ファンタジー/ストーリー3

雪矢酢

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第一章

十三話 赤い雨

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「…うわ…」

「もう…最悪ね…」

アレサとレフトは駆け足でベルーナの宿に戻ってきた。
天気が急変したためだ。
パラパラの雨が数分後にはどしゃ降りである。

「お帰りなさい」

酒場のカウンターからベルーナが二人に声をかける。酒場は今日も大繁盛である。

「急な雨で引き返してきました」

「んっ?…雨ですか……この時期に珍しい」

雨に驚くベルーナは外の様子を見に行った。
アレサたちは酒場を進みロビーでひと息つく。

「びっくりしたわね…」

「…」

宿に戻ってベルーナを見たレフトは難しい顔をしている。

「何?どうしたのよ」

「いや…」

「…」

無造作にタオルをレフトに投げるアレサ。

「…嫌な予感がする」

「えっ…」

「この雨は…不吉な前兆かもしれない」

「ねえレフト…それはどういうこと?」

レフトを問い詰めるアレサ。
すると酒場から悲鳴が聞こえる。
顔を見合わせる二人。
すぐに立ち上がり酒場へと向かう。

「…雨が…赤い雨が…」

酒場にはまるで血塗れのようなベルーナが立っていた。
事態を確認するため外に出るアレサ。
賑やかだった酒場は静まり、皆ベルーナをみている。
レフトはタオルでベルーナを包み事情を聞こうとする。だがベルーナは軽いパニック状態でガタガタと震えている。


とても話を聞ける状態じゃない…いったい何が…。


その時、稲光とともに雷が目の前に落ちたようだ。
激しい光に酒場の客は目が眩む。
レフトも目眩まし状態になり周囲の様子がわからない。
すると突然扉をぶち破る大きな音がして何名かが宿に侵入してきたようだ。

「レフトーラ、名乗り出よ」

「…」

誰かが叫んでいる。
だんだん視力が回復してきたレフトは目の前の状況に驚愕する。
屈強な大男がアレサを抱えている。
その大男の左右には細身の魔法使いと軽装の戦士風の女性二人が立っている。

「名乗り出ないのならここは殲滅するとの命だ」

魔法使いの女性は大声で話すと両腕に魔力を集束させる。
戸惑う客はレフトを探すがどの人物が本人か知らないため酒場内は大混乱。
するとアレサが目を覚まし大男を振り払う。

「ちっ…もう回復したか」

三人は戦闘態勢になる。
アレサは雨なのか血なのかわからない額についた赤い液体を拭い、鋭い眼光を大男にむける。

「三人がかりの奇襲、今回はさすがに死を覚悟したわ」

客は急展開に酒場奥のロビーへと逃げ込んだ。
残ったのはレフトとベルーナ本人、介抱する三人だ。

「…状況的にあなたがレフトーラか」

大男はレフトを確認する。
雨はより激しくなり突破した入り口から酒場へと雨水が浸水する。
介抱してくれた方にベルーナを任せ二人は奥へと退避した。
そしてレフトはゆっくりとアレサに近寄る。

「奇襲されたわ…」

「ごめん…」

「レフト…?」

ただならぬレフトの形相と強く握った拳にアレサは面食ってしまう。
戦士風の女性が抜刀してレフトに襲いかかる。
だがレフトは剣を受け止め圧縮した魔力を腹部に放つ。
戦士は一撃で戦闘不能となりその場に崩れ落ちた。魔法使いは破壊魔法を放つものの、その魔力をレフトは全て吸収してしまう。

「…こんなことが…」

魔法使いは恐怖からレフトを直視できない。
魔法使いは瘴気にやられたようである。

「悪魔め…」

大男は魔法使いを後退させて長剣を抜刀する。

「悪魔?」

「…」

「そうだとしても…お前たちよりは真っ当だよ」

「なんだと」

「悪魔だろうがこちらは騙し討ちなどしない。ましてや一般民を巻き込むなど、力ある者がすべき行為ではないだろう」

「レフト…」

アレサは怒りに支配されない冷静なレフトのその言葉に安堵した。
大男は長剣を納め膝をついた。

「…我々の敗けだ…」

投降する大男。
だが次の瞬間、この場は突如凄まじい勢いで爆発した。
酒場は吹き飛びベルーナの宿は半壊してしまう。
全員の安否はわからない。
レフトはホコリまみれになったが無傷。


「…そういう…ことだったのか」


赤い雨は…。


「レフトーーーっ」


爆発から間もなく突然、魔法の剣がレフトを急襲する。
アレサはそれに反応しその身を盾としてレフトをかばった。

「アレサ…」

剣が直撃したアレサは倒れ激しく咳き込む。

「くっ…」

すぐにアレサを抱え回復魔法で治癒する。

「…よく聞いてレフト。これは…これから起こる……み」

「ダメだよ、しゃべると…」

にこり笑うアレサ。
そしてゆっくりと空を指差す。
その方向には赤く輝く宝珠がある。

「あれを…」

握っていたアレサの手から力を抜ける。


「…」


その時レフトの中で何かが外れた。


「こんな…世界……滅んで……」


レフトから強烈な瘴気が放たれ周囲を浸食していく。
周囲をなぎ払い輝く宝珠を粉砕する。
それは幻獣のフィールドのような空間を支配する魔法であった。
空間魔法を破ったレフトは魔力を解放すると、ここら一帯をベルーナの宿ごと吹き飛ばす。

それはまさに悪夢。

いかに周囲を殲滅しようがレフトの気が晴れることはない。
自分が世界の脅威になることをよくわかっていた。

「…アレサ…」

レフトはゾルムの剣を抜刀する。
そして黒い炎を纏う刀身を自身にむける。

「これで…いいんだ…」

ゆっくり目を閉じる。
閉じた瞳からは涙がにじむ。

一気に貫こうとするレフトだが、何かがそれを止める。


「…アレサ?」


「…フ……レフト」


呼んでいる。


「レフトっ! 起きてっ!」




「はっ…」


ガバッと起きるレフト。


「ああ、やっと起きたわねレフト」

「…」

「どうしたの?ひどい顔…よ?」


辺りを見回すレフト。
すごい汗と涙。

夢…だったのか…。


「ねえちょっと、大丈夫?」

「えっ…」

「あなた最近、変よ」

「…」



ベルーナの宿で静養して一月。
二人の生活は充実している。
戦いから離れたことにより二人はより親密になった。
アレサは回復したが、レフトはここ最近、妙な事に悩んでいた。


「最近…よく眠れないんだ…」

「うん、それはわかるわ」

「一度先生に診てもらったほうがいいかな」

「なんというか…これはあなたの問題ではないと思うの」

「えっ…」

「聞いてレフト。あなたは以前と違い己をコントロールできるわ」

アレサはレフトの手を優しく握る。

「身体の不調は何らかの魔力干渉だと思う。私も何となくそれは感じている」

「…だとすると…結構な魔力だわ。敵なのかな」

「おそらく敵ね。だけど大丈夫、私の夫は世界最強だから」

「…」


次回へ続く。
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