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第6章 守りたいもの、守るべきもの
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しおりを挟む人だかりから少し外れた狭い路地で、あたしの視界は一瞬で変わった。
なんとなく、魔法を使ったのだと理解する。
先ほどまでの祭りのような喧噪はそこにはなく、どこかの部屋の中のようだった。
暗がりの部屋で、だけど広い。
昼間なのにカーテンが半分ひかれている。
大きな窓際の椅子に、人が座っていた。
その背には黒い影が控えていて、影だと思ったのは全身が黒いフードローブで覆われたいたからだ。
船上での襲撃が脳裏に甦り、思わず身構える。
まさかまた、アズールの――
「――――ご苦労」
だけどあたしの耳に聞こえてきたのは、聞き覚えのある声に似ていた。
一瞬耳を疑い、その声の方を凝視する。
声は窓際の椅子に座る人物から聞こえてきた。
「すまないな、クオン。人攫いのような真似をさせて」
「いえ。ご命令あればなんなりと」
その声が向けられたのは、おそらくあたしの後ろにいる人物に。
いきなりあたしをここまで連れ去ってきた人物だ。
顔は見えないけれど、随分長身で容赦がない。
ずっと握られたままの両手首と押さえつけられた口元が痛かった。
「ひとまず外の見張りを頼む」
言われてクオンと呼ばれた人物は、ようやくあたしの体を解放する。
それから声の主に一礼して、部屋から出て行ってしまった。
あたしは呼吸を整えながら、窓際の人物を見る。
逆光でその顔はよく見えない。
だけどその声や、彼の放つ雰囲気やその物言い。
とても覚えのあるものに感じる。
あたしの視線を受けて応えるように、その人物がゆっくりと椅子から立ち上がる。
すらりと伸びた足が、一歩ずつあたしとの距離を縮める。
そして数歩先で止まりあたしを見下ろしながら、その人物は綺麗に微笑んだ。
「顔を見て話すのは久しぶりだな、マオ。無事に会えて何よりだ」
「……まさか…シア?」
「なんだ、もう顔を忘れたのか? 相変わらず物覚えが悪いな」
言って呆れたように細められる青い瞳。
翡翠色の髪が絹のように流れ日の光に反射して輝いている。
おそろしいくらいに、まるで作り物みたいに綺麗だと思った。
微笑むその表情さえ何か特別な空気を放っているみたいだ。
それは確かにシアだったのだけれど、あたしにとっては初対面のシアで。
何の言葉も返せないあたしをどう解釈したのか、シアがどこか得意げに口の端を持ち上げた。
「…そうか、こちらの姿では初めてか。今日ばかりはあっちの姿で国民の前に出るわけには行かないからな。術を一時解いている。だけどおれ自身もあっちの姿の方が長すぎて、自分の本当の姿なのに少し違和感があるな。どうだ、マオ。もう子どもとは言わせないぞ」
「…どう、って言われても…」
あたしはずっと…レイズから聞くまでずっと、シアは自分より年下の子どもだと思っていた。
だけど今目の前にいるのが本来の…17さいの、シアで。
頭では分かっていたけれど、こうして目の前に突然現れられると認識が追い付かない。
それよりもっと単純な疑問が、口をつく。
「ど、どうしてここに…? シアがここに居るってことは、ここってお城の中なの?」
「いや、イベルグの港町だ。ここは急場の隠れ家みたいなものだな。流石に城からイベルグまでそんなすぐには移動できない」
「でも、式典は? 王都でやってるって…」
「なんだ、知っていたのか。おれの出番は既に終わった。中継魔法には時差はつきものだ。久しぶりにもとの姿に戻ったから、マオにも見せてやろうと思ってな」
そう言うシアは、どこか無邪気な笑みであたしを見つめる。
当たり前だけれど中身までは変わらないわけで。
口調や仕草や、面差しは初めて出会った時のまま。
見た目はどんなに大人に近くなっても、やっぱりシアはシアなんだなと思う。
そう思ったら、何故だか無性にほっとした。
「わざわざ、来てくれたの…?」
「…別に、その為だけでは無いぞ。イベルグは一番王都に近い港だ。状況が気になったから、直に来る必要があると判断したんだ」
言ったシアはふいと顔をあたしから背ける。
照れている様子が見てとれて、思わず口元が緩んだ。
それがどれくらいの本心だろうと建前だろうと。
こんな大変な状況で、大事な時に。
会いに来てくれた。
それが、嬉しかった。
実際シアに会うまで躊躇する心もあった。
だけどこうして顔を見て目を合わせて答えてくれる。
そんな距離に心の底から安堵する自分が居た。
またこうして会えて、嬉しい。
それは紛れもない本心。
自分でも驚くくらいに、気付かないくらいに。
会いたかった。
シアに、会いたかったんだ。
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