上 下
54 / 66
6.  アレクとなった俺、伯爵令嬢に会う

―― エミリー嬢と俺 14 ――

しおりを挟む
 侍女は、エミリー嬢をみた。エミリー嬢は、ゆっくりと呼吸しながら、わずかに微笑むような表情をして、眠っている。顔色も、切りつけられたときに比べて、だいぶ良くなっていた。
「本当に、姫さまは大丈夫なのですか?」
 侍女は、俺とビルのふたりを、交互にみながら、不安げに訊いてきた。
「大丈夫じゃ。わしらが保証する!」
 アリアが、大声で請けあった。その後ろで、イリアも大きくうなずいている。
 侍女は、貫禄のある老婆ふたりにいわれて、安心したのか、肩の力を抜き、大きく息を吐いた。
「……申しわけありません。狼狽ろうばいしておりました。姫さまが危ういと思ったものですから」
 
 ビルが、エミリー嬢を、貴族の休憩所まで運んだ。ちょうど、墓地の清掃から戻ってきていた墓守たちが、何事かと、大勢集まってきた。
 侍女は、墓守たちのひとりに頼んで、どこかに言伝ことづてを送っていた。
 ほどなく、迎えの騎士がふたりと御者がひとり、やってきた。

 エミリー嬢一行の馬車は、停車場に残っていたが、護衛も兼ねていた、その馬車の御者は、ニコライ殿下の雇った暗殺者に殺されていた。
 俺は、身震いした。
 墓地に倒れ、死体となっていた者たちを思い出した。御者と護衛と合わせて三人も、短時間のうちに殺したのだ。ビルが倒していなければ、俺がニコライ殿下に逆らうようなことがあったとき、あっさりと殺されていたかもしれない。

「ビル殿が、話があるそうじゃ」
 イリアが、俺を呼びに来た。
 報酬のことだろうか? 
 確かに、エミリー嬢は危機に陥ったが、あの暗殺者は腕利きだった。ぎりぎりだったが、死なせずにすんだのだ。俺は、報酬を減らすつもりはなかった。
 
 ビルの待つ休憩所の別室に行くと、真剣な表情で、俺の真正面にた立ち、問いかけてきた。
「……アレク殿。いや、あなたは、アレクセイではないな?」
 俺は、眼の前が真っ暗になった。
 ついに、ついにバレてしまった!!
 いったい、どこからバレてしまったのだろう? 十分、気を付けていたはずなのに。

「……あなたは、いったい、何者だ?」
 ビルが、たたみかけるように訊いてくる。

 俺は、動揺のあまり、言葉が出てこなかった。
「アレクセイは、強い魔力を持っていたが、火属性の魔法しか使えなかった。……聖属性の、それも上級の解毒魔法が、使えるわけがない」
 ビルは、意志のこもった強い声で、俺を弾劾した。 

しおりを挟む

処理中です...