと恐怖の入り混じったような表情でみていたと思う。
俺は、そんな表情でみられるいわれはないのだが、グスタフがまだ生きていることをいうわけにはいかない。しかたがなかった。
その日の夜、疲れてそろそろ寝ようと思っていると、誰かが、俺の屋敷を尋ねてきた。
屋敷の来客を知らせる鐘が、俺の寝室、魔法研究室、一階の玄関で鳴った。
こんな時間に誰だろうと思いながら、階段を下りて、入口に向かった。玄関のドアの覗き口から、外を覗いた。
外には誰もいない。
覗き口から右方向、左方向と、俺の視界の限界まで探したが、ドアの外には、誰もいなかった。
ゆっくりと、ドアを開けた。
「ひえっ!」
俺は裏返ったような声をあげ、すぐ後ろに跳び下がった。下がった拍子にぶ厚い敷物に足をとられ、転びそうになった。
俺の下腹あたりまでしか身長のない女の子が、泣きそうな顔で立っていた。この背の低さでは、覗き口の真下に立たれたら、気づけるわけがない。
「君は、誰だ?」
俺は、とりあえず、女の子を屋敷のなかに入れ、ドアを閉め、音が漏れないようにしてから尋ねた。
ニコライ殿下から頼まれた、緊急の使いだろうか? しかし、連絡役は当分の間、アリシアにするといっていたんだが。
「ひどい! わたしの顔、忘れたの?」
俺は、女の子の顔を、まじまじとみた。さっきは泣きそうな顔にみえたが、今は、血の気の失せた顔で唇をかみしめ、キッとにらんでいる。
これは、まずい――。知っていて当たり前の知り合いらしい。
「まあまあ、悪かった。ちょっと待ってくれ」
俺は、女の子を一階の客間に連れてゆき、椅子に座らせた。
急いで2階の寝室に駆けあがり、アリアたちから渡されている、アレク殿下の交友簿をめくった。いつ、どこでアレク殿下の知り合いに出会うかわからない。常に、繰り返しみて、とっさの場合に備えるよういわれていた。
この間、レンゲルへ行ったあとは、疲れもあって、見返すのを怠っていた。
交友簿には、一枚一枚、人物の説明と、小さな肖像画がついている。これにも魔法がかけられていて、肖像画の前で親指、人差し指を連続して開く動作をすると、肖像画が拡大され、より細かい部分まで、みえるようになる。
――あった! よかった。
女の子の肖像画は、比較的前のページにあった。なんと、しおりがはさまれている。
そうだった! アリアが忘れてはならない、要注意人物のページにしおりを挟んでおくといっていた。
俺は、必死にそこに書かれた記録を頭に入れた。
近場にあった布切れを手に1階に戻ると、いかにもトイレから戻ってきたように、手をぬぐいながら、声をかけた。
「――テレーズ、久しぶりだね」
女の子は、テレーズ、再婚した母親の嫁ぎ先の妹……つまり、義理の妹だった。
交友簿には、アレクとは仲が悪いが、母親からアレクへの連絡役を引き受けていて、年に数回は顔をあわせているとあった。
アレク殿下の母親は、下級貴族の出で、国王が、ひそかに王城下に遊びにでたときに知り合い、アレクを身ごもったらしい。
母親は、側室にのぞむ国王の求めを拒否し、アレクを生んだ後、王宮にアレクを残したまま、平民に下り、商人に嫁いだのだという。
国王の側室を断ったことから、男爵だった親からも勘当され、嫁ぐまで苦労したらしい。
嫁いだ商人は、しばらくは順調に事業を行っていたものの、病気に倒れ、義理の娘を残し亡くなってしまった。
あとを継いだ母親には商才がなく、たちまち窮乏した。その頃には、第三王子として大きくなっていたアレクに、母親の知り合いが助けを求めた。生まれてから母親の顔を知らずに育ったアレクは、最初は援助をしぶっていたが、実の親が、貧しさで飢え死にでもすれば、外聞が悪いといわれ、生活に必要な額だけは援助することにした。
俺は、初めて読んだ時、アレクの代役を担うのに精一杯で、親と一緒に住んでなくてよかった、ぐらいにしか感じなかった。アレクの実の母親にたいする感情までは、考えが及ばなかった。
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